悪役令嬢にざまぁされたくないので、知りましょう

第15話 悪役令嬢にざまぁされたくないので、知りましょう①


 噂は今日も元気に飛び回っている。

 人の噂も七十五日。今は、およそ一月ひとつき経ったから、残りは一月半くらいかぁ……。

 

「カーミレッ!」

 

 うきうきと言った感じで名前を呼ばれ、レフィトの方へと顔を上げる。

 

「そろそろ潰す?」

「何度も言うけど、積極的に潰す気はないからね」

 

 私の返事が分かっていたレフィトは「そっかぁ」といつものようにすぐに引く。最近では、挨拶みたいなものと化しているのだ。

 向こうから来れば戦う気持ちはあるけれど、現状は噂のみなので放置だ。



「来週の休み、空いてる?」

「空いてるよ」


 本題はこっちか……と思いながら、少し先の予定を聞くなんて珍しいな……と思う。いつもはだいたい当日か、数日前だから。


「サーカス観に行こうよぉ」

「サーカス!?」


 劇とか、オペラがあるのは知っていたけど、サーカスまであったのかぁ。


「他国で有名なサーカスが来るんだぁ。チケット譲ってもらったから行こうよぉ」

「それって、すごく貴重なチケットなんじゃないの?」

「大丈夫だよぉ。賭けに負けたあいつが悪いから。そもそも、あいつが誘っても相手は来てくれないだろうし」


 あいつって誰? というか、賭けって何?


「賭けって、何をしたの?」

「んー、模擬戦だよぉ?」

「何で、疑問形なのよ」

「ま、とにかくオレが勝ったからくれたんだよ」

「……そうなんだ? 誰に勝ったの?」


 あ、聞いても分からないか。私が知ってるのって──。


「副団長だよぉ」

「…………はい?」

「副団長に勝ったら、チケットくれるっていうから戦ったんだぁ」

「えっ!? 副団長!!?? 副団長って、騎士団の副団長様だよね?」


 一方的にだけど、知ってる人だった。

 色々と情報に疎い私でも、騎士団長と副団長くらいは知っている。この国で暮らしていて、その二人を知らないという人はいない。子どもでも、みんなが知っている。

 その騎士団長様が、未来の義父になるかもしれないんだよね。うーん。未だに夢みたいな話だなぁ。


「何かねぇ、欲しいからちょうだい? ってお願いしたら、副団長に勝てたらくれるって言うからさぁ」

「そんな、めちゃくちゃな……」

団長親父相手だと手加減してもらえると思ったんじゃない? そんなことないのにさ。でも、親父じゃなくて良かったよぉ。親父だと骨の二、三本は覚悟しないと勝てないからさぁ」

「いやいやいや! お父さんが相手だからとかじゃなくてっ!! 怪我したら危ないじゃんっ!!」


 私が慌てて言えば、レフィトは耳を赤く染め、へにゃりと笑う。


「親父のこと、お父さんって呼んでるの聞くと照れるねぇー」


 そういう意味ではなく、レフィトのお父さんという意味で言ったのだが、指摘されると途端に恥ずかしくなる。


「……あんまり危険なことはしないで欲しい。レフィトは騎士だから危険なことは分かってるよ。だけど、やらなくちゃいけない危険と、やらなくてもいい危険があるでしょ?」


 副団長と戦うなんて、やらなくてもいい危険だ。今回は怪我がなかったみたいだけど、次は違うかもしれない。


「大丈夫だよぉ。危なくないからぁ」

「……え?」

「副団長レベルなら、利き手じゃなくても余裕で勝てるんだぁ」


 にっこり笑っていうレフィトの琥珀色の瞳が影を帯びる。

 行く行くは騎士団長になる設定だったから、強いだろうとは思っていた。だけど、既に副団長に余裕で勝てるレベルだったとは……。しかも、団長お父さん相手にも、骨が数本折れるけど勝てると言っていた。

 もしかしなくても、レフィトはチートなんだろうか……。

 そのチートも、最初からではなく、幼い頃からの血を吐くような努力の賜物なんだろうけど。その強さを得るために犠牲にしたものがあるのかもしれない。


「ま、とにかくサーカスのチケットが手に入ったから、行こうよ。その時に買い物もしよう? 変装道具も買いたいしさぁ」

「変装道具!?」

「そうだよぉ。これから、必要になるかもしれないからねぇ。念の為に用意しておこうと思うんだぁ」


 そうかぁ。変装しなくちゃいけなくなる可能性もあるのかぁ……。

 うーん。いつ必要になるんだろう? というか、本当にそれは必要なの?

 

「オレとデートするの嫌かなぁ?」


 変装道具の必要性に悩んでいれば、こてんと首を傾げて顔を覗き込まれる。


 うぐぅ……。またもや犬耳としっぽが……。何でこんなに可愛いの?

 分かってる。こう言えば、私がNOって言わないと分かっててやっていることくらい。

 あざとい! あざといんだけど、そこも可愛いんだよなぁ……。


「嫌なわけないよ。デート楽しみだね」

「当日は、早朝に迎えに行くからねぇ」

「えっ!? そんなに早いの?」

「うん。色々と準備があるから」


 サーカスデートに準備がいるの? と疑問に思いながらも頷いた。

 そして、当日──。


「サーカスなのにドレスコードがあるの!?」

「そうだよぉ。着替え、よろしくねぇ」


 迎えに来てくれた後、レフィトの家に何故か移動した。忘れ物かな? 珍しいなぁ……なんて、のんびりした気持ちでいれば、まさかのお着替えである。


「アンと申します。お会いできる日を楽しみにしておりました」

「えっ! あ……、カカミレです」


 噛んだ……。カカミレって、誰よ。穴があったら入りたい。ないなら、自分で掘って隠れたい……。

 レフィト、笑いたいなら笑って……。堪えられる方が、たまれないから……。


「坊っちゃんから聞いた通りの可愛らしい方で、安心しました」


 優しく微笑んでくれたが、私の顔は絶対に引きつっていたと思う。

 レフィトは、諦めた顔をしている。


「いい加減、坊っちゃんはやめてくれないかなぁ?」

「私にとっては、何時までも坊っちゃんでございます」

「アンさんは、レフィトが小さい頃から、このお屋敷で働いていたんですか?」

「どうか、アンとお呼びくださいませ。奥様が嫁いで来られた時について参りましたから、もう二十年近くになりますね」


 小さい頃のレフィト、可愛かったんだろうな……。想像して、ほんわかした気持ちになる。

 お金持ちだし、肖像画あるかな? 見たいって言ったら、見せてくれるかなぁ……。




「楽しみにしてるねぇ」


 手を振りながら、レフィトは部屋を出ていった。入れ替わりで、品の良いメイド服を着た女性が数人入ってくる。


 着替えるだけかと思いきや、いい匂いがするクリームを塗られ、マッサージをしてくれている。

 あまりの気持ち良さに、うとうととしていた時──。


「い゛っ──!!!!」


 えっ!? 何!!?? 


「リンパの流れは大切ですよ」


 優しく微笑まれるが、これは痛みを我慢しろと言っている。

 美しさを手に入れるには、代償が必要らしい。何故、早朝のお迎えだったのか……。私は磨き上げられながら、理解した。


 


 

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