017 一人ぼっちは寂しいっぽいな

 氷狩たちは作戦会議に入り込んでいた。


「〝ノクティス〟っていうマフィアは、どれくらいで兵隊送り込んでくるんだ?」

『最短一週間程度かかるかと』

「まあ、北アメリカ大陸から日本に来るにはそれくらいかかるか。で、アイツらはどれほどの戦闘員を派遣してくる?」

『せいぜい200人から300人くらいでしょうね。時間経過で更に送ってくる可能性はありますが、言い換えると──』

「その一週間は孤立無援ってわけだ。おれ、神谷、佐田、山手にオマエ、それと……柴田とイリーナも巻き込んじまったわけだし」

『すでに、七王会の構成員は貴方たちを見つけるために動いてるとも』

「ヤクザの情報網はマジだからな」


 いや、正確に言えば、氷狩とサラが話し込んでいた。神谷はなぜか落ち込んでいるし、佐田はさらってきた幹部をいじめている。


「どうせモテないわよ……。半グレなんてなるんじゃなかったわ」

「おらァ!! 私の氷狩くんを痛めつけた罰だ! 乳首切り取ってやるよ!!」


 急遽呼ばれた山手はイリーナとおしゃべりしているし、柴田はそもそも裏社会の人間ではない。しかも、どこか緊張感がない。


「夕実ちゃん? それとも夕実くん?」

「どっちでも良いよ。うちは性別を超越してるからね」

「意味分かんない」

「つか、猫に餌あげなきゃならねェんだけど」


 そうなると、氷狩が話をまとめなければならない。なぜ、コイツらは緊張感というものがないのか甚だ不思議である。


「はあ」

『溜め息ついてても、問題は解決しませんよ?』

「知ってるよ。けど、溜め息くらいつかせてくれ」

『あ』

「どうした?」

『神奈川を取り仕切る暴力団、海藤組が、今しがた武器庫に向かっています』

「どうせ道具ピストルだけじゃないんだろ?」

『ええ。ロケット・ランチャーから手りゅう弾、ドローンまで持ち出してるようです』

「軍隊かよ。クソ、居場所を特定されたら──」


 そのとき、

 氷狩たちが身を潜めるガラス張りのラブホテルの窓から、銃弾が飛んでくる……という未来を検知した。


「おい! 伏せろ!!」


 氷狩は怒鳴るように大声を張り上げ、全員をその場に伏せさせる。

 乾いた破裂音が何十回と響き、やがて鳴り止んだ。

 それを確認し、氷狩は神谷を睨む。


「オマエ、撃たれることくれェ想定しておけよ!! ラブホなんて普通、窓なんてねェだろうが!!」

「近くの隠れ家がここしかなかったのよ……。でも、どうやってここを割り出したのかしら」

「相手は10000人だぞ? ヒト使えば、おれたちの居場所なんて一瞬で割り出せる。しかも、マッド・ドッグだって協力してるだろうし」

「困ったわね。サラいわく、〝ノクティス〟が兵隊を派遣してくるまで一週間でしょう? いっそのこと、台湾にでも逃げる? それとも──」

「それとも?」

「海藤組の組長を消すか逮捕させるのも、ある意味現実的な案かもしれないわよ」

「あァ?」


 先ほどまで、ブツブツ独り言並べていたのが嘘のように、ハキハキした口調で、


「海藤組は、組長〝海藤かいどう美菜みな〟のワンマンチームって言われてるのよ。暴排条例でまともに喧嘩もできない上に、最近できたばかりの海藤組が七王会っていう大組織の直参じきさんになれてるのも、あの女の力あってこそ。だったら、それを潰せば良い」


 暴力団は数こそ多けれど、抗争なんてしようものなら、共同謀議で組長までも捕まる。

 だが、海藤組の連中はそれを恐れていない。氷狩も前の世界にいたときから小耳に挟んでいた。懲役へ行くのを上等で、抗争し続ける暴力団のことを。


「なるほど」氷狩は頷き、「海藤美菜のワンマンだっていうなら、ソイツを消せば良いわけだ。そうすりゃ七王会も、ワンチャン厭戦になってくれるかもしれねェ」

「そういうこと」神谷は自信ありげに、「どう? 私のこと、見直した? 私だってやればできるんだから」

 氷狩は適当な態度で、「ああ、そうかもな。でも、相手は一筋縄じゃいかないだろうよ」

「そこでサラエもんの出番ってわけじゃん?」


 佐田希依がサラ・ルビンシュタインに電話をかけ始めた。


「サラエもん~。海藤組の組長をぶっ殺すことにしたけど、なんか良い案ない?」

『はあ』

「溜め息ついてると老けるぞ☆」

『突発的に七王会の最武闘派のトップを殺すとか言われれば、私だって文句つけたくなりますよ』

「そこをなんとか!」電話越しなのに手をあわせ、「だいたい、私らって一蓮托生じゃん? 海凪ちゃんに夕実ちゃん、氷狩くんってさ」

 なにを言っても無駄だと悟ったのか、『……、分かりましたよ。チャンスは一度きりですからね? 海藤美菜を含む海藤組のトップ層は、港に隠してある武器を回収しに行ってます。なんでも、自分たちだけで勝負をつけるつもりだと』

 氷狩が口を挟む。「おれらを皆殺しにしたら、アイツらまとめて死刑じゃねェの? もはや共同謀議にも当たらないじゃねェか」

『それだけ、私たちは恐れられてるんですよ。若い者に行かせても返り討ちに遭うだけだって。それに、半グレを数人殺したところで警察はろくに動きませんよ』

「確かに。一般人だったら血眼になって死刑台へ送り込むだろうけど」

 今度は柴田が口を挟む。「なあ。アイツらは建前でもカタギに手ェ出せないし、出したら死刑モノだろ?」

「だろうな」

「だったらおれが行くよ。オマエらと違って、おれ半グレじゃないし」

「あ?」

「風の噂で訊いたんだ。元姉が海藤組の幹部やってるって。アイツを殺せるなら、懲役行ったって構わん」


 なお、柴田公正の元姉、柴田雫は、破門された挙げ句氷狩たちに詰められ、行方不明である。

 氷狩と神谷は目をあわせる。これほど便利な鉄砲玉はいないと。勘違いしたまま、長い〝お勤め〟に行ってくれれば良いと。

 が、


「なら、おれも行くよ。親友をひとりで懲役送りにするのは嫌だし」

「良いのか?」

「水臭せェぞ、柴田」

「なら、イリーナも行こうかな」

 氷狩は怪訝な顔になる。「あ? なんで?」

「一人ぼっちは寂しいもん。せっかく、君や公正くんと出会えたのに」


 氷狩はまたもや、神谷へ目配せする。要するに、どんな方法でも良いからふたり分のパスポートを作れという合図だ。

 そして、神谷は頷いた。

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