第3話
事務所で、ユージエが難しい顔をして、デッキを操作している。
「で、どうしたって?」
その背後に立って、ロィープは立って、ペーパーヴィジョンに映る、立体画にされた充臥の地図を見せられていた。
「やっぱりだわー」
ユージエは、ため息をつくようにして、ロィープに首を向けた。
「電子のネットが、充臥に張り巡らされているのよね、どう見ても。あと、ちょっとで完成かも」
「なるほど。電脳イマジロイドが自由になる空間化された、ということか」
「そうなるね。何か問題あるんでしょ、ロィープ」
少年はうなづいた。
この状態はスムービ一派が充臥を乗っ取りかねない環境というわけだ。
「コミータを呼でくれ、ユージエ」
「あいよ」
通話ツールを画面脇に開き、番号を入力する。
『いかがなされました?』
画面に映った少女は、いつも通り丁寧な物腰だった。
「ちょっと話があるんだけど」
ロィープの言葉にうなづく。
『では直接、出向きますね。少々お待ちください。あ、事務所じゃお構いなく』
「わかった。待ってるよ」
通信が切られると、ユージエが椅子の背もたれに体重をかけた。
「まったく、出来た子だねぇ、あれは。どこかの、にぃやんとは大違いだ」
「同感だなぁ。デッキ弄りしか出来ないどっかの補佐役とは違うねぇ」
可笑しがって、二人は皮肉り合う。
コミータは、正確に三十分後に事務所を訪ねた。
「お邪魔します」
構成員の一人に案内されて、ユージエの私室までやってくる。
「やぁ、待っていた」
ベッドで寝転んでいたロィープが、身体を起こす。
ユージンはデッキにヘッドフォンを繋いで、ハードロックの曲を聴いていた。
「面白いぞ、見てな」
ロィープは背後を向いているユージンを力の入ってない指でさす。
小さくヘッドバンキングをしていたかと思うと、ユージエは急にエアギターを始めた。
最初は緩やかに、そして、激しく。
最後にはメロイック・サインをして、両手を掲げた。
少々の余韻のあと、再び激しく首を振る。
コミータは笑いを無理矢理に我慢して、肩を震わせていた。
ほらほらと、ロィープはユージエの肩を叩くように言った。
目を丸めてコミータは驚いてから、仕方がないとばかりな態度で、ユージエの右肩に手を置いた。
ユージエは跳び上がって、ヘッドフォンを取ると同時に振り向いた。
「コミータが来たぞ?」
ロィープは意地悪く、つづけた。
「……しばらく前にだけどな」
「言ってよ!!」
ユージエは顔を紅くしてつい、声を張り上げてしまった。
「いえ、黙っていた私が悪いんです。申し訳ありません」
コミータは深々と頭を下げた。
「え、あ、ああ、コミータは悪くないの。どうせ、そこのシスコンにでもそそのかされたんでしょ?」
ユージエは、佇まいを改めた。
「不甲斐ないばかりに……」
コミータは言葉をかさねた。
「いややめて、謝らないで! どうせなら笑って! 思い切り笑って! 悲しくなるから! すごく泣きそうになるから!」
ゲラゲラ笑っているのは、ロィープだった。
「あの、大馬鹿やろうが……」
彼を見て、ユージエは吐き捨てる。
コミータは困惑気な様子で、半端な笑みを浮かべている。
「まぁ、いらっしゃい、コミータ」
「はい。今回は、どのようなご用件で?」
すっかりいつものペースにもどった少女は、ユージエに尋ねる。
「ああ、これを見て欲しいのよ」
ユージエは、ロィープの時と同じように、充臥の地図を見せながら電子ネットワークの説明をした。
コミータは聴き終わると興味深かそうに、うなづいた。
「これは、少々困ったことになりましたね」
コミータは生真面目にそう漏らしてから、横に立ったロィープを見上げた。
「いや、俺もどうするか迷っている」
「電子網を張ったのは、確実に、空の上の電脳イマジロイドよ」
ユージエが補足する。
「だろうなぁ。だから、困っているんだが。コミータ、君らはアレを利用出来るのかい?」
「簡単に。むしろ、我々が使居やすいようになってますね。まるで電脳イマジロイドホイホイといったところでしょうか」
コミータ、真面目に答えた。
「なるほど、わかった。ここに入る電脳イマジロイド達は、ロホーープ・ロータの支配を受けてしまうということだね」
「そうですね。ヴィバロ傘下に収まり、充臥内に移住する者たちも多いと思います。しかし、それが罠となりますね。破壊していただけますか?」
ロィープは少し考えた。
「いや、このままにしておこう。その代わり、スター・ユニオンは充臥に入らないように、指示をたのむ、コミータ。俺たちも、その前に、やっておくことがあるから」
「わかりました」
コミータは一礼すると、部屋からでて事務所から帰って行った。
「貴様、許さん!」
二人だけ残されると、ウージエは怒りに染まった顔をロィープに向けた。
「あはは、あ、おれも用事あったんだ。またな」
ロィープは露骨に逃げ出した。
夕方も過ぎた早朝、ロィープはウージエは、充臥をうろつき回っていた。
まだ、会社も終わらないというのに、客の数は雑踏と行って良いほどに満ち、歓楽街は賑わっている。
「で、いつまでフラフラとしてるのよ?」
ユージンは、待ち疲れていた。
ロィープは脇を歩いていた青年に手を伸ばすと、グロッグをこめかみに向け、同時に引き金を引いた。
青年は銃声とともに倒れる。
辺りの酔客が、響いた銃の音に驚き、しゃがみ込んだり走って逃げ出したりした。
「……やっぱ、こっち使うべきかなぁ?」
ロィープはジャケットの上から脇にぶら下げた鉈をさする。
「いいなりかよ、おい! ちょっとぼーとしすぎなんじゃない!?」
