第13話 悪役令嬢にざまぁされたくないので、敵じゃないとアピールしようと思います④


「オレが毎日迎えに行ってたのは、カミレが片道一時間も歩いて登校してたからだよぉ。帰りなんて薄暗くなるし、人通りの少ない道もある。女の子がひとりで歩くなんて、危険だもんねぇ?」


 へらりへらりとレフィトは笑っている。殺意を身にまといながら。


「それでしたら、我が家の馬車を出しますわ。これで、安心ですわね」


 マリアンもにこやかに笑っている。

 何で、レフィトの殺意に気が付かないのだろう。自分に敵意を向けるわけがないって信じ切っていられるのだろう。


「オレはもう、マリアン嬢のもとには戻らないよぉ?」

「まさか、カミレさんに脅されてますの? 何てことをなさるのかしら……。大丈夫よ。私が解決してみせるわ。だから、安心して戻ってきて? どうか、以前のようにマリアンって呼んでくださらない?」


 わぁ……。傲慢ごうまんだなぁ……。

 マリアンは独りよがりだし、取り巻きたちは嫉妬でレフィトのことを睨みつけてるし、周囲はレフィトに同情してマリアンに酔いしれてるし、何だか色々と酷い状況だ。

 ここでレフィトがマリアンのところに戻れば、ざまぁは起きないのかもしれない。婚約も破棄になって、また学園では前みたいにひとりになって……。

 あぁ、楽しかったな。それが終わっちゃうのか。嫌だなぁ……。


 って、違うよ! これは、私の勝手な感情。レフィトがどうしたいのか。それが大事でしょ!!


「レフィト様は、どうしたいんですか?」


 思ったよりも声が響いた。

 たくさんの視線が私に注がれる。注目を浴びるのは嫌いだ。

 でも、人の心を無視するのは、もっと嫌いだ。


「そうやって、レフィトを脅すのはやめてちょうだい! もう、彼を自由にしてあげて!!」


 ヒロインムーブが酷い。私はただ、レフィトの気持ちを聞きたいだけなのに。

 それなのに、何故そんなにも自身に酔えるのだろうか。


「マリアン様には聞いていません。レフィト様の気持ちを聞きたいんです」

「カミレなら、分かってるでしょ? 当然、カミレといたいに決まってるよぉ」


 そうレフィトが答えた瞬間、マリアンの私を見る目がめちゃくちゃ怖かった。今まで向けられたことのない、激しい憎悪が宿っていた。

 けれど、それも一瞬のことですぐに瞳には涙が溜まっていく。


「レフィト……。必ず、私が救ってみせるわ……」


 白く細い長い指で、マリアンは目元を拭った。取り巻きたちはマリアンをなぐさめ、周りの人たちは私を悪く言う。

 そんな中、一番悪く言いそうなアザレアが大人しい。こっちを見る瞳には「大丈夫かしら……」と心配な気持ちが浮かんでいる。


 あーぁー。駄目だよ、そんな顔をしたら。私を心配してるって、マリアンにバレちゃうよ?

 アザレアに、大丈夫だよ……という気持ちで微笑んでみるけれど、効果はない。というか、全く気付いてない。


 あ、見つかった。マリアンの瞳がアザレアを捕らえてしまった。冷たさを含んだそれに、ドキリとする。けれど、やっぱりアザレアは気が付かない。


「アザレア、騙されては駄目よ。あなたは優しい子だから、すぐに信じてしまうもの。それで何度痛い目に遭ったか、覚えているかしら……」


 アザレアはハッとしたかのようにマリアンを見た。


「でも、大丈夫よ? 私といれば、大丈夫だからね」

「はい。マリアン様」


 寒気がした。自分が上に立つのは当たり前で、そのためには人の心をも操ろうとする彼女に。


「ねぇ、カミレ。まだ内緒にしてないと駄目かなぁ?」


 レフィトは何を・・とは言わなかった。けれど、それが何かは分かっている。

 もし、言ってしまえば、レフィトの立場が悪くなるかもしれない。

 いや、ならないか? マリアンからすれば、すべて私が悪だから。でもなぁ、他の人はどうなんだろう。マリアンを裏切ったとレフィトのことを思うかもしれない。辛く当たるかもしれない。


「駄目だよ」

「どうしてぇ? オレ、強いよ? 少なくとも、学園の奴らなんかに負けないよ?」

「一対一ならでしょ?」

「何人来たって負けないよ。こんな自分の意思もない、操られてるみたいな奴らに」


 その言葉に驚いて、レフィトを見る。確かにレフィトの言う通り、操られているみたいだ。

 これが、強制力ってことなのだろうか。それとも、何か別の理由があるのだろうか……。


「マリアン嬢、オレがあなたのもとに戻ることは二度とない。カミレが好きなんだ。婚約もしてる」


 ざわりと空気が揺れた気がした。

 マリアンの瞳は見開かれ、どうして? と言っている。


「確かに、あなたに惹かれたこともあった。面白いと思っていたことも。でも、全部が勘違いだった。誰かのために何かをしたいという気持ちも、一緒にいる時間が愛しくて幸せだと感じる気持ちも、カミレが教えてくれた。だから、もうオレとカミレのことは放っておいて欲しい」


 驚きすぎて、心臓が止まるかと思った。

 私が思っていたよりも、ずっとずっと私のことを大切に思ってくれていた。それなのに、私はざまぁを怖がってばっかりで……。

 変わらないと。ここが、悪役令嬢がヒロインの世界線だとしても。マリアンが攻略をどんどん進めていってるとしても。


「マリアン様。お茶、ごちそうさまでした。美味しかったです。でも、もう私たちのことは呼ばないでください。私たちからも関わりませんから。お互いに関わらない方が幸せでいられるはずです」


 そう言うと、私たちは立ち上がった。

 マリアンは泣いている。レフィトが騙されて可哀想だと。助けてあげたいと。

 けれど、私たちにとって、そんなことはどうでもいいことだ。


「帰ろっかぁ」

「うん、帰ろう」


 背中に強い視線を感じたけれど、引き止められはしなかった。マリアンは悲劇のヒロインで、みんなから慰められている。間違いなく、私が悪役だ。

 悪役ヒロイン上等だ。こちらからは関わらないと宣言した。それでも、向こうから来たのなら戦おう。

 ざまぁされてたまるものですか!!

 

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