第46話 チェクト

 チェクトと呼ばれた男は、人を小馬鹿にしたようなニタニタ笑いを浮かべている。

 細身で背が高い。

 紫色のパーマがかった前髪を、艶~にたらりと一本垂らしている。

 細い目は妙に鋭さがある。

 すらりと通った鼻筋やアゴは美男子に分類される容姿だ。

 では、それがどう「通常」ではないか。


(うぇ……こいつ、男なのに化粧してる?)


 顔の白さと首元の肌の色が違う。

 しかも左目の下の泣きぼくろはわざわざ描いてるっぽい。

 メンズメイク……噂には聞いてたけど、まさか異世界で初めて見ることになるとは……。

 背筋がズゾゾ……生理的に受け付けない。

 さらに奇怪なのが、そのファッション。

 なんと上半身裸にヒョウ柄の毛皮を羽織っている。

 細身の赤の革パンに、ヒールの高いブーツ。

 首からはジャラジャラと太い金のネックレスを下げている。

 全体的に不快。

 俺の全身が全力でヤツの存在を拒否してる。

 そしてこいつがなによりが不快なのがさぁ──。


 両手に美女を侍らせてるんだけど!


 ありえんくらいに肌を露出したバッツンバッツンの冒険者風おねえさんと、冒険者ギルドで見かけたフェロモン強めの職員のおねえさん。

 二人の肩に手を回し、さらに胸をモミモミしてる。死ねばいいのに。


「あ? 誰だ、てめぇ? おっぱい揉みながらウチらを先回りしてリンチしようと隠れてたってこと? ウチらにのされた噛ませ犬を連れて?」


 是野ぜのの言葉に、チェクトは薄ら笑いを浮かべ辺りを見回す。


「みんな聞いた~? 僕、ぶっ飛ばされちゃうらしいよ~?」


『どわははは!』


 取り巻きたちの笑い声が弾ける。

 噛ませ犬、カンマ・セイヌが前に進み出る。


「ぶっ飛ばされるのはお前らの方だ!」

「はぁ~? てめぇ、さっきあんだけやられといて、まだ凝りてねぇっての?」

「うぅ……うっせぇ! こ、こっちはもうお前らの弱点を知り尽くしてんだよ!」

「あ? 弱点?」

「あぁ、貴様ら昨日出てたらしいじゃねぇか! 『モンスターテイムトーナメント』!」

「あぁ……? まぁ、出てたな」

「そこでお前ら手も足も出ずにボロ負けしたらしいじゃねぇか!」


 あ~、あの決勝戦のことを言ってるのか?

 こっちを研究し尽くした近衛騎士団長のクルスが相手だったやつ。

 あれはしゃ~ないよ、こっちもやる気なかったし。

 なんて思ってると、チェクトにおっぱいを揉まれてた冒険者ギルドの女職員が進み出てきた。


「記録に残っちゃってるからね~、あんたらの戦い! チェクト様のために私が情報を提供してあげたってわけぇ! あんたらはもう終わりだよ、終わり! チェクト様に逆らうギルド長なんかに取り入るからこうなるんだよ、ば~~~か!」


 赤髪ツリ目、胸元のボタンを外して谷間を強調したビッチ感強めな女職員が勝ち誇った顔で宣言してくる。


「へぇ、つまりギルド長のへラクと対立してる補佐役のチェクトさんが、お仲間引き連れて俺たちを闇討ちしようとわざわざここで待ち伏せてたってわけ?」


「そうよ! このクエストも私が出したダミー依頼! 調子に乗ってたあんたらをボコボコにするためのね! もちろん、ここであんたらが殺されても私がもみ消すってわけ! 天才チェクト様に逆らった罰を受けな、気持ちの悪い亜人どもが!」


