009 三文小説みたいらしい

「おっと……」


 最前、意思の〝改ざん〟をしておいて良かった、と思う。氷狩はそれをして、ギリギリのラインで攻撃を止めた。


「やるねぇ。オマエ」


 そして、柴田雫がベッドから立ち上がった。不敵な笑みとともに。


「なんの能力か知らねえが、あたしは確かに攻撃してたはずだった。そこの突っ立ってるだけの間抜けに」

「ああ。仲間じゃなければ、ぶっ刺してもらっても困らねェんだけども」

「薄情だね。最近の男はそういうのばかりだ」

「悪りィけど、そうならざるを得ないのさ」

 

 8畳ほどの縦に長い部屋。小さなテレビとベッド、湯沸かしポット、おそらく飛ぶときに備えて用意してあったのだろうスーツケースには、多量のカネが入っているはず。

 であれば、

 氷狩はもっとも近くに置いてあったポットを持ち、湯が入っているのを確認し、即座に彼女の顔めがけて放り投げた。

 しかし、相手も手慣れだ。

 当たるわけもなく、ガコンッ! という音だけが残る。


「攻撃能力は持ってねえのか?」


 柴田雫が低い声でそう嘲笑したとき、

 佐田希依が行動を起こす、はずだ。でなければ、なんのために彼女が着いてきたという話になる。

 というわけで、

 佐田が風の塊──小さい波動を彼女へ向けて撃つ。

 されども、その結果は、


「……鉄かなにか? アンタは!!」


 柴田雫をその場から動かすこともできなかった。佐田の頬に汗が伝わる。


「ああ、ネタバレは最後までとっておくモンだぞ。さあ、かかってこいよ。クソガキども」


 正直、一般人もいるホテル内である以上、派手な攻撃もできない。ましてや、氷狩にはそもそも派手な一撃なんてものすらない。なので、地道に相手を削っていくしかない。

 と、考えていたら、


「私がクソガキ? なら、アンタはクソババアだよ……なあ!!」


 佐田が歯を噛み締め、足にブースターでもくっつけたかのような速度で、柴田雫との間合いを狭める、未来が視えた。といっても、距離は1~2メートル。これでは壁もえぐれてしまう。


「だから、コイツと仕事したくないんだ」


 もう止めようがない。佐田希依という人間が、眉ひとつ動かさず眠っている者の首元にナイフを突き刺し、死体画像をわざわざ見せてくるようなヤツだと知っていれば、誰だってそう思う。

 となれば、今回も佐田の殺戮が見られるだろうと、氷狩は壁にもたれかかる。

 だが、


『28歳にクソババアとは失敬な』

『げ、へえっ!!』


 氷狩が視た未来とは、佐田が首を捕まれ、ぶらぶらと足を動かすものであった。


(佐田が死ぬ? いや、未来は変えられるはずだ……そうだろう!?)


 氷狩は拳銃の安全装置を解除し、柴田雫の頭を撃とうとした。

 が、照準に佐田が映る所為でエイムが合わせられない。

 そして、恐れていた未来が訪れる。


「28歳相手にババアとは失敬な」

「げ、へえっ!!」


 今、引き金を引いても佐田に当たってしまう。氷狩の苦難が始まった。

 ゴキゴキ……と、首の骨が折れていくような音が聞こえる。恐ろしい腕力だ。猛獣のごとく。


「さてと、オマエはどうするつもりだ? チンピラぁ」

(殺さねェ程度で抑えてる……。殺したら、撃たれるのを分かってるんだ。かといって、脚撃つだけのエイム力はねェぞ? さて、どうする。鈴木氷狩)


 案外、氷狩は冷静だった。表情こそ焦りが隠せていないだろうが、せめて内面だけでも落ち着いていなければ、佐田も氷狩も終わりだ。


「はッ。おれらがチンピラ? いつまでヤクザ気取ってるんだ?」

「私が破門になったところで、オマエらがチンピラなのは変わらねえだろうが」

(冷静だな……。クソッ。ワンチャン、煽れば佐田を引き離すと思ったが)

「ああ、そうかよ。ところで、オマエ……弟がいるよな」

「だったらなんだ?」

「おれは他人の意思を読むことができる能力を持ってる。そして、その弟とおれは親友でさ。アイツの意思が近づいてくるのを感じた、って言ったら?」

「……!!」顔色が変わった。

「もちろん、親友は殺したくない。でも、今ソイツはエレベーターで登って来てる。おれか、それとも姉を守るのか。教えてやろうか?」

「……、どっちだ」

(今だッ!! ここ以外に隙はねェ!!)


 柴田雫は、腕力が弱くなって佐田を地面へ落とした。

 そのタイミングを見計らっていた氷狩は、容赦なく柴田雫の胴体に銃弾を放った。

 ピチャッ!! と、柴田雫の肝臓部分に穴が空いた。


「どっちでもねェよ。柴田はここには来ない」


 硝煙がほんのり漂う中、氷狩は倒れ込みゲホゲホと吐血する柴田雫を見下ろす。今にも死に絶えそうだが、目つきだけは死んでいない。それだけが恐ろしい。


「て、てめえ……!! このあたしを潰せると思ってるのかい!?」

「誰がてめェを潰すんだよ? どちらかといえば、四肢切り取られるだけだろ」


 銃で撃ったら本当に死ぬ。今回の指令は生け捕りなので、氷狩は近くにあった液晶テレビを彼女の頭にぶつける。鈍い音とともに、柴田雫は白目を剥く。


「外道にも姉弟愛はありましたと。脚本家がいるのなら、三文小説も良いところだって愚痴りたくなるな」


 溜め息をつき、氷狩は佐田の頬を叩く。血の流れがある。一応生きているようだ。なら、神谷に頼んで手配してもらうしかない。


「よう。柴田雫の一件だが、救急班も連れてきてくれ。ああ──」


 *


 氷狩は惨劇のあったビジネスホテルの喫煙所で、タバコをくわえていた。

 あとは回収班がうまく佐田と柴田雫を拾うだろう。そういう些事末まで手伝う必要はない。なので、やることもない氷狩はタバコをふかしているわけだ。

 なんとなく、ニュースアプリを覗いたり、野球の速報を見たり、あたかも日常生活を過ごしているかのような態度で。


「よう、神谷」

「大金星ね。氷狩」神谷海凪はジュースを渡してきた。

「あの女、どうなるんだ?」

「さあ。半グレどもが見せしめのために、ダルマにして裏社会に写真ばらまくんじゃない?」

「ああ、そうかよ」


 結局、やることは変わらない。ここが男女比率世界だろうとも、あべこべ世界、異能力世界であろうとも。

 だからこそ、氷狩は舌打ちするほかなかった。

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