「そうかなぁ……」
すぐに、ヴィバロ・ファミリーの構成員が飛んでくる。
ロィープには、一目でわかる。
三人に一人は、電脳イマジロイドだ。
「……俺は電脳イマジロイドだけを狙うから残りは頼んだよ」
今更、鉈を抜き、ロィープは辺りに集まりつつある、ヴィバロのイマジロイド達の中に駆け込んで行く。
「おい、無謀だろうが!」
ウージエの声も届かない。
昨日から、ロィープの様子が変だったのは感じてはいたが、ここまで無茶をするとは思わなかった。
構成員たちは拳銃を手に、ロィープを狙って撃ち始める。
ロィープは充臥の電子網を利用して重複した電磁シールドを作り、弾丸を当たる手前で、失速させ、バラバラと路上に転がしていた。
鉈を振りかざして、一人の電脳イマジロイドの首を横薙ぎで斬り飛ばす。
彼には、コミータが教えてくれた方法を使うまでもなかった。
ウージエが円を描くように走りながら、ロィープの周りにいるイマジロイドを両手に持ったベレッタの三点バーストで撃ち砕いていく。
二人は囲まれないように動いてはいたが、数が違った。
地形は知り抜いているので、有利になるようにウージエが先頭を走り、追うイマジロイド達を、ロィープがついでだとばかりに、斬り割る。
もっとヴィバロの連中を引き出すために、途中途中で、建物に手榴弾を放りなげる。
派手な爆発音が、彼等を呼び、さらに追ってくる人数が増える。
「おーおー、なんだよ、何事だよ、これは」
駆け抜けるイマジロイド達を尻目に、ダボダボのシャツを着てホットパンツ姿の、眠たそうな少女が、面倒臭そうにつぶやいた。
ポペットだった。
彼女は緊急事態だと言うので、ロィープから譲り受けた区画を守るため、サロールのファミリーを連れて充臥に到着したところだった。
どうしましょうか、と部下に尋ねられたポペットは、自分の区画だけを守るように戦闘員を配置しつつ、残りはロィープとユージエに味方するように命じた。
「なんかしらないが、そうするのがいいだろう」
適当な感をぬぐわぜずに、自分一人で納得してうなづく。
さすがに二人は息も荒く、肩を上下させて汗だくだった。
動きも鈍くなるが、それでも、ヴィバロのイマジロイドに襲い掛かることをやめない。
そこに、明らかに、服装から違う一団が加わってきた。
「サロール・ファミリーが、救援に来たぞ! 相手を間違えるなよ!」
彼等の一人が叫んで、宣言した。
「おやぁ、意外なのが来たなぁ」
突き立てた鉈に寄りかかり、ロィープは苦笑するようにつぶやいた。
返り血にどっぷりと浸かったその姿は、鬼気迫るものがある。
サロールのイマジロイドが、ヴィバロを相手に銃撃戦を始めた。
「無事ですか、ロィープさん!?」
周りから散会していったヴィバロ・ファミリーが開けたスペースに、彼等の一人がはいってきて呼びかけてきた。
「あー、元気よ元気。それより、いくらなんでも、ヴィバロのところのを殺っちゃうのは、おまえらが不利になるんじゃないのかい?」
「そーでもない」
いきなり、背後から少女の声が投げかけられた。
振り向くと、偉そうな態度でポペットが、傍に立っていた。
「とりあえず、事情を聴こうか?」
弾丸が飛び交う中だというのに、ポペットはまるで危機感もなく堂々と、面倒臭そうにしていた。
「ああ、あとでにしてくれ。とりあえず、ヴィバロの電脳イマジロイドを全滅させる」
「なぜ、ここにだけと、わかる?」
「それもあとにしてくれ」
二人は意図せずに苦笑しあった。
「なら、一仕事させるか」
ポペットは、部下に電脳イマジロイドを集中して倒せと命じた。
銃撃は、明らかに集中しだし、身体をに傷を負っても平気な電脳イマジロイドが、頭部を狙われ、撃ち倒されてゆく。
やがて、ウージエとサロール・ファミリーに挟まれ、再び鉈をもって突撃したロィープは、電脳イマジロイドが見当たらなくなったことに、気がついた。
「……よし、完了だ。撤収するよ!」
ロィープが声を張り上げて伝えるとそれぞれが、援護しつつ、サロール・ファミリーの縄張りに収まるようなった。
そのまま区画を通り過ぎ、彼等は充臥から脱出していった。
ロィープはポペットの事務所に招かれた。
執務室に戻った少女は、反対側に向けた椅子に体重を掛けて、満足げな大きい息を吐いた。
「でぇー、ウチのシマの話はどうなったんだ?」
ユージエとソファに座ったロィープは、表情も崩さずに同じく、ひと息ついた。
「変わらないから安心してよ」
「さっきの騒ぎは?」
「……ウチがヴィバロに取って変わるための準備さ」
「具体的に説明してほしいなぁ」
「つまりは、ヴィバロの支配する充臥から電脳イマジロイドを一掃してやったんだ。理由は、二つ。新しい主人として、充臥の電脳イマジロイドはスター・ユニオンだけにする。
そうなれば、実質スター・ユニオンを裏で支配している俺たちホロープ・ファミリーが充臥を支配できる」
「ほぅ……。なるほどねぇ」
ポペットは感情が伴わない相づちを打った。
「それってなぁ、結局、ヴィバロが何の手も打たずに、黙って見ているのが必須条件だとおもうんだけどな。違う?」
「そのための考えはある」
「どんな?」
「まだ言えないな」
「……やれやれ」
ポペットは面倒臭げに意味も無く袖から出ていない片腕を左右に振った。
「あたしが信用できないというなら、関係はここまでかなー?」
「あんたらが、そう言うなら、仕方がないかもね」
「ちょっとでも状況を把握させてもらえればいいんだよ。今回みたいな事件が蚊帳の外じゃ、あまりにファミリーとしてみっともない」
