第2話 ラビットボーイはリトルボーイ

ススス、とドアを開けると、がやがやと騒がしい教室にポツンと孤立したかのような空間がある。そこに桜木さんがいた。

何かが気になるのだろうか、スマホをスクロースしては通知画面をおろして確認する。それの繰り返しだ。

一体何を確認して___


「よっ、とーづか!」

とんっと背中を押され、うわぁ⁉と叫びながら教室に入る。クラスメイトが何事かとこちらを見るがすぐに元に戻る。

…訂正、桜木さんは睨んでいる。


「どったの兎塚、情けない声出して?」

「それは君が僕のことを押すからでしょ」

こんなチャラい感じの男は明住灯火あきずみ とうか認めたくないけど僕の親友だ。


「てか、兎塚が大声出すから桜木さんめっちゃ睨んでるじゃん。謝って来いよ」

ししし、と人の不幸を笑いながら背中を押す。


ごくり、と喉を鳴らしまるで捕食者に自ら食べられに行く小動物のような気持ちで進む。


「あ、あのうるさくしてすみません」

「ちっ…放課後、校舎裏に来てほしい、話したいことがあるから……絶対に来て」

進むにつれ険しくなる彼女の表情にぼくは真っ青になりながら謝ると、彼女は僕にしか聞こえないくらいの大きさで言った。

「は、はい」






下校時間を告げるチャイムが鳴り、僕はいそいそと校舎裏へ行く。

因みに桜木さんは早々に「体調悪い」とだけ言って2限目で保健室に行っていた。



「あ、あの…先生に言ったりしてないですからぼ、暴力だけは」

「は?言っとくけど私が呼んだのは別だから」

不快感を隠そうともせず彼女は顔をしかめる。


「兎塚君、一回ヤラせて上げるからチクらないでよね」

キッと睨みつけながら彼女は言った。

「はい?」


「だからヤラせて上げるって言ってるの…その耳はお飾りですか?」

いやいやいや、いくらあれな現場見られたからって…

確かに言葉だけじゃ不安になるよね。

「えっと、僕としてはいきなり過ぎてビックリしたとしか言えなくて、その…ごめんなさい」


「…どういうつもり?なんか私が告白して兎塚くんがフったみたいな空気だけど…私じゃ不満?それともどんだけヤッたかわからないビッチなんておことわりだって?」

だんだんと怒りが湧いてきたのか、プルプルと震え、釣りあがったまなじりに涙が溜まる。


「えと…桜木さんが…嫌そうだったから?」

なんとなく感じた事を言う。


「なんで…」

「だって僕に「ヤラせて上げる」って言ったとき凄く嫌そうだったから…手も震えていたし」

実際彼女が僕にそう伝えた時、普段の彼女からは想像できない悲壮な顔で言ったのだから。


「あなたなんかに…私の気持ちなんて分かるはずない!」

そう言って彼女は逃げるように去って行った。






Saide 桜木


なんで?男なんてどうせ…

あれから逃げるように去った私は家に着いて自室に籠った後もわけのわからない兎塚君の返答に苛立ちと戸惑いを覚えていた。


「嫌そう……ね。」

私は自室に飾った一つの写真を見て呟いた。

そう、確かに私はあんな事をするのは嫌だ。未だにそんな事を思っている自分にも嫌気が差すし、何よりも兎塚くんに見破られたのが屈辱だった。


それに、逃げるように去ったことも屈辱的だった。私は自分を曲げたくないし、曲げられたくもない。あの時から素直になると決めたのにいつまでたっても子供のままでいる。


「ほんと、くだらない人間。……でも、今日はなんとなくよく眠れそう…」

お祖母ちゃんが夕食の時間に起こしてくれるまで、少しの間だけ私はぐっすりと眠ることができた。

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