第8話 月に行く約束

「──ッ! 是野ぜのひじりは迎撃! 田中さんは上空から状況を確認! 入江は俺と来て!」


 指示を出して俺は速攻ダッシュ。

 戦いは是野ぜのたちに任せた。

 俺と入江はロゼッタを救う。


 状況はわからないことだらけ。

 なので考えないようにする。

 そもそも宇宙なんてわからないものだらけだ。

 わからないことしかない。

 地球のことすらよくわかってない。

 深海は。

 地球の核部分は。

 太古の生物や虫は。

 人間自身のことだって。

 わからない。

 何もわからない。

 いくら技術が発達しても、世の中にはわからなことしかない。

 そんなでっかい(マクロな)「わからない」に打ちのめされていた俺が編み出した生きるためのすべが──。


「わかるミクロ」なものを見ることだ。


 分不相応なことは考えない。

 目の前のことだけを見て生きていく。

 遠くじゃなくて、今。

 今、俺はなにがしたい?

 わかるだろ。

 それは──。



 ロゼッタを死なせたくない!



 その気持ちに従う。

 これが、今の俺のミクロ。

 すると、目の前のやるべきことが次々と頭に浮かんでくる。

 体も動く。

 ダッシュ。前に。早く。コンマ0.000000001秒でも早く。

 どんな態勢でもいい。間抜けな態勢でもいい。前へ、前へ!

 そして──。



 ガッ!



 掴んだ!

 ギリギリ!

 ロゼッタの腕!


 けど……。


「お、重……」


 ぬお~……! なんで鍛えてなかったんだ俺ぇ……!


「ぐぬぬぬ……!」


 気合ぃぃぃぃ~!


 気合も虚しく。


「あっ!」


 ズルっと手がすべる。

 頭の中が真っ白になった。

 死んじゃうのか、ロゼッタ。

 俺が、引っ張り上げられなかったせいで。

 視界が歪む。

 その歪んだ視界の端を、銀色の流星が横切る。


 いや、流星じゃない。

 腕。

 腕だ。

 銀色の。

 入江の。

 長く伸びた、銀色の、腕。



 ハシっ!



 入江の伸びた腕がロゼッタを掴む。


「うわわわ!」


 ズズズと崖引きずられていく入江の体を抱きとめる。


「きゃっ……!」

「引っ張り上げるから! ちょっと我慢してて!」

「は、はい……んっ……!」


 引っ張る。

 でも、だめだ。

 まだ引きずられる。

 崖に向かって。

 少しずつ。

 崖下のロゼッタの顔は諦念の表情を浮かべていた。


「ダメだ、そんな顔!」


 気がつくと、叫んでた。


「ロゼッタ、諦めるな! 諦めちゃダメだ! 上を見ろ! 星が、見えるだろう!? あの星にはいろんな奴らが住んでるんだ! うさぎだって、カニやロバもいる! 姫だっているぞ、かぐや姫だ! お前も姫だろ、ロゼッタ! だから諦めるな! 生きて会いに行くぞ! あの星に住んでる奴らに! だからぁぁぁ! 諦める、な、あああああああ!」


 なにを言ってるのか自分でもわからない。

 でも、ロゼッタの体が少し軽くなった気がした。


「アマツキ! あっちの切り株掴んで!」


 上空から聞こえる田中さんの指示。


 切り株……!? あれか!


 片手を伸ばして切り株のへりを掴む。


 ズズ……ズ。


 引きずられていたのが止まった。

 入江は、すかさず腕を伸ばしてロゼッタの胴に巻き付いていく。

 そして俺は、それをゆっくりと引っ張り上げた。


「はぁ……はぁ……!」


 ロゼッタの全身が崖上に戻って来る。

 激しい徒労感。

 けど、すぐに是野ぜのたちのことを思い出した。

 二人だけでモンスターと戦ってるはず。

 俺も加勢に行かなきゃ!


是野ぜの! ひじり!」


 そう言って振り向くも……

 二人は余裕綽々な様子で、手についた砂を払ってた。


「あ? もうとっくに終わったぜ~」

「ふむ、他愛もなかった」


 周りには、夜の帳に濡れた大量のゴブリンの骸が転がっている。


(え、マジで……。こいつら、俺が思ってるよりもヤバい……?)


「ふむ、しかし一匹逃げられた。おそらく、あれは【レッドキャップ】というやつではないか? なにやら指揮をしてるように見えたが」


 レッドキャップ?

 それってたしか、めちゃめちゃ上位のモンスターじゃなかった?


 飛び降りたロゼッタ。

 襲ってきたゴブリンたち。

 逃げていったレッドキャップ。

 どういうこと?

 頭が「?」マークでいっぱいになる。


 そんあ俺に、起き上がったロゼッタが声を掛ける。


「やはり、あなた方はただ者ではありませんね。私の目に狂いはありませんでした」

「は? ロゼッタ? お前なに言って……っていうか俺のことどう思って……」


 どう思ってんの?

 好きなの? 嫌いなの?

 そう聞こうと思った時、ロゼッタが言葉を被せてきた。


「あなた方を見込んで、お願いがあります!」


 えぇ……?

 まだ聞けない感じ……?


「はぁ……。ちゃんと話は聞かせてもうからな?」


 ロマンチックはお預け。

「やっぱ美人局だった」「罠だった」「こいつは信用できない」とブーブー文句を言うエイリアンズをなだめながら、俺たちは高台から離れた。

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