「なら、宣言してほしいな。ホロープ・ファミリーの傘下に入ると」
ロィープの言葉に、ポペットは軽く嗤って、皮肉な笑みを浮かべる。
「清々しいまでの正体の現し方だな」
「ヴィバロ襲って、今更何を隠し立てするってのさ?」
「もう少し、飾ってほしいものだと思ったんだよ、立場上ね」
「サロール・ファミリーは実力がある、トップに立とうという野望の手助けをして欲しいんだ、といううやつか?」
ポペットは、ケラケラ笑った。
「まー、それでもいいんだけどさぁ。ロィープらしくなくてなぁ」
「悪かったね、爽やかさが無くて」
「珍しいものみれた。楽しかったよ」
「ひとをおもちゃにしないでほしいなぁ」
「悪い悪い、ついね。で、聴かないほうがいいんだろう?」
「そうだねぇ。それで、頼みがある」
「それだよ、いつものロィープは」
「ああ、やっぱり?」
ロィープは苦笑した。
「で、いつも通り、期待していいんだろうね?」
ポペットがからかうとも本気ともつかない声を出す。
「良いよ。上げるのは、ウチのファミリーがトップになったら、ナンバー2にするってのでどうだい?」
「……無理難題のレベルが一気に上がってる気がするんだけどな、その条件」
ロィープは、どうだろうか、とでも言うように、首をかしげた。
「ナンバー2の組織を潰すのに、そんなに難しいことがあるの?」
「とんでもない難題だよ!」
ポペットは即答していた。眠そうな顔が、珍しく必死そうなものに変わっている。
「ほら、一緒に充臥で暴れたじゃない? あれだけの気概があれば、大丈夫でしょう?」
「……アレは、言いたくないが、ほぼおまえらが居たから、どうにかなったんだよ。事情が違う、事情が」
「断るかい?」
ポペットは、恨みがましそうにロィープを見て、何か言いたそうな口に力をいれて黙った。
ロィープが代わりに口を開く。
「まぁ、潰せとはいったけども、実質抗争状態かなにかで、動きが取れないようにしてくれればいいんだ。ウチはまだまだ、忙しくて手が回らないんだよ」
しばらく考え込んでいたポペットは思いついたように、表情を明るくした。
よく顔に表れる性格の相手である。
「いいだろう。引き受けた」
ロィープは突然の変化に、訝しげながらとりあえず、うなづいた。
一つ、わからない事がある。
いや、わかってはいるが、出来れば信じたくないのだ。
ロィープが途中で乗り物を買わず、徒歩だったのはそのためである。
彼は、住宅街にある迷路のような狭い路地を進んだ。
古い民家までやってくると、裏口に回って、インターフォンを押す。
出てきた青年に金を渡すと、電子キーの番号を教えられる。
中に入ると個室が並んでいて、ロィープは番号を音声入力して電子ロックを外す。
ネット・ターミナルで一人になると、ロィープはデッキの操作をはじめた。
電脳フォーラムに繋げて、彼等の様子を見る。
話題は充臥のことがメインだった。
思惑通りになったと、ロィープは安心した。
なんとかログも併せて、彼等が充臥に関心を寄せる理由を探る。
ロホープ・ロータの噂から、どうにか話の端を掴んだ。
どうやら、彼等高等電脳イマジロイドは、ビカーズのフーリー・プッカーラから圧迫を受けているらしい。
あちらではあちらで、人間とイマジロイドとの差別が激化していた。
ロホープ・ロータの組織化も、人間対策が理由でできたとのことである。
いくら高等だとはいえ、電脳イマジロイドは人間にはかなわないようだった。
考えたくなかったが、どうやら人間も地上支配を再考しているらしい。
これは、急ぐべき案件といっていいだろう。
ロィープは、デッキの電源を切った。
ポペットはベントレー・ミュルザンヌに部下とともに乗って、集合増築住宅まできていた。
続いているオリジナル・ヴァンは四台になり、ボスの用事が済むのを、路肩で待つ。
「噂には聞いていたが、酷いもんだ……」
車を降りると、長い袖を揺らしつつ、薄暗い中を進む。
各地に散らばっている、数階限定のカーゴを乗り継ぎ、目的の階に降りると、メインの通路から外れたところに入り、細い一本の道を見つけた。
暗号のロックがかかった分厚い扉が目の前に立ち塞がるのを、解読機で開く。
「何枚あるんだよ……?」
三つ目の扉を目前にして、ポペットは呆れたようだった。
「もう、ぶっ壊したい……」
へたるような態度を見せる彼女の前で、勤勉な部下が辛抱強く解錠する。
やっと、広い空間にでたので、ポペットは安堵の息を吐いた。
ミィサは寝ていたが、ひとの気配で目をさました。
見ると知らない少女が、大人のイマジロイドを四人連れて、部屋の中を探索していた。
「……何の用かな?」
相変わらず金網の上にいる彼女は、足の下の少女達に声をかけた。
見上げたポペットは、ミィサをみとめてニッコリと笑んだ。
「はじめましてだね、ミィサ。アタシはサロール・ファミリーのポペットという者だよ。よろしく」
「なんだー、マフィアかぁ。あまり興味なんすよねー、ねぇさん」
ミィサは完全な素面だ。
「そう嫌われちゃ、話がしづらいじゃないか。ちょっとは、興味もってほしいなぁ。例えばさぁ、今日は何食べたとか? 好きなアニメとか?」
「それは関係無いっすよ」
頭をかきながら、ミィサがツッコむ。
「興味ある話を持ってきたつもりだけどねぇ」
「どんなのさー?」
訊いておきながら、ミィサは、金網に大の字で仰向けになった。
ポペットに気にした様子はない。
「正直な話、ミィサはロィープのことをどうおもってるんだ?」
ミィサは無言で答えない。
「邪魔だと思ってるか? それともどうでも良いか? 兄として慕っているか? どれだ?
