第12話 こんな時だけ頼られてもあまり嬉しくない

 先日上級生からの恋愛相談を受け、柄にも無く隼人は自分の考えを真正面からぶつけた。

 『失敗してもやり直せる』だなんて、らしくもない。

 下ばかり見つめて、嫌なことから逃げ続けて、今更どの口が言っているんだ、なんて感じてしまう。隼人は自己嫌悪にも近い感覚を抱いて俯く。


(俺は他人の相談なんか乗れる立場じゃないのにな…)


 そんな彼の背中を、隣の孝介が強く叩く。


「どうしたんだ、そんな暗い顔をして!この俺がなぞなぞの出し合いっこに付き合ってやるから元気を出すんだ!」

「いや、俺は別にそんな……。まぁ、少しくらいなら…」


 彼の方を見ると、驚くほどにきらきらと目を輝かせているではないか。

 隼人はとてもじゃないが断り切れず、なぞなぞの出し合いっこをすることに同意する。

 こうして、隣では恭子が黙々と投書の確認を進める中、二人でそれが始められた。まずは孝介が出題する。


「パンはパンでも食べられないパンは!」

「…あんぱん」

「正解!」

「正解なの⁉︎てっきり私はフライパンだと思っていたのだけれど!」


 思わず恭子は口を出してしまう。

 突然始められた遊びにわざわざ参加する意味は無いだろう、と放置するつもりであったが、予想外の解答に黙っていられなかったようだ。


「隼人氏はあんぱんが嫌いなんだ。だから、今回の問題はあんぱんで正解‼︎」

「はぁ…。でも、良いことを知れたわ」

「じゃあ次は俺な。…とある男女が墓場に入りましたが、何故か周囲はそれを祝福しました。二人はどのようなことをした者たちなのでしょう」

「うーむ…。墓に入って祝福されるのは…余程の嫌われ者なのか?答えはジェノサイドか?」

「不正解。そんな物騒な答えは好かん」

「違うのか…。なかなか高レベルな問題を出すな」


 そして二人は、ほぼ同時に恭子に視線を送った。期待の眼差しだ。彼女はそれに気付き、『いつの間にか私も参加させられていたのね』と困り顔を浮かべる。

 だからと言って彼女は不誠実な対応はせずに、熟考する素振りを見せる。

 こうして考え事をする仕草ですらも、彼女では立派な絵になってしまう。


「……動画配信をしている、ということかしら?心霊スポットに入って動画を撮影——それを視聴者から喜ばれる…みたいな」

「それはなかなか良い答えですが、俺の用意していたものとは違いますね」

「それじゃあ答えはなんなのよ」

「…結婚です。結婚は人生の墓場だとも言いますからね」

「なるほど、なかなか良い問題じゃないの。もう一問っ!次は絶対に正解するから、もう一問出してちょうだい!」


 いつの間にか、恭子が一番やる気を出してしまっている。特に断る理由は無く、隼人はもう一問出題してやる。


「熱しやすくて冷めやすいものってなーんだ?」

「ふむ。隼人氏のことだから、単純な問題は出して来ないと思うが……フライパンか?」

「残念」

「隼人くんの考えそうなこと…。分かったわ、イベントの雰囲気かしら!」

「またまたかなり良い答えですけど、不正解ですね」

「むぅ…。だったら答えは?」

「恋心です。理由は言わずもがな」


 二人は答えを聞いて、『なるほど…』と感嘆するが、問題の偏りが気になってしまうという一面も含んでいた。

 しかし、隼人は満足そうな表情をしている為、当初の目的は果たされたと言えるだろう。

 こうして彼らが再び作業を始めようとした矢先に、扉が勢い良く開けられた。

 余程急いでやって来たのか、ぜえぜえと息を上らせた宮古の姿がそこにはあった。その手には一枚の紙があり、彼女はそれを掲げて三人に見せた。


「新聞部から出されたんだけど、これって本当なの⁉︎」


『お悩み相談部爆誕⁉︎一人目の相談者は恋に頭を悩ませる少女!〜無事告白成功〜』

 その見出しの内容には身に覚えがある。隼人は躊躇いつつも、『事実ですね…』と答えた。

 まさかそのような記事が作られるだなんて思いもしなかった。情報の速さだけでなく、すぐさま行動する新聞部の力には驚きを隠せない。


「そうだったんだ…。それでね、もしこれが本当なら、うちは目安箱の管理をしつつ生徒からの相談を受けるのはどうだって話になったんだよ。校長先生なんてすごいノリノリでさ…」

「どうなってるんだ、うちの学校は…。それで、これから俺たちはどうすれば?」

「うーん…。正直、校長先生まで介入して来ると断り切れないんだよねぇ。だから、一回お試しでそういう活動してみるのもありかなって思ってるんだ。それでもし駄目そうだったら、その時はちゃんと理由を付けて断れるし」

