第8話 悪役令嬢にざまぁされたくない令嬢の婚約者②〜レフィトside〜
「荷物はこれだけだよね?」
カミレのトートバッグを持ち上げる。
盗みの冤罪をかけられたからなのか、カミレは必ず自分の荷物を持って移動する。
「自分で持つから大丈夫です」
当たり前のようにオレが手にしていた鞄を、カミレは自分の方へと持っていってしまう。
何に対しても、やってもらうのを待つことが奥ゆかしい。そう思い込んでいる令嬢は多い。けれど、カミレは違う。
「オレ、カミレのそういうところ好きなんだぁ」
「何言って……」
人として好ましいと思うところを伝えれば、カミレは照れたのか動揺している。
何度褒めても、それを当たり前と感じないところも、カミレの魅力だと思う。
はぁ……。可愛いという言葉は、カミレのためにあるよなぁ。
「次の授業が終わればお昼! あとひと頑張りだぁ。早くカミレとご飯食べたいなぁ」
放課後のことも、その時に聞き出そう。止めるのか、ついて行くのか、判断しないとだからね。
それと、カミレの安全を脅かすものは、早急に排除しないとだよねぇ。たとえそれが、未来の王妃だとしてもさぁ。
「えっ、怖いんだけど……」
いつも通り笑っているはずなのに、カミレは顔を引きつらせて呟いた。敬語じゃないってことは、独り言なんだろう。
子どもの頃からずっと一緒にいた
カミレはこんなにもオレのことを見ていてくれる。気付いてくれる……。
「レフィト様は何時でも笑顔ですけど、理由があるんですか?」
「うん? 理由なんてないよぉ」
そう。理由なんてない。
ただ、気付いてしまっただけ。笑っていれば、大概のことは相手が良いように取ってくれるってことに。
それに、油断もしてくれるから、聞いてもいないのにたくさんの情報をくれる。
「まだ一緒に過ごした時間は短いですけど、私、レフィト様の笑っている以外の顔をほとんど見たことないんですよね。もちろん、さっきみたいに表情を作ってることもありますし、笑顔と言ってもいろんな笑みですけど……」
「笑ってるのは、クセみたいなものだからなぁ。もしかして、カミレもオレのこと、怖いのぉ?」
最初は優しいって言われるけど、最終的には何を考えているか分からないとか、怖いって言われることが、たまにあるんだよなぁ。
あぁ、あと馬鹿だって思われることも多いかなぁ。あいつらが、そうだもんねぇ。
「怖くはないです。ただ、たまには思うままに振る舞えばいいのにな……とは思います」
「えっ? オレ、結構好き勝手に振る舞ってるよねぇ?」
「私相手には、割とそうですね。
そう言うカミレの気持ちがよく分からない。
婚約を嫌がってるくせに、オレの心配をして、認めてくれている。
「ねぇ、どうしてオレじゃ駄目なの?」
「駄目って?」
「カミレの言いたくない、
あーぁ。カッコ悪い。
こんなんじゃ余計に嫌われるだけだって分かっているのに、止められない。
「オレのこと、嫌いになった?」
「そんなことないですよ。私のことを馬鹿にしていたわけじゃないって、知ってますし。解消はして欲しいと思ってますけど」
「しないよ。絶対に」
「一度解消して、卒業した後もレフィト様が望んでくれていたら、また結ぶんじゃ駄目ですか?」
「駄目。その間に、別の断れない相手から申し込まれるだろ」
「そんなこと起きませんよ」
呆れたような視線を向けられる。
何だかバツが悪くて、カミレから視線を逸らせば笑われた。
「何?」
「いえ。新しいレフィト様に会えた気がしただけです。いつものレフィト様もレフィト様なんですけど、今の方がしっくりきたといいますか……。いや、いつもがしっくりこないとか、そういうことを言ってるとかじゃなくて……」
失礼なことを言ってしまった……と、わたわたと慌てながら言葉を紡いでいくカミレを見ながら、いつものように笑みを浮かべることも、間延びした話し方をすることもなく、素で話していた自分に気付く。
「オレ──」
カミレじゃないと駄目だ。そう言いそうになったところで、ちょうど予鈴が鳴った。
「急ぎましょう」
カミレに腕を引かれて、早足になる。
心臓が走っていて、掴まれた腕の部分から熱が体中に広がっている気がする。
オレ、カミレのことが好きなんだ……。
今更、何を言っているんだって感じだけど、やっと分かった。
執着したのも、隣がオレじゃなきゃ嫌なのも、守りたいのも、ぜーんぶカミレのことが好きだからだ。
恋愛なんてクソだと思っていたけど、気が付いたら落ちていた。
面白いから興味を持っただけのはずが、すこーんと底なしの落とし穴に落ちてしまった気分だ。
腕を引かれながら、自分の馬鹿さ加減に笑ってしまう。
あーぁ。
「オレさぁ、カミレの自分でどうにかしようとするところ、好きだよ。だけど、心配なんだぁ」
驚いて振り向いたカミレと視線が交わる。
カミレの瞳に映るオレは情けない顔で笑っていた。
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