019 物事に〝絶対〟なんてことはないっぽいな

(制限時間は3分もねェ。だから殺せ。目の前にいる、このクソアマをぶち殺せ!!)


 氷狩の殺意が高ぶっていく。柴田やイリーナのようなカタギを巻き込みたくないのなら、3分以内に勝敗をつけるしかない。


「へえ……」


 海藤美奈も身構える。身構え、手のひらを氷狩のほうへ向ける。ビビビ、とCDを読み取るときのような音が響いた頃、氷狩は擬似的な未来を察知した。

 刹那、

 氷狩の立っていた場所が、凄まじい勢いでえぐれた。エネルギーが集合し、その碧い閃光は広範囲に広がる。一本道の道中にあったコンテナが消滅した。


「氷狩!!」


 柴田が慌てるものの、彼が駆けつけようとするのをイリーナが静止する。


「大丈夫。やられていない。意思は死んでいない」


 その証拠に、氷狩は天空高く跳ね上がっていた。ジェットパックがあるかのように。


「逃げ惑ってたら、あたしを倒せねえぞぉ!!」

「こっちには時間制限があるンだよ。悪りィけど、時短させてもらうぞ」


 今度は戦闘機のような速度で、到底人間には耐えられない速さで、氷狩は海藤美奈との間合いを狭める。単純な蹴り技で、彼女の腹部を貫こうという考えだ。

 だが、

 そのとき、

 四方八方からレーザビームが飛んできた。右から左、上から下まで。これでは回避しきれない。


「時短、だぁ? あたしを誰だと思ってやがる! あたしぁ、海藤美奈だぞ!!」


 邪気あふれる笑みを浮かべ、触れただけで骨のかけらも残らない攻撃が、ついに氷狩に直撃した……はずだった。

 しかし、ありとあらゆる能力にはコードみたいなものがある。佐田希依が嫌がらせ? してきたとき、氷狩はコードを改ざんして、それを無効化した。

 そして、こんな大技を繰り出すのにかかるコードは計り知れない。いくら相手が手慣れとはいえ、手を動かしたり歩いたりするときより、断然集中力を使っているのだ。

 であれば、話は簡単だ。


 氷狩は、すべてのレーザビームを避けた。いや、すべての攻撃をくらわないように仕向けた。


「意思の改ざんだね」

「改ざん?」

「人間は、脳内で無自覚のうちに意思を用いて行動している。今こうして会話しているのも、意思があってこそ。当然、能力も。でも、シックス・センスはその意思を改ざんできる」

「指一本動かすにも、意思は必要だしな」

「そういうこと。ましてや、能力は後天的につけられたもの。だから、指一本動かすことよりも圧倒的に意思を使う」


 氷狩は直感で感じ取る。

 シックス・センスに身を委ねられる時間は、あと1分もないことを。


「交わしたか。さすが、シックス・センス。だったらよぉ……」


 それに加え、意思の改ざんを行った所為で集中力が途切れた氷狩は、地上へ一旦降りてしまった。

 そこに、海藤美奈による迫撃が始まる。


「不良の先輩として、その細せえ身体に気合入れてやるよ!!」


 ふわぁ、と氷狩の脳内が揺れる。その刹那には、顔面に思い切り肘打ちされた激痛が響いた。


「ぐぉッ!?」


 氷狩は鼻から血を垂れ流す。折れてしまったのか、蛇口のごとく血液が飛び出てきた。

 しかし、負けるわけにはいかない。負けてしまえば、すべて台無し。それが不良の世界だからだ。


「やはり防御力は上がってないか! ステゴロであたしに敵うと思うなよぉ!!」


 集中力が下がれば、シックス・センスを身体に委ねたことによるゴリラみたいな腕力も意味をなさない。氷狩は、一旦空中へジャンプした。間合いを遠ざけることで、少し冷静になろうという考えのもと。

 ところが、

 海藤美奈は、それすらも見透かしていたかのように、無慈悲なレーザビームを放ってきた。先ほどよりもエネルギーは低いが、その分脳内で起きているコードは短い。これでは、改ざんできない。

 そして、

 碧い閃光が、氷狩の身体に直撃した。


「────!!」


 もはや声も出せない。激痛に追われ、なにもできない。


「クソッ!! 氷狩!!」


 肩を撃ち抜かれた氷狩を見て、柴田は海藤へ突進した。なにも考えず、ただ猪突猛進した。

 そんなことをすれば当然、柴田すらも四方八方から繰り出されるレーザの前にやられるだけだった。


「ぐあぁッ!!」

「良い鳴き声だな。オマエ、柴田公正だろ?」余裕の表情で、「オマエの姉は能力こそ秀でてたが、だらしねえヤツでさ。破門にしてやったよ。そんで、そこに倒れる氷狩ってガキに死地まで追いやられた」

「おれ、の、姉を……?」

「ああ。半グレとつるんで電話サギした挙げ句、カネも納めなかったからな」海藤は手のひらに碧い光を出し、「さて、次懲役くらったら無期刑か死刑は免れねえ。だから能力で木端微塵にしてやるよ」


 海藤美奈の右手に、光が集まっていく。それは、確実に氷狩と柴田公正の骨すらも残さない。

 そんな最中、

 氷狩が、左腕を支えに上半身をあげた。


「おいおい、今更なにができる」

「なにが、できる、ねェ……」


 氷狩は、不敵な笑みを浮かべた。なにか隠し玉があるかのごとく。

 とはいえ、この状況をまくることなんてできないだろう。できるのなら、最初からやれば良いのだから。

 なので、海藤は手からビームを放つ。

 そのときには、勝敗が決していた。


「ご、はぁ……!?」


 断末魔を漏らし、倒れ込んだ。右腕は吹き飛び、いや、右半身のほとんどが消え去った。


「こんなはずじゃなかっただろ……? だが、人間同士の殺し合いに〝絶対〟なんてことはない。なァ──」


 最初から、このタイミングを見計らっていた。暴力団排除条例で、カタギに手を出したら無期懲役か死刑は免れない。ましてや、能力という概念がありふれている世界であればなおさらだろう。

 そして同時に、ここは能力の世界だ。拳銃やナイフでは足がついてしまうが、能力だったら証拠を消し去ることができる。

 なら、カタギに手を出さなければならない状況を生み出せば良い。親友がやられる寸前まで追い込まれれば、柴田公正は必ずなんらかのアクションを起こすはずだから。

 すなわち、鈴木氷狩は最初から念頭に置いてあった筋書きを実行しただけだった。


「──海藤美奈」

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