第5話 悪役令嬢にざまぁされたくないので、婚約は隠すことに致しましょう②
「おはよー」
ギシギシと階段を踏み鳴らしながら、下の階へと降りていく。
よく寝たはずなのに、眠い。眠気覚ましに冷たい水で顔を洗い、髪を整え、パジャマ姿のまま、木製の椅子に座る。
「あれ?」
母が出してくれた朝食を見て、首を傾げる。
いつもは食パンと野菜スープなのに、今日は豪華なクロワッサンのサンドイッチがいつもの野菜スープと一緒に並べられている。
因みに、うちの野菜スープは野菜がゴロゴロ入っているので、飲むというより食べるといった方がしっくりくる腹持ちの良いものだ。
「ねぇ、お父さ…………!!??」
「おはよぉ。さっき降りてきた時に挨拶したんだけど、気付かなかったのぉ?」
そこにいると思っていた父はおらず、代わりにレフィトがコーヒーカップをソーサーに置きながら微笑んだ。
狭い我が家に彼は似合わないはずなのに、無駄に絵になるのはイケメンだからだろうか。
「レフィトくんがお迎えに来るついでにって、朝ごはんを買ってきてくれたのよ。冗談かな? なんて思ってたけど、本気だったのね」
「少しでも長くカミレといたくて……」
「まぁっ!!」
母よ、何故頬を染めたの……。
そこの父、瞳を潤ませるんじゃない。キュンとしているのがモロバレだから。
そして、レフィト……。何で無駄な小芝居をする。あとで私が大変な目に合うと思わないのか?
興奮した両親に、今日一日のレフィトについて語るようにお願いされる未来しか見えないんだけど……。
そもそも、母は何故レフィトが朝早くから来る可能性を教えてくれなかったのか。私、パジャマなんだけど。
着替えてくるか、否か……。まぁ、既に見られたあとだし、今更かな。
色々と諦め、買ってきてくれたというクロワッサンのサンドイッチを見る。控えめに言って、最高に美味しそうだ。
「……レフィト様は食べないんですか?」
「一緒に食べていいのぉ?」
「当たり前じゃないですか。いくらうちが貧乏でも、買ってきてくれたものを独り占めなんかしませんよ。……あれ? 独り占めで合ってます? 家族で食べるとすると家族占め?」
話しててよく分からなくなってきた。
何が正しいのだろう……とレフィトを見れば、何かを噛み締めている。
「どうしました?」
「ううん。一緒に食べていいんだな……って思っただけぇ」
そんなにケチだと思われていたのだろうか。
確かに、鞄や教科書を後々売りたいと考えているって話したけれど、皆で分けて食べるのは当然だと思ってるんだけどな。
「良かったわ。レフィトくんも一緒に食べましょう。口に合わないかもしれないけど、スープも良かったら食べてね」
「みんなで食べた方が美味しいからな」
嬉しそうに両親も食卓につく。
ふたりの言い方的に、レフィトが食べるのを断っていたらしい。
手を合わせ皆で「いただきます」と挨拶をする。何処となく、レフィトがそわそわと嬉しそうで、犬耳の幻覚が見えた。
朝ごはんも食べ終わり、学園へ向かう準備を進める。
「レフィト様、歯ブラシいりますよね?」
「えっ?」
「歯、磨きますよね? また一緒に食べることがあるなら、うちにも置いておいた方が便利だと思うんですよ。もしかして、こだわりとかあります?」
うちにあるのは、町の商店で買った普通の歯ブラシだ。
貴族には貴族の、特別な歯ブラシが存在しているのかもしれない。
うーん。それとも、もう一緒に朝食を食べるつもりがないとか?
楽しそうに見えたし、スープのおかわりをしていたから大丈夫だと思ったんだけど、気を遣ってくれたのかな……。
琥珀色の瞳を何度も瞬かせ、無言になってしまったレフィトに首を傾げる。
「必要ないなら、断っても──」
「いる! いるよっ!! 本当にいいの!?」
耳が赤く染まり、瞳はキラキラとしている。
あぁ、またもや犬耳の幻覚が……。ブンブンと振られている尻尾まで見えてきた……。
落ち着け、私。可愛いとか思っちゃ駄目だ。
私の好みは眼鏡でしょ。性格にはこだわりないけど、好みは眼鏡男子でしょ! 気をしっかり持って!!
「もちろんですよ。色は青とオレンジがありますけど、どっちがいいですか?」
「どっちが似合うと思う?」
「……オレンジですかね」
そう答えれば、レフィトは嬉しそうにオレンジの歯ブラシを手に取った。
「ありがとう」
へにゃりと笑うレフィトは、いつもより幼く見える。
寂しがり屋の男の子。
何だかそれがしっくりとくる。
「お礼を言うのはこっちの方です。買ってきてくれたパン、美味しかったです。ありがとうございます」
「どういたしましてぇ」
「次からは手ぶらで来てくださいね。食パンで良ければありますから」
食パンが口に合わないとか、ないよね?
普段から、あんなに豪華なものばかり食べてたら、質素すぎてがっかりしちゃう? でも、あのレベルをうちが用意するのは無理だし……。
思わず考え込んでいると、下からのぞき込まれた。
「美味しくなかった?」
「いえ。こんなに美味しいものがあるのかって思うほど、美味しかったです。でも、送り迎えまでしてもらっているのに、お土産まで頂いては申し訳ないですから」
本当に、それなのよ。送り迎えに、
私のやっていることは、悪女と言われてもおかしくないと思う。
「どれなら喜んでくれるか、たくさん悩んだけど、買うの楽しかったんだぁ。でも、迷惑だったんだね。ごめんねぇ」
「違います! 迷惑なんかじゃ……」
「それなら、また買ってきてもいい?」
「もちろんです!! …………あれ?」
はめられた?
「カミレのこと、もっと知りたいから、今度買い物デートしようねぇ」
そう言って笑う顔は、いつもと同じ笑顔のはずなのに、何となくレフィトから感じていた壁のようなものがなくなっている気がする。
レフィトの笑顔って、自分自身を守るためだったのかもなぁ……。
ぼんやりとそんなことを思いながら歯磨きをしていれば、とんでもないことに気が付いてしまった。
もしかしなくても、懐かれた?
ざまぁを回避したいのであれば、婚約を隠すだけじゃなく、なるべく早く婚約を解消してもらうべき。それなのに、親密度を上げてしまった。
何てことをしてしまったんだ……。
隣で歯磨きをしながら鼻歌を歌うレフィトを横目で見る。
すっかり上機嫌なレフィトに、過ぎてしまったものはどうしようもないと諦める。
これから上手くやればいいだけの話だ。うだうだ考えるだけ無駄だし、馬車で婚約を隠したいと伝える時にご機嫌な方が頼みやすい。
婚約を隠すための布石だったと思うことにしよう。
順番に口をゆすぎ、私は制服に着替えるために自室へと向かう。
制服へと着替え、自分の心を落ち着かせるために深呼吸をしてから、部屋を出た。
これから今日の最重要任務に取りかかる。
「いってきまーす!!」
いつもより気合いを入れて家を出る。
家の前に止まっていた馬車は、豪華で我が家とは不釣り合いすぎる。
思わず乗るのをためらっていると、手が差し伸べられた。
「ほら、つかまりなよぉ」
その手を掴んた時、私の中の警戒心がなくなっていることに気が付いた。まだ話すようになって、一週間も経っていない。
気を許し始めたのは、レフィトだけじゃない。私もだ。
気を付けないと……。
「ありがとうございます」
レフィトの手を握りながら、気を引き締めた。
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