2.理想と現実
世界の終末が訪れたら、僕はどうするか。パンデミックでもいい。ハリウッドの超大作のような、宇宙人が攻めてきて今日世界が終わるとしたら、僕はどうするだろうか。
絶対に、なりふり構わず、一番大切にしたい愛しい人に会いに行くと、僕は決めている。しがらみや、年齢や、距離や、世間体や、立場や、そういったことは一切かなぐり捨てて、一番の人に会いに行って、そこで僕の見ている世界を終わりにしたい。
そう思っていた。
現実は無常だ。ゾンビが街に現れた時、僕には一番大切にしたい人なんかいなかったんだ。友達や、家族や、そういう大切な人はいたけれど、今ももちろん健在だけれど、全てを捨てて会いに行きたいような人は、残念ながらいなかった。
今だって、いないわけだけれど。
ゾンビが日常に入り込んできて、僕の頭の中のシミュレーションはガラガラと音を立てて崩れてしまった。
今にも襲われそうな人を助けて「ここが現実なんだよ!」とのたまい、颯爽とその場を後にする。そして、愛しい人の隣で「こんな世界だけど一緒に生きてほしい」とかそんなことを言いながら、どうにかこうにか生き延びる術を探してサバイブする。何度も何度も思い描いていた脳内シミュレーションは完璧だったが、現実はこうだ。
まず、ゾンビが登場。通行人は物珍しさで写真をバシャバシャ。身体に触れられた途端に悲鳴を上げるタイプと、無言でやり返すタイプと、全力で逃げるタイプに分かれ、まずもって噛まれることはない。
その後、別の通行人が最寄りのゾンビ対応課か警察に連絡。遠巻きにゾンビの動向を確認しつつ、何事もなかったかのように現実を再開。ほどなくして到着した役人にゾンビは捕まって、それで終了だ。
なんっにも面白くない。
ゾンビウイルスの感染力は強いが、ゾンビの唾液にしか存在していないらしい。だから、噛まれなければ感染しない。
映画やアニメではよく、ボロボロになって血だらけのゾンビが登場するが、現実はクリーンだ。腐っているところもあるが、血はほとんど出ていない。髪の毛がハリツヤを失ってボサボサになって、肌の色が緑がかったような灰色になって、目が濁る。そのくらいの違いしかない。それだけの違いなのに、ハッキリと生きた人間ではないと分かるし、何故だかリアルに感じる。
もし、スクリーンの中のゾンビみたいなのばっかりだったら、もう少しパニックが大きかったかもしれないけど、それが空想なんだと思い知らされてしまった。
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