第二章 七転八倒続くっぽいな
010 もうひとりのシックス・センスっぽいな
「……あ?」
「むにゃー。氷狩がそれで良いなら……むにゅー」
茶髪のショートヘア、整った顔立ち、身長は意外と高く170センチくらいらしい。
そんな幼なじみ兼仕事仲間の
「ッたく」
これではヘンタイだ。英語圏でも使われるという、ヘンタイである。なぜこの女は、ヒトの家でなんの許可も取らずに下着姿なのだろう。なぜ、氷狩の口まわりにはベットリと誰かの唾液がついているのだろう。
「おい、起きろ。彼女面するな」
「むにゅー」
「駄目だ、こりゃあ」
氷狩は手を開き、当分起きそうにもない神谷のことは放っておくことにした。となれば、時刻はまだ朝の5時だが、朝飯でも食べて気分を紛らそう。
というわけで、きのうの残りを冷蔵庫から取り出す。ゴーヤーチャンプルが入っていた。これは良い。朝飯にもお誂え向きだ。
ダイニングテーブルにそれを置き、ついでに炊いた米も用意する。素晴らしい朝だ。神谷海凪がいることさえ除けば。
「だいたい、おれの思い描いてた世界は、こんなんじゃないんだよ。もっとこう、恥じらいをもった子と付き合って、少しずつ恋していく。あーあ。恋愛ドラマも変わっちまってるんだろうな」
鈴木氷狩。彼女いない歴=年齢の21歳。意外と恋愛ドラマを見ることが好きだ。日本製から韓国製、洋画も見るが、一番見たのは恋愛系のドラマや映画だろう。
砂糖並みに甘い世界へ昔から憧れがあった。ハッピーエンドで終わる安心感に安堵していた。そこに映る世界に、氷狩の理想があった。
そんな不良風の見た目に反して純愛を好む青年氷狩は、変な世界に迷い込んでしまった。簡潔に言い表す、ことはできないが、できる限り簡略化すれば、あべこべ世界に異能力が混じった場所といったところか。
セクハラは男性が受けるもので、デート代は女性が払うもの。男は女にくわれ、男性の同性愛が社会問題化。男女平等をSNSでうたう男どもであふれる世界。
男女の比率は1:10で、氷狩のように(一応)異性愛者かつ10代から20代の若者なんて、日本累計でも200万人くらいだという。この街に限れば、本当に数百人もいないかもしれない。
「美味かった。媚薬や……、いや、考えただけで戻しそうになる。ともかく、女特有の体液が混入してなさそうで良かった」
そんな不思議で不愉快な世界に入り込み、今を生きようとする青年、鈴木氷狩。彼が純愛を手にする日は来るのであろうか。媚薬やストーカー、不法侵入をしてこない理想の女性に出会える日まで、彼の七転八倒は続く。
神谷はいつまで経っても起きそうにもない。スマホをいじったり、パソコンでゲームしたり、と時間を潰している間、まるで自分の家のごとく、ぐっすり眠っていやがる。
「チッ。死ね、淫売」
自分だけの空間にヒトがいるだけで、氷狩のストレスは急上昇していく。もう散歩にでも行こう。それしか道はない。殴ったり蹴ったりして起きるような女でもない。
*
「そこの兄ちゃん、あたしと──」
「ぼく、トレーナーじゃないんで」
逆ナンパ、基、この世界においては普遍的な女から男へのナンパを3回された。嫌気が差し、氷狩はひとけの少ない場所へ向かう。
「ふぅー……」
地元なので、どこにヒトがいないかくらいは分かる。寂れた遊具がかろうじて原型を留めている公園で、氷狩はタバコをくわえていた。
「コンビニの店員、犬の散歩してるマダム、そしていかにもギャルそうな子か……」
もうなんでもありだ。氷狩は溜め息まみれなのはよくないと知りつつ、息を吐く。
(んん?)
そんな氷狩は、よく知った男を目で捉えた。傍らには白人の女の子。いかがわしいことをするようなヤツではないので、道でも訊かれたのだろう。
(まあ、もともと米軍の基地があった場所だし、家ン中じゃ英語しか話してないのかもしれん。ちょっと助け舟だしてやるか)
携帯灰皿にタバコを捨て、氷狩は少し離れた
「よう、相棒」
いつも通り拳を合わせ、
「その子は何者?」
と訊いてみる。
「それが、自分でも分からないって言うんだよ。日本語は流暢なんだけど」
「あァ? どういう意味だ?」
「なんでも、別の世界から迷い込んできたかもしんねェって」
「……、どういう世界だ?」
その少女は不安そうな目つきで、氷狩を見上げる。
「もっと、男のヒトがいた場所だよ。イリーナはしばらく歩いていたけど、柴田くんと貴方以外に同年代っぽい男の子がいなかった」
「だとさ」
随分日本語が上手だ。だが、問題はそこではない。氷狩は固唾をのみ、
「おれ以外に、このふざけた世界へ迷い込んだヤツがいるってことか?」
ポカンと口を開けてしまう。
「そういえば、オマエ電話で言ってたな。〝おれはパラレルワールドに来ちまったみてェ〟だって。ひょっとしたら、ふたりとも同じ世界から来たのかもな」
「そうなの? 柴田くん」
「さあ。親友の言うことだ。信じてやるのが優しさだろ」
「このヒトの名前は?」
「鈴木氷狩。氷に一狩り行こうぜ、の狩りで氷狩って名前だけど、良いヤツだよ」
「そうなんだ」
最前からフリーズする氷狩。それを察したのか、ふたりは勝手に会話を続けていた。
そんな中、
氷狩はある疑念を抱いていた。
「なあ、オマエ」
「オマエ、って言わないでよ。イリーナはイリーナって名前がある」
「なら、イリーナの能力ってもしかして──」
「言って良いのかな? でも、イリーナも同じこと思っていた。そう、シックス・センスだよ」
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