「なるほどね。けど、そのに痛い目見せられるのはそっちの方だと思うよ?」


「はぁぁぁぁ!? 私のリサーチ力をナメるんじゃないよ! そこの後頭部の奴は打撃以外に取り柄なし! カニ系の奴は斬撃以外に取り柄なし! ピクシー系の奴は同系統のモンスターに及ばず! スライム系の奴は身体能力が低い! そしてテイマーお前はシンプルに弱い! どうっ!? このゼラ様の完璧なリサーチ力は!」


 後頭部にカニ……。

 こっちの人にはカニに見えてるんだ……ひじりって……。

 しかも入江がスライム……ぷぷぷ……。


「な、なに笑ってんだよ!?」

「いや、ごめんなんでもない。ちょっとツボだっただけ」


 そんな俺の様子に噛ませ犬カンマ・セイヌがキレる。


「ほんっっっと癇に障るやつだな、てめぇ! 死ねっ! 貴様らはここで死ぬんだ! オレ様に恥をかかせたことを後悔しやがれっ! いくぞお前らァ!」

「おうっ!」


 ヤカラ感強めの冒険者たちが一斉に襲いかかってくる。


「マオ、変身解いて。それから、みんなは俺の指示に従って。まずは……」




 ザンッ! ザシュッ! ボコォ! バンッ! にゃ~ん。




「な、なんで……?」


 足元に広がるカンマ一同たち。


「ん~、いやそりゃそなるでしょ。そもそも、お前らとこっちのとじゃ基本的なスペックが違いすぎるし、これは試合と違って集団戦だし。そっちもいろいろ道具とか用意してたみたいだけどさ、こっちも今回は武器使えるわけだから。ま、これが俺たちの本当の力ってわけ。わかった?」


「本当の……力……」


 ひじりの愛メス【KUREN556】やナノワイヤーによる攻撃は鉄の盾を軽々と斬り裂き。

 是野ぜのの酸の液は砂袋を一瞬で溶かし。

 田中さんは向こうのテイマーの用意した大鷲をダンスで魅了し、逆にけしかけて。

 入江の伸びる腕は、ぐるぐると冒険者たちを縛り上げていった。

 で、俺はすり抜けてきた敵を剣道の基本の受けと突きで仕留めるだけ。

 トドメはマオの結界内簡易重力波操作とかいうので男たちを失神させていた。

 正直楽勝。相手がわざわざ手の内を明かしてくれた事もあってね。


「はぁ……。にしてもさぁ、これってダミーの依頼なわけでしょ? 俺たち報酬もらえないってこと? タダ働き?」


 思わずに愚痴っちゃう。

 骨折り損のくたびれ儲け。

 ま、でもどのみち対立してたか、このチェクトって野郎とは。

 俺たちがギルド長のヘラクの側にいる限りね。


「で、どうするチェクトさんよ? あんた、有能だって聞いてたわりには大したことなかったな」


「フッ……」


 チェクトは余裕ぶって笑うと、ゼラの肩を抱いて顔を近づけた。


「ゼラ? お前は……」


 ゼラは顔を赤らめ、息を荒らげる。


「チェクト様……!? とうとう私の気持ちに応えてくださるのですね……!? えぇ、もちろん受け入れますわ! これからは私と二人、どこか遠い場所で……」


 ドンッ!


 「って、チェクト様ぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 背中を蹴り飛ばされたゼラを受け止める。

 顔を上げると──チェクトはすでに姿を消していた。


「逃げた……か」

「アマツキ~、追跡できなかった! なんか特殊な潜伏方法つかってるみたい!」

「うん、いいよほっといて。それよりも……」


 俺の瞳に映るのは、俺の腕の中でこちらを見上げてる引きつったゼラの顔。


「さっ、どうつけてくれるかのな、この落とし前?」


 にっこり。


「ク、クエストを無事完了したと報告させていただきます……」


 青ざめたゼラはガタガタと震えながらそう呟いた。


「うん。じゃあ俺たちの今日の冒険者活動はこれで無事終了! ってことだな!」


 ゼラを後ろ手に(入江の腕で)縛り、俺たちはすっかり日の暮れた中、冒険者ギルドへと凱旋を果たした。

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