魔王様にあこがれて!

さるたぬき

第1話 魔王学園

 ビルボ・ナッツは魔王に憧れている。


 世界征服を企み、悪の限りを尽くす、恐怖の象徴である悪魔の王。そんな魔王に心の底から自分もなりたいと考えているのだ。


 人間なのに勇者ではなく魔王に憧れるなど異常だと周りからは忌避され、親にも勘当された。

 だがビルボはそれが心地良かった。誰にも理解されないのが嬉しかった。


 ビルボは11歳にして家を追い出され、山奥で1人襲いくる魔物やそこら辺に生えている雑草、キノコなどを喰らい過ごしてきた。


 16歳になる日を待ちながらひたすら鍛錬し、備えてきた。


 そう──始まりの魔王ことハルスロットが自らの名を冠して創設した魔王育成学校【ハルスロット魔王学校】に入学して、魔王になる日を夢見ながら。







「あのーすいません……魔王学校の試験会場はこちらでよろしいでしょうか?」

「えっ、魔王学校志願者の方? ここはただの公園の便所だよ。試験会場は南東に300キロ向かった先だよ。多分もう間に合わないんじゃないかね?」

「ありがとうございます!」


 ビルボは首から8本の手足が生えているタコのような悪魔に感謝を伝え、土煙を上げて一瞬で走り去っていく。


「あと2時間かあ。300キロならギリギリ間に合うかな」


 16歳になったビルボは魔界に来ていた。

 人間たちの住む世界に5箇所ある魔界への入り口の一つである標高6千メートルアラージョ山の山頂火口から煮えたぎるマグマの中に飛び込み下へ下へと泳いでいたら魔界に到達した。

 溶岩の立ち並ぶ場所に着地したビルボは魔王学校を探してひたすら走り回った。


 そしてようやく石作りの家々が立ち並ぶ、文明の発達した場所にたどり着いたのである。

 ちなみに走っている途中で何度も悪魔に襲われたので、一体の悪魔の角をへし折り、自分の額に角を貼り付けた。そして悪魔のフリをしてからは襲われなくなった。


 人間の見た目に近い悪魔も数多くいるので、悪魔と人間を見分ける唯一の特徴はこの角である。

 悪魔には必ず大なり小なり1本以上の角が額より上に付いている。



「ふぅー、なんとか間に合ったかな?」



 目にも止まらぬ速さで2時間弱走り続けて、第五層の中心部にドンと構える魔王学校に到着した。

 魔王学校は荘厳な城のような様式で、その周りは壁に囲まれている。そして頭上には怪鳥やドラゴンが飛び交っている。

 唯一の入り口である巨大なギロチン型の門の前で立ち尽くして、魔王学校を見上げる。


(これが……魔王になる為の第一歩……!)


