002 デタントが崩壊し、第三次世界大戦が起きたらしい
「はあ」
地元に戻ってきた。そして、地元の形も変化している。やたらと喫茶店やスイーツ専門店ができていて、その代わりにラーメン屋が消滅している。
それ以外に変化はないか、と言われれば、あると答えてしまう。
そう。歓楽街から地元まで歩いていて気がついた。男性とまったくすれ違わないことに。
「そういや、酔っ払って『男女比1:10の世界なら、おれにも見合う女がいるはずだぜ』とか抜かしてたような……いや、だからなんだよ。思ったことや、口に出したことを具現化する超能力者にでもなったか?」
鈴木氷狩。彼女いない歴=年齢。周りはSNSに彼女がいそうな匂わせ投稿ばかりしていて、ソイツらを遊びに誘っても、彼女との先約が入っていると断られることが増えた。
そんな疎外感から、酒の席で確かに叫んだ。『男女比率が崩壊した世界なら、おれだって女との約束あるから遊べんって言えるのによォ』って。
そして、現実問題、そんな酔っ払いの世迷い言なんて叶うはずもない。当の氷狩だって、冗談で言い放った言葉だからだ。
「ともかく、一旦家帰るか……。携帯の探知もしねェとならないし」
衝撃過ぎる光景を見てきたが、結局大事なのはスマートフォンだ。21世紀日本を生きる身として、あのデバイスは欠かせない。
*
「んーむ。最近のスマホって、電源落ちてても追跡できるらしいんだけどな」
リンゴマークのパソコンに、氷狩のスマートフォンの位置情報はなかった。前の世界に落としてしまった? と一瞬中二病みたいなことを思い浮かべるが、氷狩もことしで21歳、中二の頃なんて記憶の隅に置かれているだけだ。
「しゃーねェ。最新機種買うか」
幸いなことにデータのバックアップはパソコンの中に入っている。氷狩は画面をスクロールし、新しい携帯電話を注文してしまうのだった。
「ッたく。変な夢でも見てるのかもしんねェし、覚めるのを待つかぁ」
そう言い、氷狩はなんとなく頬をつねってみる。痛い。つまり夢でないということだ。明晰夢を見たことがないので、これが現実なのは確定事項である。
「…………、携帯届いたら、母ちゃんに電話かけてみるか」
こういう場合、産んでくれてありがとうと伝えるべきなのか、あるいは産んだことに恨み節をぶつけるべきなのか、悩ましいところである。
そんな折、
『〝性悪女〟からメッセージが届きました』
パソコンが光った。
「ンだよ。ヒトがセンチメンタルになってるときによォ」
〝性悪女〟とは、氷狩がこの良く分からない世界に訪れる前からの知り合いだ。というか、仕事仲間である。
ただ、この世界のルールに従ってなのか、性悪女と蔑称をつけたくなる彼女にも変化があったらしい。
「メッセージが132件。束縛系彼女かよ」
普段は1件か2件。仕事を寝過ごして遅刻しても鬼電がかかってくるだけ。だというのに、今回は132件、いや、まだ増え続ける。
『私悪いことした?』
『謝るから』
『ごめんなさい』
『家の前まで行って謝れば許してくれる?』
「カノッサの屈辱かよ」
なんだか面倒くさそうな展開だ。正直、既読をつけるのも躊躇したくなる。
だが、開かないことには始まらない。
「なになに……。単なる仕事の連絡じゃねェか。コイツ、いきなりどうした?」
そうやって彼女のことを訝しんでいると。
「インターホン? 本当に来やがったのか、アイツ」
家の前まで来られたら仕方ない。仕方ないが、正直面倒くさい。面倒くさいが、放っておくわけにもいかない。
玄関前に向かい、氷狩はドアを開ける。
「氷狩、ごめんなさい」
「だからなにに謝ってるんだよ」率直な疑念だ。
「いや、貴方が女嫌いなの知ってたのに、儲かるからってVチューバーにならないかって」
「あ? Vチューバー?」
「もちろん嫌よね……。ごめんなさい!」
「声荒げるなよ。とりま、家ン中入れ。ご近所迷惑だ」
そんなわけで、性悪女こと
「外寒いだろ。コーヒーくらい出してやるよ」
「あ、ありがとう」
「なんでそんな緊張してるんだよ。らしくもない」
首をかしげながら、神谷のためにインスタントコーヒーを淹れる。彼女とはなんだかんだ長い付き合いだが、あんなに傲慢な女があんなに慎ましそうに座っているのを見るのは初めてだった。
(つか、この世界の違和感の正体をコイツは知ってるかもしんねェ。訊いてみるか)
思い立ったが吉日である。キッチンからもじもじする神谷のもとへ戻って来た氷狩は、開口一番「なあ、パラレルワールドに行ってみたいって思ったことある?」と、直球すぎる質問をしてみる。
「パラレルワールド? もしかしたらの世界には行ってみたいわ。第三次世界大戦が起きなかった世界とかね」
「第三次世界大戦? なんの話?」
「へ? もう歴史の教科書にも載ってる戦争じゃない。貴方、義務教育受けてこなかったの?」
「中学の内申がオール1だったのは、いまだに忘れられないけどな」
「…………、1から説明しなきゃダメかしら?」
「教えてほしいね。オマエくらいしか頼れそうなヤツいないし」
神谷はそわそわした態度から一転し、自慢げな表情と態度になった。
「仕方ないわね! 全部教えてあげるわ!」
*
まず、この世界がパラレルワールドなのは確定だ。氷狩のいた世界では、2014年に世界中で戦争は起きていないからだ。
2014年、大国たちの
その主たる理由として、“超能力”という新たな概念が関わってくるらしい。その異能力が当初男性にしか扱えない代物だったため、男性兵士は使い捨ての兵器として扱われたという。
やがて戦争は終結。WW1やWW2と違い、どこかの国が敗戦国となることもなく、いわば白紙和平という形で終戦した。男性が減りすぎて疲弊しきった国々に、新たな秩序はつくれなかったのだ。
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