「……つまんない用できたんだねぇ」
しばらくたって、ようやくミィサが答えてきた。。
「何も考えてないよ、あんなの相手に」
「なら、ちょうど良い。アタシは、君の腕に惚れてねぇ。是非ともウチに入ってもらいたいんだ。そのために新しい役職も作るぞ?」
「ゴッコ遊びみたいだねぇ。面白そうだから、ちょっと聴いてみたい」
「たとえば、特別最高顧問とかかな?」
ミィサはゲラゲラ笑った。
「まさかの! 本当だった、びっくりだ!」
「不満かい?」
「アタシは、縛られるのが嫌いなんだよ。組織になんて入りたくない。ただ、あたしのところにきたってことは、おねーさんたち、何かやるつもりでしょう? 報酬くれれば、手伝うよ」
仰向けからうつ伏せになって、少女らを見下ろした。
「金か……あー、そういえば、言い忘れていた。ロィープな、もしかしたら、トッブ組織の実質ナンバー1の地位につくかも知れないぞ?」
「……どういうこと?」
「つまりは、雲の上の人物になるということだな。おそらく、現実界での名前も変えて、直接には滅多に存在を現さなくなる。というより現わせなくなる。ヴィバロの連中が良い例だ」
再び、沈黙が返ってきた。
「もちろん、我々マフィア組織に入っていれば、まぁウチは実質ナンバー2の組織に認定されたのだが、接触は可能だ」
「……それだけを、言いに来たわけ?」
やや不機嫌そうな、声が上がった。
「いや、実は君に協力してほしいことがあってね。元組織ナンバー2であるルークソ・ファミリーを潰すのを手伝ってほしいんだよ」
「なら、最初に言ってよ。そういう案件なら、乗るよ」
一変して、ミィサは上機嫌になった。
「その代わり、アタシの言う調合剤を手に入れてきてほしい」
「お安いご用だとも」
ミィサが四種類ほどの調剤名と量を上げていった。
「いつまで必要だ?」
「今」
「よし、十分、待っていろ」
ポペットは、部下に命じた。
彼は携帯通信機で品を注文する。
ミィサは待つ間、ポペットからルークソ・ファミリーの情報を色々と聴いていた。
というより、ポペットが一方的に喋っていた。
「潰したいなら、アタシに先陣を任せてもらいたいなぁ。きっと手早く済むよー」
彼女は右手を握ったり開いたりを繰り返していた。
フレールに素面で慣れるためだ。
痛みもなく、身体の中の違和感も消えていたが、どこか意識と乖離した感覚がある。
”またたび”をやっているあいだは、全能感が全身を支配しているので、問題ないが。
すぐに十分が経ち、箱に詰められた薬品類がポペットの部下が運んでいた。
箱ごと金網の端から上に放り込むと、ミィサがキャッチする。
彼女は鼻歌を歌いながら、中身を出して転がっている何十個もの圧縮注射器に、適量ずつ混ぜて行く。
早速、首筋に当てて二本分打つ。
酩酊するほどの快楽が、身体の隅々にまで染み渡り、ミィサは自然と弛緩した笑みを浮かべていた。
「あーあー、これから行くんだけども、そんなんで大丈夫なのかい?」
ポペットが呆れ半分に心配する。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。むしろー、こっちのほうが調子でるからー」
微妙に呂律が回ってなかったが、素早く起き上がった動きに無駄はなかった。
「さあ、行こう。どこにでもつれていってよー」
上機嫌にガンベルトを締めて新しい刀を腰に差すと、金網から降り立つ。
ポペットはうなづいた。
「じゃあ、ついてこいよ、ミィサ」
彼女らは、集合増築住宅からでて、外の車に乗り込んだ。
ルークソ・ファミリーの事務所の屋根に、ミィサは飛び乗っていた。
指向性爆弾を六つ。屋根の上に置くと、隣の家に移る。
起爆スイッチを押す。
派手な煙が上がり、爆発音が鳴り響いた。
屋根は砕けて全てなくなっていた。
事務所を囲んで居たポペットの部下達が、一斉に突入する。
屋根のなくなった事務所の最上階はすさまじい量の埃を溜めて、吹き上げていた。
「あれじゃぁトドメが打てないじゃないか……」
自分でやっておきながら、彼女はぶつくさ文句を垂れる。
渡された無線機に、部屋を制圧するたびに報告が入る。
奇襲は成功のようだった。
ミィサは座り込むと、黙って報告の声を聴いていた。
サロール・ファミリーは確実に事務所に残っていたルークソファミリを駆逐していっているようだった。
ポペットは、ボスであるラフィージュの安否をしきりに確認していた。
『見当たりませんが、最上階にで埋もれているかもしれないです』
やり過ぎたか。
ミィサは、少し心配になった。
『掘り出してでも探せ』
ポペットが命じる。
ミィサはやることがないので、呑気に大の字になって空を眺めた。
雲がぽつりぽつりとしかない昼間の上空には、星とは違う輝きが満ちていた。
電脳再ロイドと、人間のものだ。
兄はなにをしようとしているのだろう。
