011 意思の送受信っぽいな

 イリーナは飄々とした態度でそう答えた。


「シックス・センス? 要は、第六感? なんだ、それ」


 そんなふたりに、柴田公正が割り込んでくる。彼は怪訝そうな顔になりながら、


「氷狩、オマエ無能力者だろ? 10代から20代の能力者なんてそうはいない。例外はおれくらいだしさ……、いや、ここが並行世界とか言ってたな、そういや。でも、誰に付与されたんだ?」

「……、神谷だよ。小学校と中学のとき、同じ学校行ってただろ?」

「ああ、アイツか。ヤクネタだな」


 あっさり流すが、柴田はいくつか疑問点を見つけていたようだった。


「でも、この世界に同じ能力はねェぞ? オマエがパラレルワールドから来たのは、親友だから信じるけど、この世界の条理に従うのであれば、オマエとイリーナが同じ能力を持ってることはありえねェ。それに、イリーナも別の世界から来たんだろ? 余計に話がこじれるな」

「ああ、おれも頭がパンク寸前だ。イリーナはどう思う?」

「どうにも」淡泊な返しだ。

 柴田は呆れ気味に、「マイペースなのは結構だけど、ふたりともこれからどうしたいんだ?」

「柴田、それは愚問だぞ」

「どういう意味だよ」

「おれ、思ったんだわ。オマエの性格はそんなに変わってなくて、イリーナっていう同胞らしき子もいる。確かに、きょうは神谷に不法侵入された挙げ句、コイみてェなキスされた。他にも厄介な女はいる。だけど、おれにはふたりがいるだろ?」

 柴田は拍子抜けしたかのように、首をひねる。「元の世界に戻るつもりはないと?」

「喚いたり暴れたりして戻れるなら、そうするさ。けど、現状戻る方法はねェ。だったら、適応していくしかないだろ」


 それは老人の諦観のようだった。鈴木氷狩という男は、不良で頭もよろしくないが、時々悟ったような態度を見せるからタチが悪い。


「ま、まあ。なるようになるさ」

 氷狩は鋭い眼光で、「なるようにしかならないけどな」


 そんなふたりを見かねたのか、それとも疲れているだけなのか、イリーナが口を開く。


「イリーナ、歩き疲れた。誰か休める場所おしえて」

「そんなに歩いたのか?」氷狩が尋ねる。

「うん。足が棒になりそうなくらいに」

「そうかよ。だったら、俺の家来るか?」

「そうする。外にいても疲れるだけだし」

「だとさ。柴田、オマエは?」

「神谷がいるんだろ。だったら行かないよ」

「だろうな。さて、イリーナ。行こうか」

「うん」


 金髪碧眼の少女と不良風の青年は、どこか投げやりに家路へつく。

 それを見ていた柴田は、ぼそっとつぶやく。


「アイツら、よっぽど疲れてるんだな。わざわざ遠回りする道通ってやがる」


 あの疲弊具合を見ていれば、氷狩が奇妙な世界に迷い込んだという世迷い言にも説得力が生まれる。少なくとも氷狩にとっては見慣れた地元で、最短距離も分かっているはずなのに、ふたりはなぜか逆の道に歩いていった。


「まあ、なんとかしてやりてェけどなぁ……」


 柴田は〝親友〟として、素直な心配を見せた。


 *


「イリーナって、何歳?」

「ヒトに年齢尋ねるなら、まず自分から言いなよ」

「ああ、おれは21歳」

「なら答える。18歳」

「その見た目で?」

「この見た目で」


 イリーナはあっさりした態度だった。けれども、氷狩が訝るのも無理はない。

 身長は150センチに届くかどうか。美人だが童顔。胸も平坦。正直、13歳から15歳と言われたら訝ることもなかった。


「じゃあさ、なんでイリーナは能力を持ってンの?」

「良く分かんない。研究所? みたいな場所で目を覚ましたからかな」

「研究所?」

「なんか、この世界に来てから2日で拉致された。とても希少な天然能力者だって」

「そりゃあ、大変だったな」

「疲れているの?」

「イリーナよりは疲れてないさ。多分な」


 氷狩の態度もまた、イリーナへ引っ張られるかのように平淡なものに変わっていた。

 そんな中、

 氷狩とイリーナは、あからさまに道を封鎖している不良集団に睨みつけられる。そのほとんど、というか全員が女なので、無視して横を通ろうとするが、


「無視はいじめの始まりだぞ?」


 肩を掴まれてしまった。氷狩は溜め息をつき、


「勘弁してもらえないですかね? こっちは疲れてるんだ」

「疲れてるか疲れてないかは、こっちが決めるんだよ」

「つまり、なにをすりゃ良いンすか?」

「そこのガキをあたしらへ引き渡せ。そうすりゃ、アンタは家路につける」

「だとさ、イリーナ」

「ゴメンだね」

「分かった」


 瞬間、氷狩は肩を掴んできた女の腹部に肘打ちをくらわせた。


「ぐッ!?」


 倒れ込みそうになる彼女のベルトの間から拳銃を抜き取り、無理やり立ち上がらせた。首を左腕で締め付け、その女の眉間に銃口を向ける。


「ステゴロで、女が鍛えてる男に勝てるわけねェだろ。能力者なら分かるけど」


 途端に引き抜かれるハンドガン。だが、氷狩は眉ひとつ動かさず、


「やめておけ。オマエらみてェなチンピラ崩れが、まともな〝道具ピストル〟持ってるわけがない。銃弾は真っ直ぐ飛ぶか? 暴発は起こさないか? そもそも、おれの頭にしっかり当てられるか?」


 たじろぐ女たち。このまま銃を降ろせば、氷狩も黙って帰る。無用な殺生はしたくない。ただでさえでも、仕事でその手は薄汚れているのだから。

 そんな膠着状態が続くとき、

 イリーナがなぜか歩き出した。これでは撃たれてしまう。いったい、なんの目的で?


「クソッ、あのガキを撃て──!!?」


 そう拘束された女が叫んだ瞬間、

 バタバタ、とヒトが倒れ始めた。膝をつき、白目を剥きながら。

 そして、氷狩がアームロックしていた女が意識を失った頃、イリーナは抑揚のない言い草で、


「行こうよ。当分起き上がれないだろうし」


 スタスタと道を歩き始めた。


「少年マンガの技かよ」


 ただ、氷狩も尋常でないほど疲れている。なので、淡々とした態度でイリーナとともに家路へつく。


「さっきのヤツ、なに?」

「シックス・センスの応用。相手の意思を受信するのがシックス・センスの肝だけど、それを〝送受信〟に切り替えただけ」

「なるほど。脳内に他人の意思が入り込んで、オーバーヒートするのか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る