006 ストーカーされているらしい

 裏社会に近い身分として、仲間は大切にしなければならない。氷狩はそう信じていた。


「……だったら」

「だったら?」

「合コン開きましょうよ。貴方、男友だちいないの?」

「煽ってるのか?」

「え、いや、そんなつもりは──」

「煽っていなけりゃ嫌味だろ。おれに友だちはいねェ」


 自分で言っていて悲しくならないのか、氷狩。


「あ、いや。ひとりいたわ。ただまあ、アイツの性格もこの世界じゃ変わってるだろうな」

「誰なの?」

柴田公正しばたこうせい。小学校のときクラスいっしょだっただろ?」


 悲しい男である鈴木氷狩にも、友だちくらいはいる。柴田は優しい男前で、顔立ちも良いのに、前いた世界でも女絡みの浮ついた話を聞いたことがなかった。となれば、色々逆転しているこの世界なら、ひょっとしたら女好きになっているかもしれない。


「覚えてないわ」

「薄情なヤツだな。まあ良いや。もう深夜だし、連絡だけはしておくよ。てか、オマエもう帰れ」


 時刻は深夜の1時。そろそろ神谷にも帰ってほしい時間帯だ。そして、色々おかしな世界に迷い込んだといえども、昼間から深夜までヒトの家にいられて、氷狩も少し苛立っていた。

 もともとひとりでいる時間を大切にしたい人間、というか引きこもり一歩手前なダメ人間が、ここまでヒト、しかも女と関わった時点で、疲れも溜まっている。


「え、ええ。柴田くんによろしく伝えておいて」

「ああ」


 残念そうに神谷は出ていった。場には、氷狩のみが残される。

 紛失したスマートフォンが届いていた。再設定を済ませ、シャワーを浴びるだけの体力もないので、歯磨きだけ済ませて、氷狩はさっさと布団とタオルケットの間にある夢の世界へ入り込むのだった。


 *


『合コンってなんだよ?』


 朝の9時に目を覚まし、そんなメッセージを目にする。そういえば、きのう柴田へ合コンの誘いをしていたな、と氷狩は、


『オマエ、浮ついた話聞かねえから心配なんだよ』


 と返信し、シャワールームへ向かっていく。隅々まで身体を清めると、またもやメッセージが入っていた。


『オマエに心配されるほど落ちぶれちゃいないよ』


 そんな返事が返ってきた。


「……、そういえば、平行世界に迷い込んだってことは、この世界にいたおれは消滅しちまったのか?」


 あるいは、男女比率5:5の世界に迷い込んでいるか。まあ、どうだって良いことだが。


『ちょっと通話して良いか?』

『なんだよ。良いけど』

『ありがとな』


 通話画面を開き、氷狩は柴田へ単刀直入に訊いてみることにした。


「よう、柴田。信じるか信じねェかはオマエの勝手だけど、おれァこの世界というパラレルワールドに入り込んだみてェだ」

『ガチか?』

「ガチだ」

『そりゃご愁傷さまだな。で? なにを聞きたいんだ?』

「おれって、この世界じゃどんなキャラだった?」

『そうだな。神谷、だっけ。アイツを毛嫌いしてた。発情期の犬みたいだって。それと、神谷の仲間も嫌ってた記憶がある。でも、カネがねェからあんなのとつるむしかないって』

「なるほど。前いた世界とあんま変わんねェようだ」

『そうなのか? まあ、平行世界だったらあり得るわな。ああでも、神谷の仲間のひとり、佐田希依さだきいはオマエへ露骨に発情してたよ。寝込み襲われそうになった、ってオマエは言ってた』

「佐田が? マジか」

『なんでだ?』

「アイツ、前の世界じゃおれのこと、汚物としか捉えてなかったからな。ヤニカスのアウトロー気取りって」

『あべこべ世界なのかもな。ここは、オマエにとって』

「とことん嫌な世界だぜ。柴田、とりあえずありがとな。あと、合コンするか?」

『オマエの頼みなら断りづらいな』

「本心は?」

『あんなメス豚どもと、飯食って犯されるのはゴメンだ』

「だろうな。神谷に断りの連絡入れとくよ」

『ああ、どうも。またなんかあったら、連絡してくれや』

「そうするよ」


 通話を切り、氷狩はじっくり神谷とその仲間たちについて考え込む。


(神谷はおれ以外にも、何人か仕事仲間を抱えてる。佐田、山手夕実やまてゆうみ、サラ。あっちの世界での好感度は、サラが一番マシ。山手にはまあまあ嫌われてて、佐田からは汚物扱い。となれば──)


 普段、神谷と柴田以外からのメッセージ通知を切っている氷狩だが、好奇心であえてアプリを開いてみる。佐田や山手、サラという国籍不明の女たちがどのような反応をしているのか興味が湧いたのである。


『メッセージ:999件』

「天井届いてるじゃねェか。誰だ?」


 一番メッセージ数が多かったのは、佐田希依だった。彼女だけで523件溜まっている。ひとまず覗いてみることにしよう。


『フォトジェニックに載せてたラーメン屋、美味しそうだね。今度いっしょに行こうよ』

『トレンダーでポセイドンズ10連敗愚痴ってたけど、私野球にも興味湧いてきたな』

『最近眠るの、早くない? ちゃんと鍵閉めて寝てね』


「ストーカーされてるな」


 フォトジェニックやトレンダーといったSNSアプリを、氷狩は鍵アカウントで使っている。しかも裏社会のつながり的に、フォローやフォローバックなんてしているわけがない。一応確認したが、どこにも佐田希依の名前はなかった。


「こりゃあ、寝込み襲われたのも納得だ。でも、警察に垂れ込んだところで、今までの余罪調べられて捕まると思ったんだろう。ま、無視できないけど無視するのが正解か──」


 そのとき、

 インターホンが鳴った。氷狩はタクティカルペンを片手に、玄関口まで向かう。

 ドアを開け、氷狩は深い溜め息をつく。


「氷狩くん! 既読になったのに返信しないなんてひどいよ!」


 黒いボブヘア、八重歯、くりくりして純粋そうな目つき。背丈は180センチの氷狩よりはるかに小さく、150センチ後半といったところか。

 ここまでは前いた世界と変わりない。変わっているのは、彼女が能力者であることと、氷狩に対してストーカーじみた執着心を持っていることだ。

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