ふと考えた。
彼は自分がマフィア組織に入ることを喜ばないだろう。
だが、それでいて、自分は高みに登ろうとしている。
結局、棄てられたままなのだろか。
ならば、こちらも自由にさせてもらうだけだ。
『こちらα、ラフィージュの死体を確認しました』
結局、ルークソのボスは、屋根の下敷きになって息絶えていたようだった。
ミィサは携帯通信機に教えられていたポペットの番号を入れた。
『どうした、ミィサ』
「ああ、特別最高顧問の席、まだ空いてるかなっと思ってさ」
『もちろん、君のための席だからね』
「じゃあ、正式に要請を受けるよ」
『待っていたよ、ミィサ。これでウチも箔がつくってもんだ。帰ったら、歓迎会でも開こう』
「ああ、それは遠慮するよ。このままアタシのネグラに帰るから」
『そうか。なら、この前行っていた調合剤、たっぷり送っておくよ。これからよろしくね』「こちらこそ」
通信を切り、ミィサは屋根伝いに歩きだした。
ユージエからルークソ・ファミリーの事態を聴いたロィープはくすり、と鼻で笑った。
「ポペットも、ただのマフィアじゃなかったか」
「それで、未確認の情報なんだけども……」
事務所のユージエの部屋で、相変わらずデッキ前に座りながら言う。
「ミィサらしきコが参加してたらしいのよね」
「ミィサが!?」
ユージエの予想通り、ロィープは感情を表にだした。
「まあ、落ち着きなよ。話しづらいじゃないか」
彼女はなだめる方な笑みを浮かべる。
「あ、ああ……悪い」
ロィープも自覚があるらしく、顔をわずかに染めて反省している様子を見せる。
なぜ、顔が紅くなるのか、ユージエにはよくわからなかったが。
「酒でも持ってこようか?」
「いや、いらない。続けてよ」
ユージエは何か言いたそうだったが、すくい上げた情報を口にする。
「で、ミィサなんだけど、サロール・ファミリーの特別最高顧問になったって」
ロィープは、しばらく無言で最後に、大きくため息を吐いた。
「滅茶苦茶だ、あいつ……」
「兄妹、遠慮無しに会えるようになって良かったんじゃないの?」
「俺には、資格がないよ。あいつと普通に関わる資格が」
珍しく、彼は弱気になっていた。
「ミィサもそう思ってるんじゃない?どちらかが歩み寄らないと、ずるずると引きずることになるよ」
「仕方がないんじゃないか」
ユージエはやれやれと頭をかいた。
「なら、こういうのはどうだ? ホロープ・ファミリー実質ナンバー1の弱点が、ミィサだってことになると、易々とつけ込まれる。手を打っておきなよ」
ロィープは黙った。
ユージエの二回目の言葉には、あまりに現実味があったからだ。
「俺はどうでもいいから、ミィサは助けたい」
「会ってくるんだね。恨み辛みでボコボコにされなさいな」
「……わかった」
「つか、サロール・ファミリーも粋なことをするねぇ」
ロィープはユージエの言いたいことがすぐにわかる。
彼女は、ホロープ・ファミリーに対しての人質という面もあるのだ。
早速、弱みを握られた訳だ。
話として納得したロィープだか、どうアプローチを掛けて良いか、わからなかった。
ロィープはその日の深夜、充臥にあるビル屋上に立っていた。
横にはヘッディリとウージエがいる。
「で、こんなところに連れてきて、どうしようと言うんだ?」
ヘッディリは、あくびをした。
寝ているところを叩き起こされたためだ。
「まぁ、見てなよ」
わざわざ、デッキを使うまでもなかった。
充臥の電子網は、ほぼ巨大な電脳システムと行って良いのだ。
ロィープは、ジークスパをモデルにした犯人と事件の再現データを人間達、フーリー・プッカーラに送り付けた。
彼等は突然、連続殺人鬼が現れたことに驚き、イマジロイド全般に嫌悪を強くする。
情報化された彼等の行動は早い。
早速、フーリー・プッカーラはイマジロイドを天空情報空間から追放することを決定した。
ロィープは主にロホープ・ロータ以外の電脳イマジロイドに呼びかける。
『充臥が一時の避難場所となります。遠慮無くお越しください』
彼がそう言った途端だった。
星のように瞬いていた情報集合体である、電脳イマジロイド達が、一斉に光の尾をひきながら、地上に降り注いで来たのだ。
それは光の雨として充臥にいた者たちが思わず心奪われるほど、美しい光景だった。
天空のイマジロイド達は充臥に溶け込むようにして、電子網の中に収まった。
『どういうことだ、ロィープ! 貴様の仕業だろう!?』
スムービから、怒りの通信が入った。
まるで、空間がディスプレイのように、彼の顔が半透明に映しだされる。
「スムービ、協力して欲しいことがあるんだ。手伝ってくれたら、充臥で自由にしていい」
『何が手伝って欲しいことだ! 貴様今、電脳イマジロイドを人質に取って言ってるいるだろう!?』
彼の背後で、光の滝はますます光量を上げて、充臥に降り注ぐ。
