夜鷹ノ夢路-もしも彼女いない歴年齢の半グレが男女比1:10世界に転移したら-

東山統星

001 パラレルワールドらしい

「……あ?」


 鈴木氷狩すずきひかるは見知らぬ公園で目を覚ました。彼は二日酔いのような頭痛に苛まれながらも、気付けの一服をくわえる。


「ここ、どこだよ。飲みすぎたか?」


 紫煙を吐き出し、あたり一面を見渡す。殺風景な公園だ。遊具がひとつも置かれていない。あるのは寝転がれるベンチだけで、ホームレスが住み着きそうな場所だと感じる。


「クソッ。なーンも覚えてねェ。携帯のトーク履歴見ねェとな」


 タバコをくわえつつジャンパーからズボンのポケットを確認するが、スマートフォンは入っていなかった。氷狩は舌打ちし「どこに落とした? つか、おれはどこまで飲みに行ってたんだ?」と、自問自答し始める始末だった。

 しかしぼやいていても仕方ない。氷狩は立ち上がり、「頭いてェ」と鳴きながら、やたらと広い公園の出口を探す。


「あ? 横浜市中区ってことは地元じゃねェか。こんな公園あったか?」


 道路交通の標識には、しっかり氷狩の地元の直ぐ側にある『横浜市中区長者町』と書かれていた一帯の公園等はすべて把握済みの氷狩は「ンだよ、ヒトの許可も取らずにでけェ公園造りやがって」と暴論を吐く。

 そんな氷狩はタバコを消し、携帯は携帯でも携帯灰皿に吸い殻を捨てて公園から立ち去っていく。


「あ? 道がオカシイな」


 二日酔いとはいえ、気持ち悪さが残っているだけで酔い自体は醒めている。だから氷狩は違和感を抱く。どちらへ向かえば地元にたどり着けるのか、さっぱり分からないのだ。


「携帯も土地勘もないとなれば、どうやって帰りゃ良いんだ? 交番でも寄ってみるか?」


 ただ、すぐ近くに交番がある。渡りに船が通った瞬間であった。

 氷狩は広義の地元の道を訊くという、小学生以来の体験をしかけた。


「いや、待てよ。地元の帰り道が分からねェって訊いたら、薬物使用とか疑われるんじゃねェの?」


 金髪のソフトモヒカン、痩せている身体、首元に垣間見える蛇のタトゥー。

 どこかの輩が自首しに来ました、と思われる可能性のほうが高い。仕方ないので、氷狩は交番をスルーして途方なき道を歩こうとする。

 そんなとき、


「はい、そこ。ちょっとストップ」

「あ?」


 声色からして女性だろう。氷狩は疑問符を浮かべながら、とりあえず振り返る。


「ああ、なんの用ッスか。お巡りさん」


 女性警官がそこにいた。交番に待機している警察らしく、優しげな顔だ。175センチほどの氷狩よりふた周りほど背が低く、髪型はポニーテールである。


「職務質問ってヤツですよ。貴方、タトゥーまで入ってるから職質慣れてるでしょ?」

「ああ、まあ。慣れてますよ。やましいこともしてないッスしね」


 国家権力に逆らっても良いことはない。氷狩は手まで挙げ、彼女が交番から出てきて近寄ってくるのを待つ。


「(ダウナー系ヤンキー男子とか、エロすぎでしょ……)」

「なんか言いました?」

「え? あ、いや。なにも言ってないですよ」

「ンじゃ、早く済ませてくださいよ。身分証ならありますから」


 氷狩は財布と携帯灰皿、タバコを取り出して、それらを確認してもらう準備まで整える。


「(香水のニオイ、エッロ……)」

「今度はしっかり聞こえたンスけど」


 氷狩は怪訝な表情で、彼女の蕩けた顔を覗く。


「え? なにが聞こえたんですか? まさか薬物──」

「香水のニオイがエロいンすか?」

「……、」


 押し黙った。黙りやがったぞ、この女警官。


「…………えーと、所持品のご提示ありがとうございます。最後にお名前だけ」

(コイツ、身分証すら見ないで職質終わらせようとしてやがる!?)


 恐ろしいほどの職務怠慢だ。職務質問を受けた氷狩が心配になるほどに。

 ただまあ、早く終わるに越したことはない。氷狩は、「鈴木氷狩です」と彼女に伝える。


「鈴木氷狩くんね。いまから本部と繋いで識別するので、ちょっと身体検査して良い?」

「良いッスけど、お巡りさんも溜まるンすね」


 軽い冗談、というかセクハラだが、先にやってきたのは彼女だ。すこしくらい仕返ししたって良いだろう。

 と、思っていた時期が氷狩にもあった。その女警官の眼光が獣のごとく変化するのを見て、氷狩は(帰りてェ)とだけ思う。

 結果、ペタペタ触られた。そりゃもう、ありとあらゆる場所を触られた。刑務所でもこんなにチェックしないぞ、と途中でつっこみたくなるほど触られた。50秒ほど胸板と尻を触る、というより撫でられた。


「あのー、もう良いッスか? 3分も経てば照合取れますよね?」


 ただ、国家権力に楯突いても仕方ない。女警官だったので、ここは寛大になろう。


「はーっ。この薄い胸板たまんない……。はっ!! あ、はい!! 照合取れてます!! ご協力ありがとうございました!」


 逃げ去るように交番へ引っ込んでいった。氷狩は溜め息をつき、知っているはずなのに知らない道を歩き始めた。


 *


「なんだ、こりゃ」


 氷狩は驚愕し、ポカンと口を開けていた。その理由は、街を見れば明らかだった。

 まず、キャバクラがすべてホストクラブになっている。しかも、どのホストクラブを見ても『男性募集中!! 人手が足りなさすぎて男装女子が働いています!!』と、悲鳴みたいなポスターが貼られている。

 続いてメンズコンカフェの多さが目につく。こちらにも似たようなポスターが貼られていて、まるでこの世界は男性不足です、と言わんばかりである。

 そして歓楽街の主役である飲み屋では、どこもかしこも女子会が開かれていた。20年もののウイスキーをロックで流し込む姿を、女子会なんて可愛らしい言葉で済ませて良いのかは謎だが。


(どういう街になっちまったんだ、ここ。確かに中区、いや日本、だよな?)


 一晩酔い潰れて寝ているだけで、街並みがここまで変化するとは思えない。パラレルワールドに入り込んでしまった、と言ったほうがまだ納得できる。


「チキショー!! なんで警官になんてなっちまったんだよ!! 今頃ダウナー系ヤンキー男子と愛を育んでたところだったのにぃ!!」


 ついには、最前身体をペタペタ触ってきた女警官の酔いどれ声が聞こえてくる始末。氷狩はいままで感じたことのない恐怖を覚え、大好きな歓楽街から立ち去るのだった。

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