004 異能力もあるらしい

「なにが変化したのか分かんねェ」


 ただ、効果を実感できないのも事実。氷狩は右腕に絆創膏を貼り、首をかしげるばかりだった。


「そういえば、弱そうだけど強いってことくらいしか訊いてなかったわね」

「弱そうなのかよ。なんか嫌だな」

「とりあえず、力んでみたら? あ、でも家の中でやらないほうが良いかもしれな──」


 刹那、身体中を巡る血が荒ぶるように熱くなった。氷狩は激しい頭痛を覚え、その場にへたり込む。

 キッチンに置かれていた灰皿が地面に落ちる頃、ポタポタと氷狩は唾液を垂らす。


「キッツいな……」

「だ、大丈夫?」

「大丈夫ではない──ああ、すこし落ち着いてきた。血管が爆発するかと思ったぜ。……ん?」


 勘、が鋭くなった。神谷の考えていることが分かるほどに。彼女の脳内は今、性欲でいっぱい。しかもその欲望は氷狩へ向けられている。


「……、」氷狩は押し黙り「なあ、いくらおれが女に飢えてるからって、生々しいあんなことこんなこと読み取ったらさ、嫌気が差しちまうよ」

「な、なんのことかしら?」

「オマエの考えてることが分かるようになった。なんというか、男女比率がぶっ壊れた世界も良いことだらけじゃないな」


 氷狩は、そう返事し、そそくさと自宅から出ていく。まるでこの場から逃げ去るように。

 場には、神谷海凪だけが残される。


「…………、だって、私良い歳こいて処女なんだもの」


 *


 どうやら、この勘が鋭くなる超能力は任意で発生させることができるらしい。引っ込め、と念じたら魔法のごとく消え去ったからだ。

 そんなわけで、サングラスに黒マスクという不審者丸出し格好の氷狩は交番へと向かっていく。


「世界は狭めェな。すでに接触済みなんてよ」


 この男女比率が崩れた世界で、初めて接触した女性。やたらと身体検査してきた女警官。歓楽街で叫んでいた女警察。

 あの街で酔いどれ声をあげていたということは、もう非番になっているはずだが、神谷はちょうどいま勤務していると言っていた。彼女の指示は基本的に当たるので、なにか理由があって交番に戻って来たのだろうか。


「まあ……仕事するだけだからな」


 氷狩は交番近くまで歩み寄り、その女警官が出てきたのを確認した。即座に彼女へ近寄り、肩を叩く。

 警官は振り向いた。そして、驚愕したように顔を歪める。


「な、な、なんの用ですか? さっき職務質問はしたはずですよね?」

「ええ。ちょっと返済していただきたいものがありましてね」

「へ、返済?」

「ホストクラブへの売掛金、って言えば分かるでしょう? いくらツケがあるのか知らないけど、支払うものはしっかり支払わないと」


 氷狩は営業スマイルを浮かべながら、彼女を詰める。


「……ふふっ」


 だが、彼女は不敵に笑う。


「私は国家権力に属してるんですよ? 意味、分かります?」

「ええ……、支払う気はまったくない、ってことでしょ?」


 瞬間、氷狩は拳銃を引き抜いた。


「なっ!!」

「でもさぁ、その道理はおれたちにァ通用しねェんだわ。払えと言われれば払うしかない。それだけの話しなんだよ。なァ?」


 ここは並行世界だが、同時に日本だ。なので、銃刀法違反もある。だが、氷狩はさも当然のようにピストルをシャツとベルトの間から取り出した。

 彼女の腹部に照準を合わせ、今すぐにでも致命傷を与えられるような体勢になった。


「……、ふっ」


 されども、警官の女は笑うだけだった。氷狩は怪訝な顔になるが、最前インストールした超能力によって、彼女がなにをするのかを悟る。


「さっきも言いましたよね? 私は国家権力に属す者。そして当然……」


 瞬間、

 サイコキネシスを使ったように、近くにあった電柱が引っこ抜かれた。それは氷狩のもとへ一直線に進んでいく。


「能力も持ってる!! さあ、死なない程度に死なせてあげる!!」


 鈴木氷狩は、首を横に振った。

 電柱はあと数メートルまで迫ってきている。しかし、氷狩はそれがどこに来るのか分かっていたかのように、ゆらりと身体を動かして回避した。


「アンタ、ピンク脳だな」


 アスファルトがめくれ、あたり一帯は大騒ぎになった。とはいえ、相手にしているのは、警官の制服を着た女。正義を掲げる者。であれば、他の警察に通報して来てもらうという選択肢は誰もとらないはずだ。

 そんな中、氷狩は右手を首の横に回し、


「神谷もそうだったけど、アンタら性欲強すぎ。おかげで、なに考えてるのかあんまり分からねェ」

「し、失敬な!」

「ただ、ある程度は分かる。……、行くぞッ!!」


 鈴木氷狩は冷静だった。先ほどの攻撃で氷狩を倒せると思い込んでいた彼女には、それ以上の追撃という考えはない。だったら話は簡単だ。

 氷狩はさほど広くない間合いから、彼女の足に向けて銃弾をおみまいした。


「──ったぁ!?」

「なにへばってるんだよ。ほら、サイコキネシスで反撃してみろ」氷狩はニヤリと笑い、「まあ無理か。足撃たれた所為で、集中力も途切れちまってるだろうしなぁ……!!」


 氷狩は彼女にマウンティング体勢をとった。


「女の顔は殴りたくねェ。さっさと売掛金よこせ。それさえ払う意思を見せれば、解放してやる」

「誰が、払うと思ってるの──ぎゃッ!!」


 馬乗りになった氷狩は、彼女の額に拳銃を突きつける。


「早くしろ。時間は有限だぞ?」


 *


 足を引きずりながら、警官の女は交番まで歩いていく。背後にはハンドガンを突きつける氷狩がいる。どうあがいても、逃げ場はない。


(……、これだけ警察をぶちのめしても、誰も通報してこないのか。女の敵は女ってか?)


 男女比率1:10の世界。野次馬や、たまたま街を歩いていた者は皆、通報でなくスマートフォンでその様を撮影していた。いちいち潰すのも面倒なので、氷狩は無視する。


「なあ」

「……なんですか」

「公僕がホストなんかにハマる理由が分かんねェ。アイツらはクソだぞ。テーブル乞食なんて蔑称つけられるくらいには」


 そうすると、


「仕方ないじゃん!! 私モテないんだもん!! 男なんてカネで買えば良いし、そのカネも支払わないで済んだはずなのに!! 全部貴方の所為で台無しだよ!!」


 なんと呆れた供述だろう。風俗ばかり通っている者も、元いた世界の女からすれば、こういう目で見られていたのかもしれない。

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