第13話 アウトドアにハマってるんですよ
昼休みになり、辺りが賑やかな声で埋め尽くされる。それを避けるかのように、隼人は孝介を連れて外に向かった。
「悪いな、わざわざ外で食べようなんて」
「気にするな。居心地が悪いと感じていたのは、俺も同じだ。隼人氏が謝ることではない」
「…そうか」
靴を履き替えた二人が向かったのは、校舎裏だった。特別日当たりが良いわけでもなく、見晴らしが良いというわけでもない。だからこそ、わざわざそんな場所まで行って昼食を取ろうとする者は居ない。
つまり、彼らにとって最適な場所であった。
人目につかない場所まで移動しようとしていると、奥から人の声が聞こえてきた。
角を曲がろうとした隼人が突然立ち止まり、後ろから付いてきていた孝介がその背中に顔をぶつける。
ずれた眼鏡の位置を直し、孝介は問う。
「急にどうしたんだ?」
「先輩だ…」
「葵氏のことか?それなら声を掛ければ——むぐ…っ!」
先に進もうとする孝介の口を押さえ、隼人は『静かにしろ…!』と焦りを見せた。その剣幕に圧倒されつつ、孝介はコクコクと激しく何度も首を縦に振る。
そして二人で静かに顔を出して様子を確認する。隼人たちの目的地であった
しかし、彼女が弁当箱らしき物を手に持っている理由は、どうしても推測出来そうに無い。
隼人たちが顔を引っ込めるや否や、男子生徒が力強い声を上げた。
「——葵恭子さん!俺と付き合ってください!」
「ごめんなさい。それは出来ないわ」
「そうだよね…、ごめんっ、ありがとう!」
悲しみから顔を伏せて、自分たちの方に走って来る。
隼人たちは慌てて背筋を伸ばして壁に張り付き、息を潜めた。そうしてなんとか気付かれずにやり過ごすことが出来たが、どうやら残された恭子には気付かれていたようだ。
「二人とも出て来なさい。一緒に食べましょう」
「「……っ、あははは…」」
誤魔化すかのような笑い声を発し、隼人と孝介は顔を出した。
そして、端から恭子、隼人、孝介という順になるように並んで、三人は弁当を食べ始める。
教室に居た者たちのような和気藹々とした雰囲気ではなく、どちらかと言うと物静かな空気が漂う中、隼人は純粋に自分の思ったことを口にする。
「……先輩ってやっぱりモテるんですね」
「例えそうだったとしても、本命の男の子には好いて貰えていないのだけれどもね」
「…そ、それは大変そうですね」
彼は恭子から目を逸らし、弁当箱を眺める。隣では目を細めた彼女が、じっとそんな彼の横顔を視線を送っている。
気を紛らわす為か、彼は次々と箸を進めた。
一気に口の中に詰め込み、咀嚼して飲み込む。その一連の流れが終わると、突然恭子は隼人の頬に唇を押し付けた。頬に伝わる生暖かく湿った感触に心地良さを覚えつつも、彼は慌てて顔を離した。
口付けされた部分を隠すかのように手で押さえる彼の顔は、熟れた果実のように赤く染められている。
「きゅ、急に何するんですか…っ⁉︎」
「隼人くんったら、頬っぺたにお弁当付けて何処に行くつもりだったのかしら?」
恭子は揶揄うように微笑んでみせた。
「……っ、お、俺…最近はアウトドアにハマってるんですよ…」
「おっ、なかなか良い趣味じゃないか隼人氏。今度一緒にキャンプなんてどうだ」
「お、おう…そうだな…」
話を理解していない孝介に助けられ、なんとか隼人は冷静さを取り戻すことが出来た。
「……ところで葵氏は、今まで告白して来た男の中に気になる者はいなかったのですか?」
「そうね。今まで誰一人として興味を持ったことが無いし…たまに女の子から因縁をつけられることがあるしで、知らない人から告白されても、正直何も良いことは無いわね」
「ふむ。それならどうして隼人が好きだと?知らない人、というのは他の男たちと同じだと思うのだが…一目惚れってヤツですか?」
多少興味を抱いているのか、隼人は箸を止めて耳を澄ませた。
「——そうね、隼人くんのことは一目見た時から気になっていたわ。誰よりも優しくて強い目をしていたわ。一目惚れ…のようなものかしらね」
「なるほど…」
会話が終わると、二人は一斉に隼人に視線を向ける。何かコメントは無いのかと言いたいような表情だが、彼は何も答えることなく再び箸を動かし始めた。