「さぁ、それはどうだかわかんないよ」
ロィープは堂々として、適当さを丸出しにとぼける。
『まあいい、頼みというのは何だ?』
スムービが譲歩してきた。
「充臥はマフィアの街だ。どうか、ホロープ・ファミリーに入って欲しい」
相手は鼻で嗤った。
『下等イマジロイド共の風下に立てというのか? お断りだ。我々は、おまえらの傘下に入らずとも、充臥を乗っ取らせてもらう』
ロィープは驚きもせず、残念だとでも言うかのように、軽く両手を広げた。
「そういう選択かい。それならそれでいいけどもね。後悔するのは、そっちだよ」
『地が出たな。楽しみにしてるよ、その後悔ってのを』
スムービは通信を切った。
「よし、やるよ、ヘッディリ」
「何をだ?」
「スムービ狩りに決まってるでしょうに」
「結局、殺るのか」
ロィープはうなづいた。
近くで気配がしたが、彼等が注意を向ける前にすぐに消えていった。
「ここは俺らが担当だ。ヘッディリは、ヴィバロのところにいってくれるかな?」
「なんだと? 俺だけ蚊帳の外かよ!?」
「違う。あんたが充臥の主になったって、宣言しに行くんだよ。できるだけ平和裏にマフィア・ファミリーのボスの座を乗っ取りたいんだ」
ヘッディリは複雑な気分だという様子を見せた。
父との確執もある。大人しく落ち着いて話し合いができるか不安だった。
「もう、空の電脳イマジロイドの大半が落ちたところだ。スムービもすぐくる。行ってくれ、ヘッディリ」
「……わかった」
彼は覚悟を決めて、その場を離れた。
「さあ、最後の仕上げだ、ユージエ。スムービだけを狙うよ」
ユージエは七節棍を片手に持って、うなづいた。
充臥の客達は、落ちてくる光のシャワーに、立ち止まって目を奪われていた。
「なるほど、こういう仕掛けか……」
スムービは、淡々とつぶやいた。
彼が充臥に降りてきた時、自動的に電脳イマジロイドの身体が与えられていた。
ジャケットとスラックス姿で、手元に武器になる者は無い。
場所は、充臥の中央辺り。
酔客がちらほら見えるが、天から落ちたイマジロイドの姿は見えない。
「やぁ、スムービ」
通りのかどから、少年が一人、現れた。
反対側からは少女が。
ロィープとユージエである。
少年は、ジャケットの裏から、長い刃の鉈を抜いた。
「悪いけど、協力出来ないというなら、消滅してもらうよ」
「……随分と、強面になったもんだな、ロィープ」
「そうかな? まぁ、俺もマフィアの一員だからねぇ」
スムービが電脳を使うかどうか静かに動向をうかがいながら、ゆっくりユージエと合わせて一歩一歩近づいて行く。
彼がアクセスしたなら、一気に襲い掛からねばならない。
相手は、強力な電脳能力をもっているのだ。
出来れば隙をうかがって先制で攻撃したいものだったが、下手をすれば即、電脳にアクセスするだろうこともわかっている。
問題はどの瞬間で、その時が来るかだった。
とたん、三人の横合いから、小さな青い影が跳び込んできた。
「ミィサ!?」
ロィープが驚き声をだした。
スムービは、彼女に向かって首を曲げる。
ロィープがが舌打ちしながら、とっさにスムービとの間合いを詰める。
ユージエも、十分、近づいていた。
彼女の七節混が、うねるように振られる。
右手で握ろうとしたスムービは、とっさに身を反って七節棍の一撃から逃れた。
彼の電脳が、七節棍の先端に指向性爆薬が仕掛けられていることをしらせてきたのだ。
すぐ背後に四重の電磁フィールドを張る。
ユージエは、一旦七節棍を引いた。
同時に、電子の刃とも言うべき輝く剣が、スムービの右手に伸びた。
ロィープとミィサの斬撃を、右手の剣一振りで払いのけた。
跳び下がったミィサは、再び鞘から抜いた刀で、後背から後頭部を狙った軌道を描かせる。
横を向き、刀を光の剣で受け止める。
隙が出来た背後に、七節棍が曲線を描いて伸びてくる。
再び、スムービはフィールドを張る。
だがそれも迂回して、棍の先端が襲い掛かる。
彼は舌打ちして、四重のフィールドを破り、ユージエに一気に近づいた。
七節棍は、あっという間に一本の棒のように並び、スムービに突きを放つ。
光の剣を振るうと、七節棍は途中から切断された。
スムービに、ミィサが走り込んで、体当たりをする。
長身の男は意外に軽々と、吹き飛んだ。
ぶつかった瞬間、スムービの脇を刀がえぐったのだ。
痛みがある様子でもなく、すぐに態勢を立て直したスムービに、ロィープが鉈を上段から振り上げてきた。
「図に乗るな!!」
スムービは怪我も構わずに腰を捻らせて、ロィープの胸に剣を突き出す。
ぎりぎりのところで、剣を下に打ち払ったロィープは、しゃがんで足を横薙ぎに狙う。
軽く飛び跳ねて避けたスムービに、ロィープの背を足がかりにしてミィサが刀を横にためて跳んできた。
着地寸前のところでスムービは、何とか横からの斬撃を受け流した。
