第6話 悪役令嬢にざまぁされたくないので、婚約は隠すことに致しましょう③


 馬車に乗り込めば、こっちの世界では見たことない、ふかふかなクッションがいた。

 こんなに高そうなものに座ってもいいのだろうか……。

 どうしたものかとまたもや悩んでいれば、腕を引かれて強制的にレフィトの隣に座らされた。

 

「立ったままだと危ないよぉ?」

 

 こてんと首を傾げ、くすくすと笑っている。

 

「馬車になったのに、教科書を持ってかないの?」

「教科書に落書きされたり、破かれたり、捨てられたりしたら嫌じゃないですか」

「誰にされたの?」

 

 急にひんやりとした空気になり、慌てて首を横に振る。

 

「されてないです! 自己防衛も大事だなって話!!」

 

 冤罪はかけられそうになった……というか、現在進行系でかけられているが、それ以外の被害は今のところない。

 

「本当にぃ? 隠してない?」

「ないです! 何かあったら、レフィト様に言いますから!!」

「うん。約束だよ?」

 

 そう言って、出された小指。

 まさか、この歳になって指切りげんまんをすることになるとは思わなかった。

 

「指切りげんまん 嘘ついたら相手の人間 こーろす 指切った」

 

 私の知っているリズムで歌われた歌。

 だけど、だけどさぁ……。

 

「こっっわいんだけど!!」

 

 物騒を極めるのをやめて欲しい。

 私に罰を与えるのではなく、私を攻撃した人間を殺すとか正気じゃない。そりゃ、針千本を飲まされるのも困るけど。死んじゃうけどもね!!


 あ、そうだった。正気じゃないんだよ、レフィトは。面白いこと最優先だった。

 ということは、私が狼狽えているのを見て楽しんで……ないな。笑顔だけど、目の奥が笑ってない。

 

「何かあったら正直にレフィト様に言えば、その人を殺さないんですよね?」

「うーん。やった内容によるかなぁ」

「……それだと、レフィト様が捕まりますよ?」

 

 未来の騎士団長が犯罪者になるとか、本当にやめて欲しい。

 その実力は、正しいところで使って頂きたい。

 

「心配してくれるのぉ?」

「まぁ、そうですね……」

 

 レフィトが捕まるってのもだけど、主に相手の命が心配だ。

 頼むから、誰も私に危害を加えないで欲しい。私を見張る予定だったレフィトが、何故か噛みつく予定ですので。

 

「ふーん。そっかぁ。じゃあ、捕まらないように殺しとくね。証拠を残さず殺しとくよ」

「そもそも、殺さないでください」

 

 にこにこと笑いながら殺すっていうの、普通に怖いからね?

 どこでキャラ変したの? 人間嫌いだったけど、殺すほどじゃなかったよね?

 

「えー。敵は生かしておくより、殺した方が安全じゃん」

「新たな恨みを生みますよ」

「バレなければ、その恨みはこっちに向かないから平気だよぉ」

 

 いやいや、平気じゃないから。

 我慢しきれず、ため息がこぼれた。

 

「……そんなに嫌なら、なるべく殺さない方向にしとくよ」

「そうしてください。私も正直に言うから、勝手に殺すのはやめてくださいね」

「うーん。分かった。指切りする?」

 

 へらりと笑いながら出された小指。何となく恐ろしくて、指切りは遠慮しておいた。

 


「レフィト様にもう一つお願いがあるんですけど……」

「何ぃ?」

 

 ここまで来るのに、既に私のHPは大幅に減っている。

 だが、ここからが勝負なのだ。ざまぁを回避するための最重要課題! 負けるわけにはいかない。

 

「婚約したことって、誰かに話しましたか?」

「ううん。まだ話してないよぉ」

「ご家族が話したってこととか……」

「国には報告しただろうけど、他はまだじゃないかなぁ。父は無口……というか、必要最低限も話さない人だし、母は弟にしか興味ないから」


 そう話すレフィトの口はやっぱり笑っている。


「逃さないよ?」


 腕を掴まれ、その手の冷たさに肩が跳ねた。

 それを私が怖がっていると感じたのだろうか。一瞬だけレフィトの瞳に迷いが生まれた。


「婚約を隠したいんです」


 目をそらすことなく、告げる。レフィトの琥珀色の瞳の中に、真剣な顔をした私が映っている。


「理由は?」

「これ以上、目立ちたくないんです。それに、私の監視を引き受けたレフィト様が婚約者になったと知られれば、一緒にいても監視役として信頼は得られません」


 ざまぁされたくないと言うこともできず、もっともらしい理由を告げる。嘘は言っていない。気持ちの核となる部分を隠しているだけ。


「今回のことは関係なく、目立ってた自覚ないんだぁ? 監視のことは、カミレの言う通りだねぇ」

「新たな監視役が出てくる可能性もありますし」

「あー。そいつは邪魔だな」


 目立ってた自覚? と気になりながらも、そこはスルーする。そこで立ち止まっていたことで、きちんと口止めができなかったら大変だ。学園につくまでの時間が勝負なのだよ。


「どんな人かも分かりませんし、キツく当たってきたり、してもいないことをやったと新たな罪をでっち上げられても困りますし……」

「……婚約者って言えないのは、仕方ないかぁ」


 不満そうにレフィトは言うが、私は心の中でガッツポーズである。


「でもぉ……」

「でも?」

「他の男がカミレを狙ってきたら、婚約してるっていうからね?」

「……えっ?」

「当たり前でしょ? 可愛いカミレが狙われるんだから。それとも、その男をっちゃう?」

「殺らないでください」


 私の言葉にレフィトは笑み一つで答えた。

 これ、殺る流れだよね?


「その場合は、婚約してるって言ってください」

「いいのぉ?」

「……はい」


 絶対に嫌だけど! でも、殺人が起きる方がヤバい。


「婚約解消とかって……」

「するわけないよね?」

「……はい」


 上手くいったし、目前に迫る危機は回避できたけど、何だかすごく不安だ……。

 婚約を隠すって、こんなにも難しいことだったのかぁ。

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