第18話 悪役令嬢にざまぁされたくないので、知りましょう④


 お昼ご飯は、とってもお洒落なお店だった。

 よくレフィトはカフェに連れてってくれるけど、ここは格式高い雰囲気だ。場違いとしか思えない。緊張しすぎて、足がガクガクだ。

 ドレスを膨らませるためにパニエを履いているから、パッと見ただけでは分からないだろうけど。


「個室の方が、周りからじろじろ見られないし、好きに食べられるよぉ。席につくまでの辛抱だからねぇ」


 絡めていた指を解き、エスコートをしてくれる。

 レフィトのエスコートがなかったら、震えた足で転んでいたと思う。



 個室に入り、高そうな椅子に腰掛ける。

 まだサーカスを見ていないのに、既にヘロヘロだ。


「何、食べるぅ?」


 開かれたメニュー表には、値段がない。噂には聞いたことがあったけど、本当に値段がないのだ。

 無料サービスなわけがないのだから、金額を気にするような人はお断りというやつだ。


「値段がない……」

「そうだねぇ。気にしなくていいよぉ」


 いやいやいや。無理だよ。このドレスに靴、装飾品だって、いくらするの? って、思ってるんだから。

 アンにこっそり聞いたら、そう言うことを聞くのは野暮だって言われたから黙ってるけどさぁ。


 そもそも、書き方がおしゃれすぎてメニューが理解できない。

 ブッフサレ? リ・ド・ヴォ? アメリケーヌ? 何の呪文なの?


「メニューの意味が分からない」

「メニューの意味?」

「呪文の羅列にしか見えないんだけど……」


 私がそう言えば、レフィトは小さく笑って説明してくれる。説明してくれるのだが、新たな問題が発生した。


「食べやすそうなもの、注文してもらってもいいかな? この呪文の正体が分かっても、味の想像がつかないから」


 いつもレフィトは、私に合わせてくれていたんだ……。レフィトは慣れた様子だけど、私は注文さえもできそうにない。

 正直、こんなに高級なお店は、私には荷が重いのだ。緊張しすぎて、しんどい。いつものお店に行きたい。


 店員さんにオーダーしてくれるレフィトを見ながら、何で私といるんだろ? とぼんやり思う。

 たまたま面白そうに映ったから。たまたま気に入ってもらったから。次から次に浮かんでは消えていくのは、何ともマイナスな考えばかりだ。



「カミレ、手貸してぇ?」


 差し出された手に、手を重ねた。ギュッと握られれば、さっきまでグダグダ悩んでいたものが、どうでも良くなる。

 現金な自分に呆れつつ、気を遣わせちゃったな……と思う。


「ご飯中はカミレと離れなくちゃならないのがなぁ……」

「離れるって、目の前に座ってるけど……」

「うん。でもさぁ、このままじゃ食べれないでしょ? はぁー、手繋いだままがいいなぁ」

 

 ストレート過ぎて、緊張とは別の意味で心臓が跳ね回った。

 ドクドクと耳の奥で心臓の音がする。

 

「カミレ」


 甘さを含む声で呼ばれる。


「好きだよぉ」


 レフィトのドロリと甘い視線に囚われた。体中が心臓になったみたいだ。

 見透かされていた。私の不安なんか。こんなに……過剰なほど、大事にしてくれているのに。何が不安なんだろう。不安に思うことなんか、ないはずなのに……。


 レフィトは私の手の甲を親指で撫で、幸せそうに笑う。どこか幼い顔で笑うレフィトは可愛い。


「カミレ、真っ赤だねぇ。可愛い」

「その言葉、そのまま返すよ。レフィトが可愛い」

「えー。オレもそのまま返すよぉ。カミレはいつでも可愛いよぉ」


 可愛い可愛いと何故か互いを褒め合って、それが可笑しくて、ふたりで笑った。


 見たこともない食事が来て、個室だから気にすることなんかないとテーブルマナーを無視してレフィトは豪快に食べた。

 その優しさに笑い、私もドレスを汚さないように気を付けながら、そっと食べる。


「美味しい……」

「ねー、美味しいよねぇ。カミレとなら、何だって美味しいよぉ」


 私のためにと、レフィトは一口サイズに切り分けてくれる。


「そこまでしてくれなくても、大丈夫だよ」

「オレがしたいのぉ。オレのためにやらせてよ」


 あぁ……、ドレスを汚さないようにと慎重にナイフを動かしていたの、バレてたのか。

 本当にレフィトは私のことをよく見ている。


 レフィトのおかげで、ドレスを汚すんじゃないかという恐怖から解放され、終始値段が気になってはいたものの、楽しく食事ができた。

 食後の紅茶を飲んでいれば、レフィトが少し声を落とした。どうやら、真剣な話があるらしい。


「ねぇ、カミレ。聞いて欲しいことがあるんだぁ」

「うん」

「つまんない話だよぉ?」

「いいよ。つまんない話でも。レフィトの話なら、何でも聞くよ」


 そう答えれば、少し困ったようにレフィトは笑う。


「何でもぉ?」

「うん。何でも。だから、大丈夫だよ」

「そっかぁ……」


 小さく呟いてから、レフィトは私達が出会う前、学園に入学する前の話を始めた。

 

「オレ、ずっと婚約者がいなくてさぁ。本当は、物心がつく頃から婚約者がいる王子たちがうらやましかったんだぁ。婚約すれば、一番にお互いを優先し合える関係になれるって思ってたからさぁ」

「うん」

「でも、あいつ等は自分の婚約者のことを放って、一人の女の子を追いかけ回すんだよ。婚約者のことを、ちっとも大事にしないんだぁ。だから、みんなが追いかける女の子がどれだけ特別なのか、オレも追いかけはじめた」

「うん」

「そうしたら、その子の善意なのか、善意に見せかけた悪意なのか分かりにくいところが面白くて、オレも傍にいるようになったんだぁ」


 へぇ。レフィトは取り巻きに加わるの、遅かったんだ。

 マリアンの傍にいるようになった理由は教えてもらってたけど、思ったよりも幼い頃からだったのかぁ。


「その子は王子の婚約者になったよ。元々いた王子の婚約者は、表向きには静養って形で社交界から姿を消したんだぁ」

「……え?」


 姿を消した? 表向きには? 急に話が不穏になってきたんだけど……。

 生きてる……よね?

 

 

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