「俺に何を期待してるんだ…」
・ ・ ・ ・
「そういえば、ここに恋愛相談に来れば必ず成就するなんていう噂が広がっているらしいわよ」
放課後、いつもの部室での作業中に、恭子がふと思い出したことを話す。
「なんだか面倒なことになりましたね…。まぁ今時そんなことに騙されるような人は少ないと思いますが…」
「信じていなかったとしても、不確かなことに関しては、『もしかすると』を期待してしまうものよ」
そんな会話をしていると、勢い良く扉が開けられる音がした。
誰も驚かなくなったあたり、なんだかこの展開にも慣れてきたように感じられる。
「ここに相談すれば恋愛が成就するって聞いて……」
声がして、三人は訪問者と顔を合わせる。
「げっ、御沢に…隼人…⁉︎」
「あら、二人は知り合いなのかしら?」
「うむ。こいつは同じクラスの橘那由です。それで?恋愛相談に来たならさっさとしろ。俺たちはお前に構ってる暇は無いんだ」
「べっ、別にうちはそんなんで来たんじゃないからな!」
そう言いながらも、那由は席に着く。
そんな中隼人は、何故かばつが悪そうにずっと顔を逸らして、彼女の方を見ようとしなかった。
「相談ってのはやっぱり良いや。ただ、話だけ聞いて欲しい。…なぁ、隼人。うちらまた昔みたいに戻れないか?あの時のことなんて忘れてさ…また昔みたいに一緒に居たいんだよ。まぁ、無理にとは言わないからさ、ちょっとずつでも…戻って来てくれると嬉しいな」
しばらく待ってみるが、隼人は返事をしない。
そして小さくため息をつくと、那由は部屋から出て行ってしまった。
顔を逸らしたままの隼人は、机の下で強く拳を握り締めた。
「昔って何よ…」
恭子は小さく呟き、頬を膨らませる。
・ ・ ・ ・
いつもとは違う帰り道。
自宅の近くまで来て、他の道に外れて歩き進める。すると、その先には見覚えのあるジャージ姿の女子が見えてきた。
「よ、よぉ隼人…。家こっちじゃないだろ?どうしたんだ」
「……ごめん…っ!あの時は俺が悪かった!ただ、どうしたら良いか分からなくて、ずっと橘のことを避けてたんだ!だから、ごめん!」
隼人は那由の問い掛けには答えず、一方的に想いをぶつけた。
深く頭を下げ、一向に上げようとしない。そんな彼の頭に手を添えて、那由は優しく撫で始める。軽く癖毛のある髪の感触を手の平に感じる。
「今こうやってうちに会いに来てくれたじゃないか。だから過去のことなんて別に良いよ。顔を上げてくれ」
「橘…」
「昔はそんな呼び方じゃなかっただろ?うちは、昔みたいに一緒に居たいって言ったんだけどなぁ…」
那由は照れ隠しなのか、自らの髪で頬を隠す。
「……ナナ」
「ん?」
「だから、ナナって言ってんだ。これで良いだろ?」
「ふふっ、良いに決まってんじゃんっ」
那由は、はにかんだような笑顔を見せたと思うと、隼人に一歩近づき、その頬に手を添えた。
自分よりいくらか身長の低い彼の顔を上に向かせ、そっと口付けをする。それはほんの短い時ではあったが、何故だか永遠のように感じられた。
優しい温もりの中、隼人は鮮明に過去を思い出していた。
『あんたさぁ、犯罪者のくせになんで学校来たの?来る場所間違ってない?』
『うるさい‼︎隼人はそんなことしてないんだから‼︎ね、そうだよね、隼人…』
何かに怯えるように声を振るわせながら、那由は隼人に問い掛ける。
そんな彼女の瞳に映る自分の姿は、余りにも醜いものであった。
(ああ…こいつもそうなんだ…)
『…っ、どうせお前だって俺のことが怖いんだろ‼︎』
暗闇の中手を差し伸べてくれた那由を突き飛ばした。彼女は周囲の机を巻き込みながら後ろに倒れる。
『は、隼人——っ‼︎』
唇が離れ、二人は目を合わせる。
何故かそこには羞恥など存在しなかった。また、昔のようにやり直せる、そういった喜びだけが心から溢れて来る。
「うちさ、隼人のことが好きだからな!」
那由はそう言って、その場から逃げるかのようにして玄関へと向かった。
(昔みたいに…なんて戻れるわけないじゃん。だって、もう抑えきれそうにないんだ——)
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