003 なーンか嫌な世界らしい

「とまあ、こんな感じね。分かりやすいでしょ?」

「オール1を舐めてるのか? さっぱり分かんねェよ」


 第三次世界大戦が起きたのは分かった。なぜ街中で男性をあまり見かけないのかも分かった。しかし、こんな世界に迷い込んだ理由が分からない。


「ッたく……。神谷、おれはオマエを信用してるから言うぞ?」

「な、なにを?」ごくりとつばを呑み込む。

「どうやらおれァパラレルワールドに来ちまったようだ。おれのいた世界じゃ、2014年に大戦争は起きてないし」

「は?」


 そりゃ、性悪女こと神谷もそういう反応になるだろう。


「というわけで、元の世界に戻りたい。先天的に女嫌いなんだよ、おれは」

「そ、そう。けれど、もしもの世界から現実世界に戻る方法なんて知らないわよ?」

「だろーな……」ダウナーな声色だ。

「というか、貴方が元々いた世界ってどんな感じだったのかしら?」

「まあ、おれもニュースなんかろくに見ねェから知らないけど、男女比率が1:10になるほどの戦争は起きなかった。男女比率は5:5だったんじゃねェの?」

「楽園ね」即答した。

「あ?」

「いま、日本の人口は5000万人ほどで、男性は500万人くらいしかいない。若い男性に限れば100万人にも満たないわね。けれども、貴方のいた世界だったら5,000万人はいるってことでしょ? いろんな問題が一気に片付きそうだし、なにより私にも彼氏ができそうだわ」

「まあ、社会構造が一変しっちゃってるもんなぁ」


 適当な返事だ。少子高齢化とか、経済とか、政治とか、自然保護とかの問題は前いた世界のほうがマシだったのかもしれない。

 だが、現状前の世界に戻る方法がない。それを見つけるまで、氷狩は女嫌いなのに女だらけの世界に住まないといけないのである。


「もう引きこもりにでもなろうかな」


 そう吐き捨て、氷狩は換気扇の下まで向かってタバコに火をつける。


「タバコ、おいし──」

「嫌味なら聞きたくないぞ。オマエはおれの趣味を全否定するからな」

「え?」

「え?」

「いや、ただタバコって美味しいのか興味があって……」


 違う、いつもの神谷海凪じゃないぞ。タバコを吸えば嫌味を言い放ち、服の趣味にも文句を言い、そんなダサいタトゥーどこでいれたの? と嫌味を言ってくる神谷がいない。


「まあ、まずいんじゃねェの? 舌が馬鹿になりすぎて分かんねェけど」

「一本吸わせて」

「は? オマエ、熱でもあるの──」


 神谷は立ち上がり、氷狩がくわえていたタバコを彼の口から抜き取る。そして勢い良く吸い、涙目になりながらゲホゲホ咳き込む。


「まずいわね……」

「そりゃそうだろうよ。つか、そんなに吸いたきゃ新しいのを一本あげたのに」

「あ、いや、その、タバコって高いじゃない? だから断じて、間接キスを狙ったわけじゃないのよ?」

(なーンか嫌だな。この世界)


 タバコのフィルターをまじまじ見つめる。本当は他人のくわえたタバコなんて吸いたくないが、ここで火を消すと神谷が変な反応してきそうなので、一回だけ吸って捨ててしまうのだった。


「それで? Vチューバーになるつもりはないけど、他にも仕事があるんだろ? わざわざ家まで来たってことは」

「え、ええ。仕事ならあるわよ。おそらく、貴方が元いた世界の仕事と似通ったのが」

「どんな仕事? 売掛金バックレたホスト中毒を捕まえる? それとも、ヤクザや半グレに喧嘩売るの?」

「前者ね」

「マジかよ」


 氷狩は裏社会の方法で表社会の問題を解決するプロだ。ヤクザ、半グレと敵対したり手を組んだりして、それらと関わった連中を捕まえる、いわばバウンティー・ハンターと言ったところか。

 そして、そのうちのひとつに、『ホストクラブの売掛金を支払わない女を拘束する』というものがある。いつも通りといえばいつも通りだが、この世界でそれをやるのは面倒くさそうだ。


「ターゲットは当然女で、警察やりながらホスト通いしてたみたいよ。しかも超能力者って情報も入ってる。拳銃じゃ足りないかもしれないわ」

「超能力者? 拳銃?」

「あ、説明し忘れてたわね。第三次世界大戦で生き残った男性、さらに貴方のような戦争に導入される予定だった男子は超能力を持ってる。けれど、つい数年前女性へも超能力を開発することに成功したのよ。1:10の比率もあって、いまや女のほうが強力な異能力を持ってるわ」


 氷狩は首を振り、もう一本タバコをくわえそうになった。


「そうか。死んでこいってことか」

「そ、そんなわけないでしょ! 貴方が死んだらみんな悲しむわ!」

「じゃあ、男より強力な女をどうやって倒すんだよ。おれァ超能力なんて使えねェぞ?」

「た、確かに……」


 神谷はすこし悩み、やがてなにかをひらめいたかのごとく左手に拳を乗せる。


「そういえば、まだ未インストールの超能力があったわ。なんの能力かは分からないけれど、バイヤーが言うには当たりらしいのよ」

「インストール? パソコンじゃあるめェし」

「インストールとは言うけれど、注射を打つだけよ。注射は嫌いかしら?」

「好きなヤツいるのかよ」

「ま、まあ、その通りね。でも、打ってもらわないとなにも始まらないわ」神谷は玄関口に向かい、「ちょっと持ってくるわ。数分待ってて」

「数分? オマエの家から俺の家って数キロは離れてるよな──」


 神谷はドアの先から、ゲームのSEみたいな音とともに空へ飛び跳ねる。氷狩は口を開けるしかなかった。


 *


「持ってきたわ」

「おま、なんの力で空飛んだんだよ」

「磁力を操れば空くらい簡単に飛べるわよ。そんなことより、これがインストール用の注射器ね」


 さも当然のごとく磁力を操るとか言ってくるものだから、氷狩も怪訝な表情になるしかない。


「まあ、仕事だから仕方ないけどさ、副作用とかあるの?」

「初期のほうはあったらしいけど、いまはないわ。しっかり動脈に打ってね」

「ああ……」


 チクッ、と痛むが、すくなくともこの時点では副作用はなさそうだ。

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