005 見捨てるつもりはないらしい

 だからといって、借金を踏み倒して良い理由にはならない。


「うるせェよ。さっさとカネ出せ」


 氷狩は苛立ちを露わにしながら、彼女がカネを出すのを待つ。


「分かったわよ!!」


 逆ギレされる者の気分にもなってほしいものだな、と思いつつ、よくよく考えてみたら、交番にカネなんてあるのか? という疑問も感じる。

 そのとき、

 氷狩は直感で感じ取った。彼女が振り返り、拳銃を向けてくるという未来を。

 なので、氷狩は彼女に蹴りをくわえる。足を撃たれたばかりの警官の女は、その場にへたり込んだ。


「いったぁ!!」

「オマエ、ここでおれのこと殺すつもりだっただろ? 当たり前だが、500万円くれェのカネなんて交番にあるわけねェしなぁ」


 ますますムカつく女だ。仕方ないので、氷狩は倒れる彼女の警察手帳と免許証を抜き取る。


「等価交換だ。返してほしけりゃ、きょう中にATM行ってカネおろしてこい」

「500万円なんて、払えるわけない……」

「安心しろ。おれァ、金貸しも知ってるからな。10日で1割だ。低金利だろ?」


 足をへたり込ませ、彼女は屈服するのだった。


 *


「神谷、あの馬鹿女カネ持ってなかったぞ。あの金融屋を紹介しておいた」

『分かったわ。回収、お疲れ様。報酬は手渡しね』

「ああ」


 氷狩は手短に通話を済ませ、タクシーへ乗って自宅に戻る。


(馬鹿過ぎて、半グレじみた方法でしかカネを稼げない。しかも、よく分からん並行世界へ来てしまった。これからどうすりゃ良いだろうな)


 悩みだらけの氷狩は、自宅につき、ドアを開ける。

 そこには、顔が火照っている神谷海凪がいた。ゴミ箱が荒らされているので、おおよそなにをしたのかは分かる。

 もう嫌味を言う気にもなれない。氷狩は、「用がねェなら帰れよ」とだけ伝えておく。


「ち、違うわよ? 私は決して貴方に発情してないわ──」

「ああ、そうかよ」


 呆れた態度で、氷狩はティッシュのゴミを拾う。


「ねえ、氷狩……」


 気まずそうな態度で、神谷が話しかけてくる。


「なンだよ」

「私のこと、嫌い?」

「前いた世界のオマエに比べりゃ、まだマシだとは思うけどな」

「それってつまり──」

「ああ、嫌いではないが好きでもない。なんだかんだ言って、オマエ美人だしな」


 神谷海凪は、美形だ。髪色は茶色く、鼻筋がしっかりしていて、目も大きい。小学校の頃からの幼なじみなので、あまり顔立ちの評価は考えたこともないが、まあ美人なのだろう。


「ほ、ホント?」

「嘘つける知能はねェんで」

「だ、だったら、私たち──」

「付き合わん」一刀両断し、「それより、おれへインストールした能力の詳細をくれ。勘が鋭くなって、おめェのピンク色の脳内が視えて嫌気が差す。それに、擬似的な未来予知もできるみてェだ。いったい、どんな能力なんだよ」


 神谷は露骨に悲しそうな表情になりながらも、


「ええ……その能力は、シックス・センスよ」

「シックス・センス? 映画とかで出てくる、あれか?」

「近いけれど、少し違うわ」


 神谷は普段通り(もっとも、前いた世界に比べればだいぶ優しげだが)になり、


「簡潔に言うと、ヒトの意思を読み取れる能力。でも、それ以外の付与能力もある」

「たとえば?」

「使うのは難しいらしいけど、相手の能力のコードを〝受信〟して誤作動を起こすように〝改ざん〟した後〝送信〟することができるわ」

「あ?」

「要するに、どんな能力にもバグを起こせるってことよ」


 神谷は淡々とした態度で言った。


「どんな能力にもバグを起こせる? そりゃあ、強すぎねェか?」

「ええ、だから特別に貴方へあげたのよ」

(気色悪ッ)


 氷狩の知る神谷海凪は、性悪女だ。小学校のときからの付き合いだが、彼女は打算でしか動かない。しかし、相手の意思を読めてしまう能力なんて渡してしまったら、性欲爆発ガールの神谷の本質すらも知られてしまう。

 となれば、あまり損得を考えず、神谷は氷狩に強力な能力を付与したわけである。


「まあ……、この世界で生き残るにァお誂え向きか。ありがとう、神谷」

「だったら、お礼してちょうだい」

「はぁ? ──いや、オマエとキスなんてまっぴらごめんだ」

「大丈夫、舌は入れないから……」

「そういう問題じゃねェ。なんか毒入れられそうで怖ェんだよ」

「……、そんなに並行世界の私って性格悪かったの?」

「悪いなんて次元じゃなかったぞ。今やってる仕事考えてみろ。ろくでもねェヤツらからの借金回収だぞ? オマエ、散々おれをこき使ってくれたし」

「そう……」


 なんだか涙目になる神谷。さすがに言い過ぎたか? と氷狩は、すこし慰めようとするが、

 その瞬間、

 唇を奪われた。わずか2~3秒ほどだったが、神谷は酒でも飲み過ぎたかのように顔を真っ赤にさせている。


「おま、おれが潔癖症なの、知ってるよなぁ……?」

「ご、ごめんなさい」

「…………、」目を細め、「なんというか、神谷。オマエも苦労してるんだな。シックス・センスで脳内覗いたけど、ピンク色の先へは男絡みの苦労で満ちてる。顔良いから、余計に嫌な思いしてきたんだろ?」


 この世界の若い男どもは、皆どうかしているようだ。神谷はこの世界での男性比率は1:10と言い、日本の若い男子に限れば100万人にも満たないとも語った。そして、少数派である男子たちは、多数派かつ能力で男を屈服させようとする女子に嫌気が差し、同性愛に走るらしい。となれば、パラレルワールドからやってきた氷狩のような、異性愛者かつ女の手垢がついていない存在は、とても珍しいに違いない。


「なんつーか……、本当に嫌な世界だな。ここ」


 ほんのり泣き出しそうな神谷を見て、氷狩の心もすこし動く。いや、神谷と付き合うつもりは毛頭ないが、どうにかしてあげたいのも事実だった。


「まあ……、一朝一夕でなんとかなることでもねェしな。とりあえず、ふたつ言っておく。オマエと付き合うつもりは、少なくとも今はない。でも、なにかできそうなことがありゃ教えてくれ。幼なじみ兼仕事仲間として、見捨てやしない」

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