008 破門されたヤクザほど惨めな存在もないらしい

 とはいえ、仕事は仕事である。氷狩は心底嫌だが、彼女とともに海藤組とやらの女幹部を倒す羽目になった。というわけで、氷狩は抱きつく佐田を引き離し、話を進める。


(……、神谷が指示し、佐田がハニートラップを仕掛け、山手がカネを貸し、サラが情報を支配する。そして、元の世界じゃ荒事は全部おれの管轄だった。おれは男だし、暴力しか能がなかったからだ。でも、この世界には異能がある。神谷は空を飛べるし、佐田は……よく分からんがなにかを使える。となれば)


 頭の中を整理し、氷狩は引き離されてもめげずにハグの姿勢を取る佐田へ言う。


「佐田、オマエ喧嘩できるの?」

「できるよ~。というか、愚問じゃん? 私と氷狩くんが荒事を解決するんだからさ」

(なるほど。佐田も喧嘩の戦力に数えられると。ということは、ひょっとして、そりゃあつまり──)

「それに、氷狩くんは色仕掛け担当でもあるじゃん!」

(だろうな)

「だろォな」


 思ったことがそのまま口に出た。心の底から拒絶したくなるような役割を、少なくともこの世界での氷狩は担っていたわけだ。


「え? なにが?」

「なんでもねェよ。つか、話を進めるぞ。時間は有限だ」

「なら、サラに連絡するよ! 私も細部は知らないし!」

「ああ、そうかよ」


 サラ・ルビンシュタイン。国籍不明の白人だ。クラッキングと情報屋は彼女の管轄であり、良くも悪くも他人に対する対応はフラットな女。元の世界では蛇蝎のごとく嫌われていた武力担当の氷狩へも、彼女は他人行儀だったので、おそらく一番まともな反応をしてくれるはずだ。


「サラえもん~。きょうのターゲットの詳細教えて~」

『海藤組の件ですか?』

「そー」

『そこに氷狩さんはいますか?』

「いるよ~」

『なら話は早いですね』


 電話越しでもどこか棒読み気味だし、変に発情する素振りも見せないので、氷狩も少し胸をなでおろす。


『海藤組の元幹部、柴田しずくは今から送るホテルをヤサにしています。なんでも、半グレ相手に詐欺して、組から破門になったとか。ただ、失うものがない彼女はもう、なりふり構わず生き残りを狙うでしょう。となれば、佐田さんと氷狩さんのふたりで叩くのがちょうど良いかと』


 スピーカーフォンに、氷狩が返事した。


「柴田? なあ、サラ。ソイツの弟って調べてあるか?」

『ええ。柴田公正という、名のしれた能力者です。とても希少な10代~20代男性の能力者ですが……おそらく彼がこの事件に関わることはないと考えられます』

「なんでだ?」

『柴田雫と弟は絶縁状態ですからね。そもそも、姉の窮地も知らないはずです』

「そうか」

『なので、氷狩さんも遠慮なく叩いてください。弟が絶縁した姉の窮地に駆けつけることは、いや、氷狩さんが親友と闘うことはないと思われますから』


 やはりお見通しのようだった。氷狩は見られているわけでもないのに、手を広げる。

 されど、サラはそんな態度すら見透かすように、


『でも、柴田雫が本気で泣きつけば、人間的に甘いという柴田公正が出張る可能性も否めません。早めに〝解決〟してくださいね』

「ああ、そうするよ。ありがとう、サラ」

『いいえ』


 もう聞きたい情報は訊いた。佐田のスマートフォンをスワイプした後、氷狩は拳銃をキッチンから取り出す。


「行くぞ。〝道具ピストル〟も神谷から借りたことだしな」


 *


「破門されたヤクザほど、惨めな存在もいねェな」

「まーね。せっかく積み重ねた地位やらカネ、兵隊が全部裏目に出るんだもん」


 とても大物ヤクザが隠れているとは思えない、貧相なビジネスホテルの前。

 時刻は昼間。当然ながら、街には女性がいっぱいだ。比較的涼しい日だからか、それとも数少ない男を狙っているのか、皆露出度の高い服装である。

 さあ、腹がハンドガンで冷えて腹痛を起こす前に、勝敗を決しよう。


「正面からの突破は無理筋だ。相手をおびき出すか、侵入するか」

「だったら、ホテルの裏側から私のアドバンス・スチームで無理やり入っちゃう?」

(風力操作か? まあ、とりあえず乗ってみるか)

「そうしよう」

「よし、行くよっ!」


 手を引っ張られる。手が触れたとき、消毒液を吹きかけていたことが嘘みたいに、なんの抵抗もなく佐田は手を引っ張ってきた。


(……コイツが喫煙チクらなかったら、高卒くらい得られたんだよな。そして神谷とつるんで、こんな汚れ仕事をすることもなかった。あーあ。この世界にいたおれも同じこと思ってたんだろうな)


 もう6年くらい前の話だし、今更恨みをぶつけるのも格好悪い。それでも、よくよく考えればこの女が起因となって半グレになってしまった。むしろよく殴らずに済んだものだ。

 と、どこか現実から逃亡していれば、

 ゲームのアビリティみたいに、空へと続く風の流れが発生した。それらはしっかり、柴田雫が隠れている場所まで届いている。


「うお」

「ほら、行こうよ!」


 本当にこんなものへ乗れるのか? だいたい、乗れたところで落下したら即死だ。

 と思ったところで、佐田が先にその上へ走っていく風に乗っかるので、もう往生するしかない。どうにでもなれ、と思いつつ、氷狩はその跳ね上がる風に乗った。

 乗ってしまえば、案外なんとかなった。後は上まで、登り切るだけだ。


「まあ、カーテンは締め切ってるに決まってるか。ただ、防弾ガラスではない」


 というわけで、銃の底をガラスにぶつけて無理やり空けてしまう。そこから鍵を開け、氷狩は拳銃を構え、柴田雫──親友の姉と初対面を果たす。

 ベッドの上で、酒を煽る黒髪ロングヘアの女がいた。顔は赤く、酒に呑まれているのは間違いない。


「よう。半グレに詐欺働いて、ヤクザをクビになった大間抜けって……オマエ?」


 氷狩の露骨な煽りへも、彼女は反応しなかった。しゃっくりしつつ、こちらに興味がないような素振りを見せてくる。

 だが、

 所詮は、素振りだけだ。氷狩は、〝意思〟を〝受信〟することで、柴田雫が佐田の腹部に矢のようなものを突き刺す未来を見通した。

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