016 日本最大の暴力団と対峙するっぽいな

 そうつぶやいた頃には、ロケット・ランチャーを担いだ佐田希依さだきいが現れた。


「氷狩くぅぅぅぅぅん!! 怪我してない!?」

「お陰様でな」

「良かった! さっさと逃げるよ!」

「ああ。でも、柴田もいっしょに連れて行ってくれ」

「柴田って、このヒト?」

「そうだ。おれの親友なんだよ」

「分かった! でも、対能力者用の手錠はめられてるから、このまま運ぶね!」

「ああ、ありがとう」

「氷狩くんに感謝される日が来るなんて……。ああ、生きてて良かった」

「気色悪いのは変わらんな」


 放蕩した顔つきの佐田。されども、助けに来てくれたのは変わらない。

 そんな最中、

 マンションの最上階に、もうひとりヒトが現れた。茶髪のショートヘア、美人で幼なじみの神谷海凪だ。


「よう」

「無事だったのね。良かったわ」

「果たして無事といえるのか」

「……、ええ。これで私たちは、正式にマッド・ドッグへ宣戦布告したことになるわね」神谷は一呼吸起き、「マッド・ドッグは裏社会とのつながりも深い。〝関東七王会かんとうななおうかい〟を知ってるかしら?」

「知ってるよ。日本最大のヤクザどもだろ」

「このまま幹部を拉致するのは簡単だけども、そうすれば私たちは10000人からなる七王会と対峙する羽目になるわ」

「そりゃあ、面倒だな」

「でも、私へも作戦がある。とりあえず、隠れ家代わりのホテルを抑えておいたから、そっちへ向かうわよ」

「ああ」


 *


 ラブホテル、だった。キングベッドにSMグッズ。大きな照明に、派手なソファー。


「さあ、氷狩くん。私といっしょにSMプレイを──」

「神谷、作戦ってなんだ?」

「え、私無視されてる?」

「ええ。相手は日本最大の地下組織。なら、こっちは海外の裏組織を使うだけよ」

「そんなコネ、あるのか?」

「今、サラが交渉してるわ」

「なにを条件に?」

「七王会が持つ権益を全部渡す代わりに、私たちへ兵器や兵隊を用意させる」

「勝算は那由多の彼方だな」

「そうね。けれど、そうでもしないと私たちはあしたにでも海の底だわ」

「言えてるな。ところで、イリーナは?」


 元をたどれば、イリーナを守るために挑んだ戦争だ。であれば、彼女の顔くらい拝みたい。

 そして、

 遅れて山手夕実やまてゆうみとイリーナが現れた。


「夕実って、男なの?」

「うん。女装子だよ」

「それって意味あるの?」

「女装は男にしかできないから、もっとも男らしい趣味だよ」

「良く分かんない」


 そんな会話とともに、赤いボブヘア、身長160センチ程度の山手夕実とイリーナはソファーにもたれた。


「よう、山手」

「久しぶりだね、ひかるん」

「ああ。相変わらず、女装してるのか」

「いっしょにしてみる? ひかるん」

「しねェよ」苦笑いを浮かべる。


 なお、拉致してきた幹部の口には〝猿ぐつわ〟がされている。SMグッズではない。本物の、猿ぐつわだ。


「──!! んー!!?」

「うるせェなぁ。脚でも撃って気絶させるか?」

「そうしようかしら」


 神谷はナイフを取り出し、彼女の脚にそれを刺した。声にもならない声をあげていれば、コイツらは本当に自分を殺すかもしれない、と思わせるのが目的だ。


「──!!」

「分かったか、クソ女」


 こくこくと頷く。お利口さんで良いことだ。


「さて、柴田は目ェ覚ましたかな」

「無理よ。柴田くんの手錠には、〝パルス〟がつけられてる。解錠するには、鍵が必要だわ」

「パルス、ってなんだ?」

「能力者の集中力を乱し、能力を使えなくする機械よ。それに、結構高性能なヤツをつけられてるみたいだし、私たちが触れたら手が焦げるわよ」

「ヤベェ代物だな」

「じゃあ、イリーナがなんとかする」


 会話に参入してきたイリーナは、なんの迷いもなく柴田のパルス付き手錠を無理やり破壊した。


「は?」


 イリーナは18歳とは思えないほど、身体も腕も細い。それなのに、なぜ錠を解除できたのか。


「イリーナ、なんで錠をぶっ壊せたんだ?」

「シックス・センスの応用。身体そのものをシックス・センスに委ねて、身体能力をゴリラみたいに強化した」

「ああ、なるほど……」

「……、なぜ納得するのかしら?」

「おれも、さっき同じような術を使ったからな」


 一瞬だが、イリーナの目が赤く染まっていた。それはつまり、先ほど暴走状態に陥った氷狩と同じだ。唯一違うのは、イリーナは暴走しなかったことである。

 そんな中、

 柴田が目を覚ました。


「……あ? なんでこんなところにいるんだ?」

「逃げ切れたんだよ、相棒。今のところは」

「なるほど」


 柴田が意識を戻すやいなや、神谷が目の色を変えた。


「ねえ、柴田くん。私のこと、覚えてる?」

「小中学校で同じ学校だったことくらいは。それがどうした?」

「いや、ライフやってるのかなって。あとフォトジェニックも」

「交換したくはないなぁ」

「……、どうせ血みどろの半グレですよ」


 神谷がすね始めた。まあすぐに元の彼女に戻るだろうし、心配はしていない。

 それに加え、ひとりでSMグッズを身体中につけ始めている佐田しかり、やはりこの世界の連中、いや、女どもはどうかしているらしい。


「で、これからどうするよ。氷狩」柴田は手をブラブラ振り、「マッド・ドッグの幹部の拉致には成功したみたいだけど、それは同時にヤツらからの報復が始まるってわけだ。マッド・ドッグの飼い犬、おれの〝元〟姉が属す関東七王会がおれらをふ頭に沈めちまうぞ」

「ああ、そこですねてる〝鉄の女〟が良い案を出してくれた」

「どういう案?」

「海外のマフィアとお友だちになるのさ」

「そりゃあ、やばいな」

「そりゃそうだ。だけど、それ以外に方法も思い浮かばない」


 そのとき、

 神谷のスマホが鳴った。


「どうせ私はモテないわよ……。未だに処女だもの。21歳にもなって、未だに──」

「電話、鳴ってるぞ」

「あ、サラからだわ」


 スピーカーフォンで、氷狩、神谷、佐田、山手、イリーナ、柴田は話を訊く。


『神谷さん。メキシコのカルテル『ノクティス』は我々の案に乗るようです』


 それは果たして吉報か、それとも絶望への入口か。

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