そのまま光の剣を滑らせて、ミィサの胸部に剣を突き立てた。
ミィサは呻き、口から血をながして、後ろに倒れる。
「ミィサ!!?」
ロィープはとっさにその場から後ろにさがって、ミィサの頭の近くにきた。
彼女は、満足げな表情をして微笑み、Vサインをみせた。
「大丈夫か!?」
何か喋ろうとして、ミィサは水泡の入った血を吐いた。
「スムービィィィイイイイ!!」
怒りに我を忘れ、ロィープはスムービに駆け込んでいった。
「ロィープ! 無茶だよ!」
ユージンの叫びも無視して、ロィープはやたらめったらに、鉈を振り回す。
さすがに、勢いに押されかけつつ、スムービは全て自分の剣で弾き返していた。
「妹が、そんなに大事だったか? ロィープ」
スムービは余裕な笑みを浮かべて、ロィープを煽る。
「うっせーんだよ!」
ロィープは叫んだ。
「にぃやん!」
突然、ミィサの声がした。
思わず振り向いて彼女を見ると、すぐ傍を切断された七節棍を持ってすり抜けていった。
ロィープは、再び鉈を振り回し、スムービの動きを拘束すると、出来た隙にミィサが三節しかない棍の先端をもち、頭部に叩き付けた。
指向性爆弾が爆発し、スムービの頭部が弾けて粉々に飛び散る。
胴体だけになった、彼は膝から崩れ落ちるようにして倒れた。
ミィサは、爆発に巻き込まれた右手を失い、口からも血を吐いていた。
「ミィサ! ここはもう終わった、早く病院に!」
「待って、にぃやん、これからが問題なの」
ミィサは、なんとか声にだして伝えた。
左手で、ポケットから圧縮注射器をとりだし、首に打つ。
右手の傷口が泡立ち始めたのが、とたんに鈍くうごめく程度になる。
「バイオ・パラノイドか……」
見ていたロィープは、何事かを悟った。
下手に怪我をすると、バイオ・パラノイドが自分の肉体として、その部分を乗っ取るのだ。
「……そろそろ、良いと思う。調度時間かもしれない」
ミィサは何を伝えようとしているのか、一人でつぶやいた。
「ミィサ、大丈夫?」
やってきたユージエも心配げに彼女を抱き留めようとする。
優しく彼女を押しのけて、ミィサは二人に向いた。
「見てて……」
彼女はそのまま、路地に四つん這いになり、動きを止めた。
身体が鈍く光り、背中に綺麗な線が一本走った。
ゆっくりと、線は開いて行き、中から肌色の身体が盛り上がってくる。
ボブカットの髪は濡れたように乱れて、一糸まとわぬ少女が、四つん這いの身体を抜け殻のにして、新たな身体を剥きださせた。
ミィサは立ち上がると、ニッコリと二人に笑った。
「……実験は成功……」
言うと、ゆっくりと抜け殻が来ている服を剥ぎ取って、着出す。
「ミィサ、どういうことだ?」
「こういうことだよ、にぃやん」
言った途端、充臥の明かりがいきなり、全て消えた。
ロィープもユージンも驚き、辺りを見回す。
「さあ、にいやん、宣言して。明かりはそのあとに戻すから」
すさまじいまでの電脳支配力だった。
今、充臥の頂点に立っているのは、間違い無くミィサだった。
「……なにを宣言するのさ?」
「自分の参加に入らなきゃ、電子は使えないぞってだよ」
ロィープは一瞬だけ、複雑な表情をみせたが、すぐにいつものものにして、電脳ネットワークにアクセスした。ネットワークは通信機能だけが生きている状態だった。
『充臥に降りてきた諸君、我々ホロープ・ファミリーが歓迎する。君たちはこれから我がファミリーの庇護下におかれる。不満があるものはそのままでいい。電子ネットワークから追放するまでだ』
次々と飢えたように、天上から降りてきた電脳イマジロイド達が、ロィープの条件をのんで。ホロープ・ファミリーへの忠節を誓っていった。
十分も立たずに、ほとんどの電脳イマジロイドが集まった。
「ミィサ、もう良いだろう」
ロィープに言われ、ミィサは充臥の電子網を復活させた。
兄妹は、それからしばらく無言だった。
気まずい空気が流れる。
先に口を開いたのは、ロィープだった。
「さっきのはなんだったんだ、ミィサ。脱皮みたいに見えたが……」
「バイオ・パラノイド使って、肉体改造してたんだよ。アタシはいま、ただのイマジロイドから、電脳イマジロイドになったんだ!」
ニッコリと笑む。
「……これでアタシも、にぃやんの役に立てるかな?」
少し顔を赤らめて、ミィサはロィープの目を見つめた。
「おまえ……そんなことのために、バイオ・パラノイドを飼ってたの……?」
「……だって……」
ミィサはそれ以上の言葉を飲み込んだ。
ロィープはため息をつくと、ミィサの頭に手を置いた。
「今までごめんね。本当は、おまえにマフィア世界に関わって欲しくかなったんだけど、こうなるともう何も言えないなぁ。ごめんね、ミィサ」
ミィサは首を激しく左右に振った。
「いいの! アタシはにぃやんの役に立てれば、それで幸せなの!」