 覚悟を決めて門を踏み越えた瞬間、ピーピーと警報が鳴り響く。

 そして、ギロチンの刃がビルボの脳天目掛けて降ってきた。


 それをビルボは拳で粉砕する。


「何これ? 危ないなあ」


 ビルボと同時に門を通り抜けようとしてギロチンに巻き込まれて身体を両断された悪魔が二体いた。

 周りが驚いて、喧騒が広がっていく。


「おいおいどうなってんだ?」

「あのギロチンって人間にだけ反応するんじゃないのか?」

「設置されてから1000年一度も動いてないのに何でいきなり……」

「長い間使われてなかったから故障したんじゃね」


 誰も人間がこの場にいるとは思っていないようだ。

 それもそのはず、魔界に居ると普通の人間ではあまりの瘴気の濃さに1日足らずで発狂して廃人になるか死んでしまうという。

 ましてや単身で強力な魔物が跋扈するこの魔王学校に足を踏み入れる人間がいるとは誰も思わないだろう。

 騒ぎが大きくなる前にその場を離れて、受験生の中を悠然と歩くビルボ。


「うわぁ〜すごいな……人間界でも名の通った悪魔が沢山いる」


 魔王学校入学試験には悪魔であれば誰でも参加出来る。事前の準備は何も必要なく、受験日時に魔王学校の敷地内にいれば飛び入りで参加が可能だ。

 人間界、魔界問わず世界中から魔王になりたい悪魔が集まる。

 その倍率は300倍。1年に20体しか入学出来ない超難関学校である。


 ビルボは案内に導かれて何もない広場に到着した。

 そこにはぎっしりと悪魔で埋め尽くされていた。

 することがなく笑顔で立ち尽くしていると、


「おいおいおいなんかこの辺り臭えな〜人間の臭いがプンプンしやがる」

「へへっ、そうでゲスね」


 一つ目で額に大きな角のある筋骨隆々の悪魔がビルボを睨め付けながら近づいてきた。その後ろを小柄でとんでもなく猫背の悪魔が付いてきている。


「おいテメェ、人間みてえな見た目しやがって、気持ち悪いんだよカス」

「そうだそうだ! 今すぐ消えるでゲス!」


「いやいやよく見てくださいよ。角、ありますから。ていうか大半の魔王は人型なんだからその指摘は的外れですよ」


 ビルボは自分の額にある角を指差して、ニコリと笑みを浮かべながら幼子を諭すような声で語りかけた。


 プチンと何かが切れる音が聞こえる。

 一つ目の悪魔は血管を浮かび上がらせ、目を充血させながらビルボの顔面に殴りかかる。

 ボキッという鈍い音が響き渡る。


「調子こいてんじゃねぇぞダボッ」

「ゲスゲスゲス。バーカ。殺されたくなきゃあ回れ右して家に帰るんでゲスね」


 ビルボは一歩も動かず殴られた頬に触れて俯いたまま立ち尽くしている。


「おい聞いてんのかボケ。もう一度殴られてぇか」

「……げ、ゲス?……ロプス様……腕が……」

「あん?」


 腕がプランプランと垂れて曲がってはいけない方向に曲がっている。

 明らかにぶち折れている右腕を見ながらロプスと呼ばれた一つ目の悪魔は顔を徐々に青ざめていく。


「なんじゃこりゃあああああああああ!?」

「……っ! お、おい! あのゲス野郎どこ行ったでゲス!」


 ビルボは何事もなかったかのように笑顔のままその場を後にする。


「1人も知り合いが居ないのはやっぱり心細いなあ……人間界で唯一の友達の悪魔エルドラは一緒に来てくれなかったし、試験って何するか分からないし、不安だなあ……」


 そう呟いていると、校庭広場の地面が盛り上がり、式台が出現する。


 その台の中心の空間が歪み、黒い靄が立ち込める。

 そこから一体の黒ずくめの男が現れる。

 端正な顔立ち、ギザギザの黒髪、赤い目、2本の角、そして漆黒の外套を纏った男。


「嘘だろ……」

「お、おい……アレってまさか……」


 どうやら有名人らしく受験生の中で喧騒が広がる。周りを見渡すと、ほとんどの悪魔が羨望と畏敬の念を目に浮かべてその悪魔を見ている。

 全員の注目が集まっている中、その悪魔が口を開く。


「俺様の名前はデモンズ・リローデッド。お前らクソカス共の試験官を担当させてもらう」


 隣にいる悪魔に話を聞くと、デモンズ・リローデッドは去年魔王学校を卒業し、100年ぶりに誕生した魔王の1人である。

 1000年に1人の大天才と呼び称され、最も次の大魔王に近い悪魔の1人だと言われている。


「あれが……魔王……」


 ビルボは初めて間近で見る魔王に高揚していた。

 握手したい気持ちを抑える。


 本来試験官は魔王学校の教職員が担当することになっているが、


「面倒くせぇけど、大魔王のオッサンに直々に頼まれたんだよ。クソ人間共がきな臭え動きしてんのに若えヤツで俺様以外しょうもない悪魔しかいねぇからそろそろ本気出せってな」


 というわけでデモンズが呼ばれたという。

 魔王が試験官を担当するのは異例のことらしい。


「ったく、何で俺様がこんなことしなくちゃいけねぇんだクソが。あのクソジジイいつかぶっ殺してやる………まあいいや。どうせもうすぐ寿命で死ぬだろ」


 デモンズが指をパチンと鳴らす。


 すると広場の至る所に黒い靄が発生し、そこから人間サイズの蝙蝠のような悪魔が現れる。

 ヒィイイと悲鳴が至るところから聞こえる。


「今年は俺様に試験内容が一任された。例年なら第一第二第三と試験は続くんだが、かったりぃんだよクソが……っつーわけで、今年は1次試験で終了だ。1時間後に生き残ってりゃあ合格。シンプルだろ? どうせ強くなきゃ魔王にゃなれねえんだから、試験なんざこんなんでいいんだよ」


 1時間生き残るだけで合格? 随分と楽そうだなと思っていると、デモンズがパンッと手を叩くと蝙蝠達が目を見開く。


「コイツらは俺様のペットの魔獣だ。名前はベリースキン。知ってると思うが、一応大公爵クラスの力はあるからお前らクソ雑魚じゃあ逆立ちしても勝てねぇんでよろしく……そんじゃあ、初め」


 デモンズが気怠げに言い放ち、もう一度指を鳴らすと黒い靄に包まれ台の上から消える。

 そして蝙蝠たちが動き出す。試験が始まったらしい。

 叫び声を上げながら四方八方に逃げ惑う受験生たち。


 ビルボの目の前にいた蝙蝠が翼を広げ、超高速でこちらに向かって突進してくる。


 翼の中には筋骨隆々で人間のような肉体が広がっている。長く鋭い爪で俺を攻撃しようとしたところにカウンターを合わせて、顔面を強打する。


 ドバァアアン!! と破裂音を響かせて、蝙蝠の首から上が跡形もなく霧散する。


「えっ……えええええええ!?」


 それを見ていた周りの悪魔から驚きの喚声が上がる。


「さてと……魔王になるんなら、こんなとこで苦戦してられないよな」


 ビルボは不敵な笑みを浮かべながら拳を構える。

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