「なるほど…。俺は先輩に任せますよ」

「うむ。俺も、元文芸部部長に任せるという意見には賛成だ」

「…こんな時だけ頼られてもあまり嬉しくないのだけれども…。私は中野先生の意見に賛成です。一度そのような活動をしてみるのも良いでしょう」

「ありがとう!早速報告しに行くね!」


 こうして、三人は目安箱の管理だけでなく、生徒たちのお悩み相談という仕事までも受け持つようになった。

 ただでさえ、部活でも委員会でもない集団である彼らではあるが、お悩み相談までしてしまうとなると、どういった存在になるのだろうか。

 孝介は、ふと頭に浮かんだ疑問を口にする。


「俺たちって、もしかすると最終的にはなんでも屋になるんじゃないだろうか…?」

「流石にそこまでは無いだろうが、実際俺たちの立ち位置ってどうなってるんだろうな…」

「正式なグループ名も無いし、私たちは今はまだ元文芸部でしかないわよ。なにしろ新しい試みだもの。最初は方向性が定まらないものよ」

「うむ。リリース直後のゲームのようだな。今はまだメンテナンスを繰り返している状態だ」

「なるほどな…」


 自分たちの今後を想像しつつ、彼らはまた投書の確認を始める。

 時折り箸休めのような感覚で世間話をしながら進めていると、時間が経つのは早いもので、気が付けば彼らは校舎を後にしていた。

 近くのバス停までは三人で向かい、恭子と別れた後は男二人での下校となる。


「ところで隼人氏。お前は葵氏から猛烈なアピールをされているようだが、返事はどうするつもりだ?」

「…なんだよ唐突に」

「少し気になっただけだ」

「……告白はされた。でも、待ってもらっている…みたいな感じだな」

「そうか。——惚れられた強味だな」

「なんだよその言葉。まぁ確かに、周りから見たらそういう状態なのかもしれないな…」


 隼人は遠い目をして空を仰いだ。


 ・ ・ ・ ・


 多玖美咲。旧姓は西田美咲である。兄は多玖隼人であり、血の繋がっていない——つまりは義理の兄である。

 二人は幼い頃に出会った。隼人を連れた千隼と、美咲を連れた元父親との再婚だ。

 最初は当然上手く馴染めるはずもなかったが、隼人は常に美咲を気にかけていた。優しく歩み寄ろうとする彼のお陰で、二人は早々に仲良くなることが出来た。

 そして二つの家族がようやく一つになることが出来たと実感していた頃、父親の浮気現場を目撃してしまう。

 千隼と隼人と美咲の三人で出掛けており、帰宅する。また新しい思い出が増えたことに満足してリビングの扉を開けると、下半身を露わにして身を重ねる父親と知らない女性の姿が視界に入った。二人とも息を荒くしているが、当時の美咲には、それがどういうことなのか理解出来なかった。

 それからの記憶はあまり残っていない。目まぐるしい日々のせいだろう。

 気が付けば千隼たちは離婚しており、父親は姿を消していた。

 泣きじゃくる千隼を必死に慰める兄の背中は、人形のようにとても小さかった。

 毎日のように物語を作っては千隼に見せている。その時、唯一彼女は二人に笑顔を見せた。

 とても弱々しいものではあったが、それだけでも彼らは嬉しかった。隼人が作家になったのも、それが理由の一つなのだろう。

 次第に元気を取り戻す千隼。三人は新しい生活に慣れ始めた。こうしてまた平凡で幸せの溢れた日々を送ることが出来るようになった、と美咲は考えていた。

 そして時が経ち隼人が中学二年生の秋、文化祭のコスプレ喫茶の為に美咲は警察官の衣装を作った。

 当日帰宅した彼はジャケットを紛失しており、激怒したことを覚えている。……そして同時に、美咲はそれを後悔している。

 『オーク強姦未遂事件』その言葉を耳にしたのは、その後すぐのことだった。

 当時連載していた作品を休み、隼人は部屋に引き篭もった。こうして家族が傷付く姿を見るのは、これで二回目だ。

 美咲は毎日のように隼人の側にいた。

 今日はこんな楽しいことがあったとか、テストの点数が悪かったとか、そんなことを一人語るしか出来ない自分の無力さを憎んだ。

 しばらくして部屋から出て来た隼人は、以前とは違った雰囲気を身に纏っていた。

 しかし、彼が兄であることには変わりない。時折り感じられる優しさや、笑った時に見せる幼い笑みは変わらず彼の元にあった。

 裏切られて傷付いた母。そして嘘の噂によって孤立した隼人。彼は自ら孤独を選んだ。

 しかし、理由はそれだけではないと美咲は考えている。

 女を襲ったオークとして扱われる中で、元父親の姿が浮かんだのだろう。母である千隼を傷付けた男の姿だ。

 もしかすると、隼人は自分がその男と同じような過ちを犯してしまうのではないかと恐れているように感じられた。

 そして、美咲は長い間心の奥に隠していた疑問を口から溢した。


「お兄ちゃんが恋愛をしない理由って、傷付きたくないから?それとも、傷付けたくないから?」

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