第9話 悪役令嬢にざまぁされたくない令嬢の婚約者③


 真剣な話をしている。そんな時でも笑ってしまう自分が嫌になる。だけど、習慣なんて簡単に抜けてくれるものじゃない。

 

「……サボりましょうか」

「えっ?」

「きっと、今必要なのは勉学じゃないんで。誰かに休む旨を伝達──」

「すぐ頼むから待ってて!!」


 大急ぎで、ほとんど話したこともないクラスメイトに言付けを頼む。

 我ながらカッコ悪い。でも、気分は悪くない。

 こんなに嬉しくて心臓が跳ねることがあるんだって、知らなかった。カミレといると、つまらなかった世界が塗り替えられていく。


「お待たせぇ」


 ダッシュで戻ったオレに、カミレは肩を震わせている。


「どうしたのぉ?」

「いえ……、何でも…………」

「えー。何でもってことはないでしょ? 声が震えてるよ?」

「気を……悪くしませんか?」

「うん、しない」


 カミレからなら、何だって嬉しい。


「犬……みたいだなって……」

「犬?」

「う、嬉しそうに戻って来るレフィト様に、耳と尻尾の幻覚が見え……」

「うん」

「かわ……可愛いなって……」


 可愛い……。オレが? カミレに可愛いって思ってもらってるの?


「すみません。嫌でしたよね?」


 どうにか笑いを止めようと努力しているカミレに、笑いかける。

 きっと、今笑うのは正解なはず。


「ううん。そんなことないよぉ。カミレは、犬が好き?」

「好きですよ。可愛いですから」

「だったら、犬みたいって言ってもらえて嬉しいなぁ。カミレに好意的に見てもらえてるってことでしょぉ?」


 そうやって聞けば、カミレは赤くなる。

 視線をうろうろとさ迷わせ、諦めたようにオレを見る。


「友だちとして……ですよ」

「うん。今はそれでいいよぉ。オレたちの関係も内緒でいい。カミレに嫌われたくないからねぇ」

「だったら──」

「でも、それだけは駄目。オレも譲らないよ?」


 カミレに言われる前に、言葉を被せた。

 だって、何度も振られたくない。


 

 のんびりとふたりで屋上へと移動する。

 堂々とサボろうとするオレとは違って、カミレはずっと周りを気にしていた。

 小動物っぽくて可愛い……とか思うなんて末期だ。そう思うのに、可愛くて可愛くて仕方がない。


「ねぇ、放課後は誰と会うの?」

「知ってどうするんですか?」


 ついた屋上で、壁に寄りかかってふたりで座る。

 授業をサボって好きな子と屋上なんて、青春してるな……とボンヤリと思う。これが、イチャイチャとまでは言わなくても、普通の会話なら良かったのに……とも。

 だけど、放っておく訳にはいかない。


「オレも連れて行くか、行くのをやめるか、一緒に決めようと思って。危険だしさぁ」

「お茶のお誘いなので、危険じゃないですよ」

「お茶会なんだぁ。どこでやるのぉ?」

「どこで、じゃないです。皆さんとお茶をするだけなので、危ないことなんかないですよ」


 オレからしたら危険しかないけれど、カミレには分からないかぁ。

 そうだよなぁ。置かれてる環境が違うんだから、きちんと説明しないとだよなぁ。


「お茶会には、危険がいっぱいだよ? まず、毒を混入される危険性があるでしょ。カミレ以外の全員がグルで、今度こそ冤罪をなすりつけられる可能性に、可愛いものなら何かに小型の刃物が仕込まれてて怪我をするとか──」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

「どうしたのぉ?」

「いくら何でも、物騒すぎない!?」

「そんなことないよ。常識だよ?」


 オレの言葉を聞いて、カミレは頭を抱えた。ぶつぶつと独り言を呟き、聞いたこともない言葉がいくつも音になっては消えていく。


「本当に常識なんですよね?」

「うん。そうだよぉ」


 世間は知らないけど、言ったことはオレの中では常識だ。そういう事例を数え切れないほどに知っている。

 実際、未然に防げたこともあれば、防ぎきれずに被害が出てしまったこともある。

 

「お茶会は物騒なものなんですよね? それなら、どうして開くんですか?」

「自分の権力を見せつけるためでしょ」

「仲を深めるためじゃなく?」

「自分の立場を、今よりも確固たるものにするためだね」

「貴族って怖い……」


 怖い人なんて貴族じゃなくてもたくさんいるけど、そこは黙っておくことにする。


「そうだねぇ。それで、誰が主催のお茶会に行くのぉ?」


 ここまで脅せばあっさり言うと思ったけど、カミレは答えない。


「マリアン嬢のお茶会かな? カミレの誤解を解きたい。盗んでないって、皆に分かってもらいたい……とか言われた?」

「ど……して……」


 えー。当たりなの? そんなのをカミレは信じたわけ?

 勉強はできるけど、その他が阿呆なのかなぁ。騙されやすいところも可愛いけど、やっぱり危険だ。


「身分が上の相手からの誘いは断りにくいよねぇ? オレも行くよ。もしかして、オレを連れてこないように言われてる?」

「いえ。女子会だと聞いてます」

「エスコートする人がいたら駄目だとか聞いてる?」

「特には……」


 ふーん。なるほどねぇ。


「じゃあ、オレがエスコートしていくよぉ。監視の名の下に、ついていくことにすればいいよね。そういう話になってるわけだし」


 そう言って笑えば、カミレは何も言わなかった。

 どうやら、脅しが効いていたらしい。

 良かった。さっき言ったこと全部、実行しようと思えば、マリアンなら可能なことだったから。


 でも、大丈夫だよ。マリアンなんかに負けないから。

 もし、カミレに危害を与えようとしたら、すぐに処分するからね。

 可愛い可愛いカミレ。どうか、オレに守らせて。もし、他の男がカミレを守ることになったら、オレはそいつを破滅させて、カミレを閉じ込めてしまいそうだ。


「カミレ、油断しちゃ駄目だからねぇ?」

「分かりました」


 真剣な顔で頷いたカミレの手を握る。

 婚約者なんだから、これくらいは許されるだろう。


 はじめてふたりで屋上に来た日は曇っていた。

 けれど、今日は青空が広がっている。

 握った手の小ささと温かさに、顔がニヤけるのを抑えることができなかった。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る