第20話 悪役令嬢にざまぁされたくないので、知りましょう⑥


「カミレ?」

 

 心配そうなレフィトの声に、下がっていた視線を上げる。

 

「えっと……。何の話だったっけ?」


 やってしまった。デート中だってのに、不安にのみ込まれた。

 せめて、今は取り繕えているだろうか。私はちゃんと笑えてる?


「どうしたの?」


 琥珀色の瞳は、私の心を見透かしてしまいそうで、そっと視線を外した。


「何でもないよ」

 

 言ってから、自分の失態に気が付いた。こんな言い方じゃ、何かあると言っているようなものだ。視線だって逸らすべきじゃなかったのに……。

 駄目駄目だ。これじゃあ、かまってちゃんじゃないか。

 どうにか……、どうにかして立て直さないと……。でも、どうやって? いつも、どうやっていた?

 

「何が怖いの?」

「怖いことなんか、何にもないよ。大丈夫だよ」

 

 結局、上手く切り抜ける言葉が見つからなかった。それでも、できるだけ安心してもらうために、必死で笑顔を作る。 


 だって、ざまぁされるのが不安だってことは言えない。

 心配だって、これ以上かけたくない。レフィトはいつも私の心配をしくれているのだ。

 安心……とまではいかなくても、負担を増やしたくない。


 それなのに、どうしてだろう。上手くいかない。

 私の大丈夫は、レフィトを傷つけた。ほんの一瞬だったけど、瞳に悲しみが映っていた。


「ごめ……」


 一体、私は何に対して謝ろうとしているのか。頭の中はぐちゃぐちゃだ。発せられた言葉は、最後まで言い切ることなく、空気に混ざって消えていった。


「言わなくていいよ」


 レフィトは私の前にしゃがむと、冷たくなった両手を包み込むように握ってくれた。


「カミレのことは何でも知りたいよ? でも、言わなくていいんだ。誰にだって、言いにくいこととか、言えないことの一つや二つはあるから。でも、少しでもつらいこと、悲しいことがあったら、一緒にいよう?」

「……一緒に?」

「うん。理由は言わなくてもいいよ。だけど、ひとりで耐えないで欲しい。オレにできることはないかもしれないけど、傍において欲しい。カミレがつらい時、ひとりだったなんてことがあったら、自分のこと殺したくなるからさぁ」


 最後は冗談っぽくレフィトは言った。

 レフィトは優しい。私に対して、どこまでも底抜けに優しいのだ。 

 あまりにも優しいから、泣きたくなった。その優しさは見返りを求めていなくて、純粋で、余計に怖くなった。

 もし、ざまぁをされたら、私の隣にレフィトはいなくなっているのだ。


「ありがと……」

「うん。どういたしましてぇ」


 琥珀色の瞳が細まる。そして、少し困ったように眉を下げた。


「オレが話したこと、怖かったぁ?」

「ううん。知れて良かった。周りから自分がどう思われているのか、どうして私を排除しようとするのか、少しだけ理解できたから。知らないで攻撃され続けるより、よっぽどいいよ」


 そう。よっぽどいい。理由が分からない悪意は対処できないから。

 一応貴族ではあるけれど、生活は平民とほぼ同じ。貴族らしいところはない。そんな私は、学園での異分子だったのだ。だから、排除されそうになっている。

 レフィトの話を聞いて、火種がたくさんあったことに気が付けた。

 

 私は、学園の生徒たち彼等からすれば、自分たちよりも下であるべき存在なのだろう。けれど、学業においては彼等よりも秀でている。

 それだけで、反感を買う可能性は高いのに、絶対的頂点である王子とマリアンよりも勉強ができるのだ。気に食わないと感じる人も多いだろう。

 優秀な成績を修め続ければ、女性である私でもお城勤めができる。そのことに反感を持つ人もいたはずだ。


 この世界では、働く女性は少ない。女性は家に入るべきだという考えなのだ。

 女性が働くこと自体を許せない人もいるだろう。働きたいと望んだとしても、嫁がなければならない令嬢もいるかもしれない。自由に未来を選択できない現実に悩み、苦しむ人もいるはずだ。

 私も貴族だけれど、それは名ばかりのものだから、ひとりだけ違う条件下にいる。

 そんな存在をどう思うだろうか。許せないと感じる人がいても不思議じゃない。

 

 何より、貴族として背負うものもなく、家のためにと嫁ぐこともない。これが、最大の火種になっていた気がする。

 目上の相手から婚約を持ちかけられれば断れないが、私のような貧乏な家と婚約するメリットは、私自身が優秀であること以外はない。家の繋がりを重んじる彼等が、私を選ぶとは思えない。

 望まない婚約をすることもなく、婚約者の機嫌取りをする必要もない。我慢を強いられることもなければ、家に縛られることもないのだ。

 

 不満はあっても、皆が同じだったなら諦めがついたかもしれない。

 そんな中、私という存在は、自由を手にしているように見えただろう。実際、貴族と呼んでいいのか分からない生活をしているが、自由なのだ。

 自由をうらやむ気持ちがねたみに変わってしまったかもしれない。私への怒りになったかもしれない。

 

 すべては私の妄想だ。けれど、間違ってはいないんじゃないかと思う。

 きっと、その火種たちはくすぶり続けていたのだ。



 その火種が、直接、盗みの冤罪に繋がったかは分からない。誰かの命令かもしれないし、別のことでの鬱憤うっぷんを晴らすためかもしれない。

 けれど、それは騎士団長の子息であり、令嬢からの人気も高いレフィトと共に行動するきっかけとなった。そして、共に行動することで、仲が深まり、婚約者となったように見えただろう。


 まるでシンデレラストーリーだ。貧乏子爵家の娘が努力をして学園へと入り、騎士団長の子息に見初められる。

 望まない婚約をし、家のために嫁ぐ予定の令嬢たちの目に、それはどう映っただろうか。

 うらやむ気持ち、ねたむ気持ちを持たなかっただろうか。憎しみを抱かなかっただろうか。

 噂が終わらず、悪意を向けられ続ける原因に、その気持ちがあるんじゃないか。そう思わずにはいられないのだ。

 


「……うん。やっぱり、知れて良かった。教えてくれて、ありがとう」


 しっかりと目を見て言う。今度はちゃんと笑えた。

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