014 このふざけた世界は変わらないっぽいな

 パシュッ! という糸がちぎれるような音がやかましく聴こえる頃、氷狩はひたすら上へ向かっていた。馬鹿と煙は高いところが大好き、という言葉どおり、その幹部とやらは最上階で暮らしているからだ。


「はあ、はあ……。タバコなんか吸うモンじゃねェな」


 先ほどのイリーナの模倣と、長年の出不精な生活。そのふたつの軸が、氷狩の頭に痛みを起こす。

 が、コンクリートづくりの階段もすでに9階。最上階が10階なので、あと少し走るだけだ。

 そのとき、

 氷狩は、なにかを察知した。


『貴方に恨みはないけど、こっちも必死なの』


 足を止め、氷狩は拳銃を取り出す。安全装置を解除し、9階の非常口から出てくる使者に備える。

 だが、氷狩は背後にヒトの気配を感じた。まさか、テレポート? この速度だと反応しきれない。照準を合わせるまで、きっと間に合わない。

 では、こうしよう。

 ピピピ……、とマッド・ドッグ製の手りゅう弾の警報らしき音が響く。すでにピンは抜いてあり、敵が誰であろうとも、この距離では回避不能。破片をくらって戦闘不能になるだけだ。


「っっっ!!」

「おっと、タイマーが鳴ったみてェだ」


 氷狩は、背後に現れた存在にスマートフォンの画面を見せつける。アラームの画面が彼女を愚弄する中、青年は、


「だけど、ホンモノも持ってるんだよ。ほら」


 平然と、破片手りゅう弾を彼女の頭めがけて投げた。

 しかし、爆発はしなかった。破片も飛ばなかった。理由は単純。ピンを抜いていないからである。

 そして、その爆弾を氷狩は悠々と拾いに行く。


「馬鹿だな。攻撃手段が乏しいのに、こんなところでこれを消化するわけねェだろう」


 氷狩は嫌味ったらしい笑みを浮かべる。


「……支配者気取りできるのも、今のうちだよ」

「ああ、そうかい。そりゃあ良いこと教えてもらったよ」

(さて、どう出る? テレポーターだったら、体内にモノ打ち込めるかもしれねェ。ただ、それやるには相応の時間が必要なはず。となれば……)


 氷狩は冷静だった。鉄の感情をまとっているかのように。

 まず、シックス・センスには現状、まともな攻撃手段がない。相手の攻撃を流すか、それともカウンターをくらわすか。それ以外にできることはない。

 対して、相手はテレポーターらしき女。銃器を取り出さないあたりにも、自信が溢れ出ている。この距離なら、拳銃でも使って撃ち抜いてしまったほうが早いはずなのに、それをしない。つまり、相当高位な能力者なのは間違いない。


「頭を蹴るわけか!!」


 氷狩はその言葉とともに、かがんだ。確かに、サッカーボールのように頭を蹴ってしまえば、ましてやテレポートで加速していけば、女性の脚力でも脳震盪くらいは起こせる。更に、加速しているということは、そう簡単に足を引っ張ってはたき落とすこともできない。だから、この場での最善手はかがむことだったのだ。


 またもや黒髪ロングヘアの女は姿を消した。シックス・センスでの意思の送受信をくらった者たちが、いつ起き上がるか分からない以上、時間は無駄にできない。なにか、即座に手立てを考えなければならない。


(集中だ……。ただそれだけで良い。おれにはシックス・センスがついている)


 氷狩は意識を一点に集め、周囲の気配を探る。相手はおそらく空間移動の能力者。その動きが素早いのは、最前履修済み。相手の位置を探らなければ、勝ち目はない。


「──真上からか!!」


 叫び、氷狩はなんとか回避する。アスファルトの地面がえぐれるほどの高速移動。こんな速度で、良く脚が折れないものだ。

 だが、こうなると救いの隙が生じる。氷狩は拳銃を抜き、彼女が再び姿を消す前に、銃弾をお見舞いした。

 結果、

 血がベットリ地面に残った。効いているはずだ。効いていなければ、嘘になる。

 それでも、

 なぜ撃たれているのに、また姿を消せる? それはつまり、集中力が切れていないということだ。人間なんて、ハチに刺されただけでも大騒ぎになる。だというのに、彼女は銃弾すらくらっても姿を消した。

 すなわち、

 なにかが、ある。氷狩がいまだ知り得ない、なにかが。


(テレポートしてるときに、身体を再生させる能力でもあるのか? いや、ワープ能力だったらそれだけで完結するはずだ。ああ、確証なんてねェさ。だけど、人間には限界があるだろ?)


 そのとき、

 氷狩の頭部が思い切り蹴られた。


「──ッッッ!!」


 ブチブチ、と脳内で砂嵐が巻き起こる。脳が振盪を起こし、身体から自ずと力が抜けていく。鼻血を垂らし、地面に叩きつけられたショックで口が切れ、ドバッと吐血する。


「がは、ぁ……」


 そこに、黒髪ロングヘアの女が姿を現す。


「残念だったね。だから言ったでしょ? 支配者気取りできるのは、今のうちだけだって」


 息切れを起こし、腹部から血を垂れ流しながらも、彼女は勝利宣言していく。

 そんな中、

 地面にうずくまる氷狩は、ペッ、と唾を吐くかのように血の塊を吐き出す。


「支配者気取り、ねェ……」


 氷狩の目が、赤く染まった。鮮血のように。


 *


「はあ、はあ……」


 柴田公正は、かろうじて立っていた。息を切らしながらも、彼は決して膝をつかなかった。


「オマエの負けだ、高山ァ!!」


 傍らには、大量の鋼鉄線を刺された高山美紗希が倒れ込んでいた。彼女は仰向けに倒れ、それでもなお柴田を嘲笑うかのように笑みを絶やさない。


「私の負け? そりゃ良い。公正にトドメさされるなら、それが一番だよ……!!」

「……、ひとつ答えろ。なんで、あの子を殺させたんだ。オマエはヒトの命をなんだと思ってるんだよ!!」

「それは、公正自身が、一番分かってるんじゃないの?」

「なんだと……!」

「実験動物が一匹死のうと、たとえ100匹死んでも、科学の発展のためには、致し方ない犠牲。そして今、貴方は、私を殺して、意趣返しを、完済させようと、してる……。でも、モルモットがモルモットを、殺したからって、このふざけた世界は、変わらない」

「黙れ!!」


 柴田の心拍数が、恐ろしい勢いで上がっていく。顔が蒼くなり、叫ぶのも精一杯であった。

 そして、凶弾が放たれる。

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