第21話 悪役令嬢にざまぁされたくないので、知りましょう⑦



「ねぇ、ギューしていい?」

「ギュー?」


 いきなりのレフィトからの申し出に、ギュー……とは? と頭の中でクエスチョンマークが飛び交っている。レフィトの言うギューは、私の認識しているギューでいいのだろうか。

 違った場合、私が煩悩ぼんのうまみれだということになるけれど、一先ずそれは考えないでおくことにしよう。

 合ってる……よね? 合ってたら合ってたで、レフィトが可愛過ぎる案件勃発ぼっぱつなんたけど……。


「カミレとギューしたい」


 そう言いながら、私の手を離し、大きく手を広げた。

 これ、私から行くやつだ……。


 レフィトから来てくれるなら、恥ずかしいけれど、すんなりハグできたと思う。でも、自分からだとハードルが高い。どうしよう……。


「カミレ」


 甘い甘い声に誘われるように、気が付いたら腕を伸ばしていた。

 そうすれば、腕を掴まれ引き寄せられる。


「捕まえたぁ」


 レフィトの胸に耳がくっついて、いつもより彼の声が近く聞こえる。脳に直接、響いているんじゃないか。そう錯覚するほどに、頭がクラクラする。

 甘い声と共に、私の耳には、ドドドドドと心臓の音が走っているのが聞こえた。


 ドキドキしているのは、私だけじゃないんだ……。

 自分と同じくらい速い鼓動が嬉しくて、自然とレフィトの背中に腕を回した。そうすれば、私を抱きしめる腕の力も強くなる。


「大丈夫だよぉ」

「うん」

「大丈夫、全部が上手くいくよぉ」


 根拠なんかない、大丈夫という言葉。それでも、こんなにも心強い。レフィトが言うと、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。


 ぽんぽんと、あやすようにレフィトは私の背を優しく叩く。

 レフィトの腕の中の温かさと一定のリズムの心地良さに、眠気を感じ……そうになった。

 感じそうになっただけで、断じて、眠気を感じてはいない。いくら朝早くて、慣れないことをしたからって、眠くなんてなってない。

 

「眠くなっちゃったぁ?」


 くすりと笑う声が頭上からする。


「眠くないよ」

「そう? 次の場所に移動になるから、その間、寝てていいよぉ。朝早かったし、慣れないことばっかりだから、疲れたでしょ?」

「眠くないってば」


 なんて言い切っていたのだが──。


「カミレ……。カミレ、もうすぐ着くよぉ。起きてー!」


 馬車に乗ったあたりからの記憶が怪しい。というか、この状況は何だろう。

 私が抱き着いているのは、レフィト……だよね? えっ? レフィト? えっ……?


「カーミレー」


 髪型が崩れない程度に、優しく頭を撫でられる。

 うわっ……。これ、気持ちいい。猫とかこんな気持なのかな…………、じゃなくて!!


「ご……ごめんね!!」


 レフィトの膝の上から、慌てて体を起こす。膝枕だけじゃなく、あろう事か、腰に抱きついていたのだ。

 これって、セクハラじゃなかろうか……。いや、私たちの関係は婚約者だからセーフ? でも、許可なんて取ってないよ? アウト……になる? と、とりあえず、謝り倒す! これに限る!!

 

「本当にご──ぬぉっっ!!!!」


 ガタンという馬車の揺れと、勢いよく頭を下げたタイミングが重なったことによる不運だったのだろう。一瞬だけどお尻が浮いた。その勢いで、前回りをしそうになったのだ。

 レフィトが肩を押さえてくれなかったら、馬車の中で前転をしていた。


 冷や汗をダラダラとかきながら、レフィトを見上げる。


「ごめんね。ありがと……う?」


 肩を震わせ、レフィトはぶるぶると震えていた。我慢しようとしているのだけど、吹き出してしまう。それの繰り返しだ。


「笑っていいよ」


 目に涙を貯め、首を横に振るが、我慢しきれていない。ゲラゲラと笑ってきた頃のレフィトが懐かしい。

 いつの間に、そんな気遣いを覚えたの? でもね──。

 

「堪えられる方がしんどいから、いっそのこと笑って欲しいんだけど」

「ご……め…………」

 

 涙をポロポロと溢しながら、レフィトはケラケラと笑った。余程、ツボに入ったのだろう。笑い過ぎてむせ返っても、笑っている。

 目的地に着き、御者の男性が扉を開けてくれても、まだ笑っていた。

 

「こ……こ………で、買い物するか……ら…………」


 笑い続けるレフィトがお店のドアを開ければ、若い男性と初老の男性のふたりが出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ……って、レフィトかー。お、今日はおまえの天使ちゃんまでいるじゃん。どした? デートか? 笑ってるし、ご機嫌さんで羨ましい通り越して、憎たらしいわ!! いやー、間近で見るのは初めてだけど、可愛いお嬢さんじゃんか」

「うるさいなぁ。カミレのこと、見ないでくれる?」


 ゴスンと店員さんを殴り、先程までとは違う笑みをレフィトは浮かべた。


「暴力反対! お嬢さん、こいつ束縛強いだろ? 逃げるなら、今のうちだよ。俺なんかどう? レフィトと違って──」

「切られるのと刺されるの、どっちがいいかなぁ?」

「馬鹿だな。どっちも嫌に決まってんだろ」


 カラカラと笑う店員さん。すごい。すご過ぎる。空気を読む気が一切ない。


「レフィト。紹介してくれる?」


 このまま行けば、血の海なんじゃないかと、レフィトの腕を引っ張る。それなのに、本当に勘弁して欲しい。


「なになに? 俺に興味を持ってくれたの? 嬉しいなー。俺の名前は──」

「カガチ、いい加減になさい」

「……了解。それで、用件は?」


 初老の店員さんにたしなめられた後、カガチと呼ばれた店員さんは、まるで別人のように雰囲気が変わった。

 淡々と話すこの人は、誰? さっきまであんなに楽しそうにベラベラと話していた彼は、どこにいったの?


「カミレ、考えるだけ無駄だよぉ。カガチは、こういう男なんだぁ」

「そう……なの?」


 何でこんなに裏と表みたいに雰囲気が切り替わったの? カガチさんって、何者?


 カガチさんという人がどんな人なのか、よく分からないまま、レフィトと一緒に奥の部屋へと通された。

 

 

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