8

この世界に産み落とされてから、男は不幸な目に遭わされていた。人並み外れた外見のせいで忌み嫌われ、街を歩けば石をぶつけらる日々。自分を拾って育ててくれた人間は人々の反感を買い殺され、住んでいた家は燃やされた。人間達に対する恨みが日に日に募り、いつしかそれは魔王を生み出した。


『この世を変えなければ……!!』


歪んだ正義が人々を脅かした。邪魔なモノは全て排除し、力任せに従えた。瞼を閉じ、前世を振り返り男が告げる。


「もしもあの頃、今の様な容姿でいたなら……私は魔王なんぞになってはいなかっただろう」


女がチラリと男を盗み見ると、その横顔は自傷気味に笑っていた。女は溜息交じりに告げる。


「お前に何があって魔王になったかは知らんが、過去は過去だ。やって来た事は巻き戻せないぞ」

「あぁ」


自身の夢を叶えるべく、沢山の人々を苦しめて来た過去の自分。気づけば自分を迫害する者はいなくなり、権力と力によって支配する世界を創り上げた。


男は思う。


「……私のした事は一生許されないだろうな」


その言葉に女は『あぁ』とだけ呟いた。贖罪からなのか、男は自身の犯した過ちを少なからず悔いている様だった。女はそんな男から視線を逸らすと、ポツリと呟く。


「でも、今は今だろ」


目を見開き視線を向ける男に、女はニッと笑った。


「過ぎてしまった過去はどうしようも無いさ。それよりも、今を生きてけって言ってんだよ!」

「……」


男は呆然と女を見つめた。女は不意にベンチから立ち上がると、腰に手を宛て、広い空を見上げた。


「どんなに悔いたとしても、お前のした事は許されないかも知れない……だが、今のお前はもう魔王じゃないんだ。なら過去を引き摺るよりも金持ちの社長として生きていきゃ良いとアタシは思うぜ?」


振り向き笑う女は続け様に言う。


「それでも後ろめたい気持ちがあるなら、今からでも償っていけば良い。今まで苦しめてきた人達の分も、今度はお前が助けてやるんだ……そしたら、いつかきっと許される時が来るさ!」


その言葉に、男は終始ポカンとしていたが、やがて呆れた様に笑った。


「全く、お前という奴は……」


男は女に勇者の面影を重ねた。何度殺されかけて死の淵を彷徨おうとも、ただ只管に追い掛け続けてきた勇者。傷だらけになり、動けなくなりながらも最期の最後まで自分を翻弄した人物。そんな勇者に魔王は心の何処かで敵わないと思っていた。それは今の男にとっても同じで、小さな溜息を吐きながらも『それもそうだな』と小さく頷いた。

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