013 時間は有限っぽいな

 結局、アウトローという生き物は小勢こぜいなのだ。一般市民や警察が本気になれば、一瞬で淘汰される定めにある。それに、対立組織も星の数ほどに存在する。だからこそ、数少ない味方は大切にしなくてはならない。

 そんなこと、神谷だって嫌というほど分かっている。分かっていなければ、今まで生き残ることもできなかったのだから。


「というわけで、行ってくるぞ。後は頼んだ」


 *


 鈴木氷狩は、その高級マンションにたどり着く前に、ある男へ電話をかけようとした。

 が、道中に彼はいた。準備万端といわんばかりに、彼は手りゅう弾をチラリと見せてくる。


「イリーナのために喧嘩するんだろ?」

「良く分かったな」

「ガキの頃からの付き合いだ。その喧嘩、付き合ってやるよ」

「ああ、ありがとう」


 柴田は黒いシャツの裏から、グレネードを3つ渡してきた。


「随分小さいな」

「マッド・ドッグがつくった代物だよ。性能は並みの手りゅう弾にも負けちゃいないぞ」

「まあ良いや。喧嘩に道具はいくつあっても足りねェからな」


 パーカーのポケットにしまい、氷狩は柴田公正へ最終確認をする。


「これから、マッド・ドッグの幹部がいるマンションを襲う。寒気がするくれェ、警備が整ってる場所だ。警備員はおれだけでもなんとかできるが、問題はカメラだな」

「そこで、おれの出番ってわけだ。サイコキネシスでカメラをぶっ壊す」

「なあ、柴田」

「なんだ?」

「オマエ、マッド・ドッグに恨みでもあるのか?」

「おれの意思を読めるんだろ。それで確認してみろよ」

「ああ……」


 柴田の意思を受信してみる。

 そこは、姉への恨みとマッド・ドッグに対する殺意で満ち溢れていた。姉がヤクザになる前、柴田公正という男はマッド・ドッグに売られた。男にカネを貢ぐため、弟を非人道的な組織へ売り払ったのだ。

 マッド・ドッグに属していた柴田公正は、非凡な才能を開花させた。だが、そこには数え切れないほどの悲劇があった。

 きのうまで話していた友だちが、次の日には脳髄だけに。

 柴田よりも実力のある能力者からの暴行。性的にも、柴田は虐待され続けた。

 強制され、初恋の相手を射殺した。殺さなければ、殺される。それだけが、マッド・ドッグのルールであった。


「吐き気がするぜ」

「……、人間は自分のことが一番かわいい。だからこれは、オマエに対する協力でもあるが……おれからの意趣返しでもある」


 氷狩の隠れ家とそのマンションはさほど離れていない。ふたりはマンションの前に立つ。


「なあ、柴田。これからおれが受信してる意思を〝送受信〟に切り替える。脳内でパニック起こさないように」

「ああ。言われてなんとかなることでもねェけどな」


 数時間前、イリーナがやったことを模倣すれば良い。頭が疲れそうだし、実際疲弊するのだろうが、もう四の五の言うターンではない。


「さあ……、行くぞッ!!」


 複数の意思を捉え、それらを無差別につなげていく。ヒトの意思がインターネットのごとく、つながった。

 その頃には、マンションからヒトの意思がほとんど消えた。


「ああ、クソッ。頭がジンジンするぜ」


 隣にいた柴田は、頭を抑えながらもなんとか無事のようだった。つまり、効かない相手もいるというわけだ。決して無敵の能力ではない。


「ただ、これで露払いはできたな。よし、おれの番だ」


 柴田は手を広げる。指から糸のような物体が現れ、それらは恐ろしい勢いでマンションへと向かっていく。次々と、白い糸が意思を持っているかのように、まず入口のカメラを締め壊す。

 そして、

 柴田は、それらを展開したまま、


「行こう。時間は有限だろ?」

「ああ」


 ダンジョンに挑む冒険者のように、ふたりは真正面からマンションへ入っていく。


 そんなふたりを、別のマンションの屋上から見つめる女子たちがいた。

 氷狩と柴田の活躍を称えるかのように、茶髪のショートヘアの女は、口笛を吹き、


「ただまあ、そう簡単に突破されるわけにもいかないのさ。ねえ、公正」


 彼女は氷狩と柴田公正の挑むマンションの最上階へ、雲でも掴んだように飛んでいく。


「相変わらず、柴田がお好きなんだから。まあ、初恋の相手を殺させた張本人だもんね」


 それと同時に、隣へいた長い黒髪の女は、姿を消した。


 *


「なあ」

「ああ、簡単すぎる。なにかの罠みてェに」


 ここまで、氷狩も柴田も能力の行使どころか、銃すら抜いていない。ほとんどが気絶しているからだ。

 しかし、それ自体が懸念につながる。余計に神経を使い、疲弊感が溜まっていく。

 それでも、階段を登り続けるしかない。エレベーターなんて電子操作でいつでも止められてしまう以上、疑念を覚えながらでも、神経をすり減らしながらでも、行くしかないのだ。

 そんな中、3階に差し掛かったとき、


 ガコンッ!! という轟音。耳がパンクしそうなほどの爆音であった。くの字になって吹き飛ばされかけるが、柴田が糸で氷狩を拾う。


「ゲホッ……!!」

「やっぱり無機物には反応しないか。シックス・センス」


 どこか緊張感のない声色、気の抜けた声とともに、茶髪の女が現れた。


「……何者だ?」

「言う必要、ある?」

「ねェな」


 片手には爆弾の起爆装置らしきスイッチ。隙だらけだ。氷狩はシックス・センスによる擬似的な未来予知をしかけるが、


『公正。私のところへ戻ってきてくれるの!?』

『誰が……オマエに支配されるかよッ!!』


 そこで見た景色は、柴田と茶髪の女の激突だった。ならば、ここはもう柴田に任せよう。


「柴田、頼んだ」

「……ああ!! 言われなくても!!」


 悠然と階段を登ろうとする氷狩へ、彼女は柴田と同じく糸のような物体を繰り出した。

 が、意思を改ざんしてしまえば良い。糸が逸れた。

 氷狩はニヤリと笑い、


「よォ、いっしょに行くつもりはねェらしいぞ」

「チッ。ま、邪魔者がいなくなったし、公正。私といっしょに──」

「もう氷狩が代弁してくれたよ、高山たかやま美紗みさ


 柴田と高山美紗希の激突が始まった。

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