「……ミィサ……」
離れて見守っていたユージエは、ニタニタとしながらも、心の奥底で安心した。
やっと、この二人は誤解を解ける状態になったのだ。
「二人とも、尽きる話はあるだろうが一旦、事務所に戻ろう」
振り返った二人は、それぞれにうなづいた。
ヘッディリは、ヴィバロ・ファミリーの事務所にいた。
客間のソファにすわる彼の正面に、三つ揃いのスーツを着た壮年の男がコーヒーに口をつけていた。
「話はわかった」
ヘッディリの要請を一通り聴くと、ファミリーのボスであり、ヘッディリの父であるシカゲは答えたが、うなづくなどの仕草は一切なかった。
「父さ……シカゲさん、もう、充臥はあなたの物では無くなった。出来れば大人しく引退をしてほしいのですが……」
ヘッディリは、わだかまりとともに気圧されるとことがあって、はっきり判断を迫ることが出来なかった。
「私は、おまえがマフィアの道に入ることを望まなかったのを、知らない訳ではないだろう」
「はい」
「おまえに、それだけの覚悟があるのか? 充臥を支配すると言うことは、兎瞬を支配するのと同じことだぞ?」
「わかっています」
しばらく、シカゲは黙った。
そして、やっと口にしたのは、疲れて脳内でなにかを回顧するような表情をみせながらだった。
「電脳イマジロイドの街か……変わったな、私の時代とは。最後までやれるとは、思ってたんだがなぁ。どうやら、世代交代か……まぁ、どこのウマの骨とも知らない奴よりは、おまえの方がいいか」
半分自分に言い聞かせるようにいい、彼は席を立った。
「あとは自由にするがいい。ヴィバロ・ファミリーは今日をもって解散させる」
ヘッディリは緊張と安堵で、身体の力が抜けた。
彼を見下ろしたシカゲは、笑った。
「おいおい、そんな様子でどうする、ボス」
「しっかりさせてもらいますよ、まかせてください」
ヘッディリは多少混乱しつつも意気込んで言った。
シカゲはまた笑い、うなづいた。
「さてと。私は女のところにでもいくよ。おまえも帰れ」
彼は言うと、一人で部屋を出て行った。
何十年ぶりかの親子の再会は淡々としたものでおわった。
ホロープ・ファミリーの事務所にもどったのは、調度、四人だった。
「ヘッディリ、そっちは上手くいったの?」
ロィープが目に入ったその瞬間に尋ねてきた。
「ああ、親父を納得させたよ。そちらは?」
「万事、思惑通りだよ」
ヘッディリは、うなづいて、ソファーに座った。
「とうとう、俺たちは、充臥の支配者となったぜ? あとは、おまえらが持ってきた俺の署名入り虐殺事件だが……」
「ああ、あれはヴィバロの仕業だよ。君の名前を使ったところが、シカゲの思いがどうだったかがわかる」
そう言われても、ヘッディリにはさっぱりだった。
「どういうことだ?」
「やるなら、やってみろっていう、挑戦だったんだとおもうね。で、犠牲にされるのは、君だったんだよ、ヘッディリ。離そうとしても、まだ何かしらわだかまりは有ったんだろうさ。利用させてもらったが」
ヘッディリは、シカゲを思い出し、複雑な思いに駆られた。
ウージエが、ビール缶を四人分、持ってくる。
受け取ったヘッディリは、ふと少女に目をとめた。
「見慣れないコがいるがな?」
「ああ、その子は、ロィープの妹で、ミィサだ」
ユージエが代わりに紹介する。
「聴いてる聴いてる。ポペットのところに入ったコだな。まさか、ロィープの妹だとは思わなかったよ」
「思いたくないのが現実ですがね」
ロィープは皮肉げに言う。
「何よ、何だよ、何なんだよ、文句あるなら、はっきりいってよねー」
ミィサが、口をとがらせる。
「まぁ、いいんじゃないのか」
「よくないー! 酷いんだよ、うちのにぃやん!」
糾弾するように、ミィサがロィープに指をさす。
「なんだよ……?」
ロィープは被害者面する。
「比べるのなら、冷蔵庫に入れてあったアイスを勝手に食べるぐらい、罪深い!」
「いいじゃないか、それぐらいなら……」
「食べ物の恨み並に、罪深い!」
「ああ、謝るよ、申し訳ない」
「謝って済むなら、警察いらない!」
「いい調合師を紹介するよ」
「なら、問題ない! セーフ!」
「良いのかよ……」
つい、ヘッディリがつぶやいた。
マフィアの頂点に登ったというのに、この軽い空気はなんだと、彼は思った。
少年少女たちがわーきゃーいうなか、ホロープ・ファミリーらしくていいかと、納得した。
どんな組織にも雰囲気というものがある。
ウチらはウチらでよいのだ。
ヘッディリは笑って、彼等の様子を眺めて、言った。
「ロィープ・ファミリーに乾杯だ」
全員が同じく繰り返し、プルを開けて疑似アルコールのビールを一気に飲み込んだ。
了
ロィープ・ファミリー 谷樹里 @ronmei
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