第9話 デートの約束

 死体だらけの高台から離れた俺たちは、再びイーヴァルの街へと戻ってきていた。



 【宿屋 双子座ジェミニ


 俺たちが宿泊してる宿『双子座ジェミニ』。

 そこの一階部分。

 他に客が一組しかいない寂れた酒場の隅っこで、俺たちは分厚い樫の丸テーブルを囲んでいた。


「つまり、あんたが俺たちを襲わせたわけじゃないんだな?」

「はい」


 さっそく俺たちはロゼッタに質問攻め。


「あそこに俺たちをおびき出したのは、戦いやすくするため?」

「はい。襲われるのがわかっていたので開けた場所に移動しました」

「崖から飛び降りたのは?」

「敵が襲撃をかけてくるキッカケ作り、ですかね。アマツキさんが助けてくださるのはわかってましたので」

「はぁ!? たまたま助かったからよかったようなものの……! っていうか飛び降りる必要あったのかよ!」

「はい。理由はわかりませんが、敵は私を自らの手で『殺す』ことにこだわってるみたいなんです。だから私が『自分で死ぬ』となったら、おのずと向こうから飛び出してこざるを得なくなりますよね?」

「くくく……こりゃとんだクレイジーな姫だ」

「よく言われます」

「てかさぁ~、アマツキのどこ見てそんな『助けてくれそう』だなんて思ったわけぇ~?」

「目です」

「目ぇ?」

「はい、なんというか、私たちとは違うスケールで物事を見てるかのような……。そんなアマツキさんの目を見て、私は必ず助けてれると確信しました」

「イカれてる……」


 毅然としつつもぶっ飛んでるロゼッタに唖然としてると、宿屋のオヤジがトレーを持ってやってきた。


「お、おまたせしましたぁ……(トンッ)」


 ビール×1、紅茶×2、塩砂糖水×1、ハチミツ×1、ホットミルク×1。

 酒場には似つかわしくないオーダーが分厚いテーブルに並べられる。

 木製のジョッキについた水滴がぴちょんと跳ねる。


「ひぃぃ……! す、すみません……私としたことがとんだ失礼、を……? ……!」


 気の毒なくらいにビクビクしたオヤジが気づいた。

 ローブを被った小さな人物に。

 そのローブの中にいる、やんごとなき姫に。

 ロゼッタに。


「……ひっ」


 オヤジの息が止まる。

 ロゼッタは主人ににっこりと笑いかけ、人差し指を唇に当てる。


「し~、です(ウインク)」

「(ぱく……ぱくぱく!)」


 丘に上がった魚のかように主人は口をぱくぱくさせると、真っ白な顔をガクガク揺らしながら立ち去っていった。

 主人のぎこちない歩きを見た他の客たちから野次が飛んでくる。


「お~い、オヤジぃ~! そのガキとモンスターの群れはなんだぁ~!?」

「いつからここは保育所になったんだってばよ!」

「あ~、くっせ~くせぇ! モンスターくっせぇ!」

「下等生物と一緒に酒なんか飲めるかよ! 返金しろ、返金~!」


 以外にも、その言葉に真っ先にキレたのは宿屋の親父だった。


「き、き……貴様らぁ~~~! 誰に口聞いとんじゃごるぁぁぁぁぁぁぁあ! あっち見るな! 見ることすら許さぁぁぁん! この方たちは、うちの大事な客じゃボケがぁぁぁぁ!」


 その急変っぷりに、さすがに野次客たちも引いた模様。


「な、なんだよ……そんなに怒らなくても……」

「こ、この宿はモンスターの味方をしてるって噂が広まっても……」


「キェェェェェェイ! キョイギュェイ! ギョエェェェェイッンッ!」


 目を剥き、言葉にならない言葉を発するオヤジ。


「お、おう……悪かった。もう関わらないから落ちついてくれ……」


 さすがに客たちも異様さに怯え、静かに飲みだした。


(人って、追い込まれるとああなるんだ……)


 その後、心配になるくらい過剰にへこへこした主人からのサービス(高級店から取り寄せたらしいフランス料理的なもの)を出されたり、俺たちの一角をシェードで覆って半個室状にしてくれたりと、いたれりつくせりの歓待を受け、すっかり満腹になった。

 ともあれ。

 そんな静寂を取り戻した店内で、俺たちはロゼッタからさらに詳しい話を聞くことができた。

 どうやら、彼女は以前から狙われてたらしい。

 その詳しい状況は、以下。



 ■ ロゼッタを殺そうとしているのはモンスターである。

 ■ 誰が仕掛けているのか、何が目的なのか一切不明

 ■ なので、誰の息もかかってなさそうな、なんのしがらみもなさそうな俺たちに目をつけた。



 ってことらしい。

 こんな美少女からのお願いだ。

 俺としては断る理由なんて毛の先1ミリたちともない。

 ただ、ほら……姫を毛嫌いしてる是野ぜのたちがね……。


「気に食わねぇ。ああ、気に食わねぇな。何が気に食わないって、テメェが気に食わねぇ。匂いも、態度も何もかも気に食わねぇ」

「ふ~む、これほどまでに潔癖、純真を装った人間は……逆に信用出来ないな」

「私より可愛いのがムカつくんだけど、この女〜」


 是野ぜのひじり、田中さんは、それぞれの理由でロゼッタを嫌っているようだ。

 ……ん? 入江は?


「入江は特にないのか? 姫……って表で言っちゃいけないんだったな──ロゼッタに言いたいことは」

「ん? 特にないです。だって誰かを好きになるって自由でしょ? 私は、ただ負けないように頑張るだけだし」


 ? 何言ってるんだ、こいつ?

 なんか的はずれなことを言ってるけど、まぁエイリアンだからな。

 完璧な意思疎通なんてハナから無理なんだろう。

 ま、入江は揉めるが気ないみたいだしほっておこう。

 けどなぁ。

 他の三人とのいさかいはどうするかなぁ……。

 と思ったら。


 グイッ!


 と、ロゼッタが一気にミルクを飲み干した。

 

「私を嫌うことは自由です。けど、あなたたちに他に選択肢があるとお思いで? これから先、いくら是野ぜのさんたちが『自分たちはモンスターではなくエイリアンだ』だと主張たとしても、きっとさっきみたいに絡まれることでしょうね。何度も、何度も、これからずっと。面倒ですよね? でも、その時に【お墨付き】のようなものがあれば便利だと思いませんか?」


 お、おぅ……まくしたてるじゃんか、ロゼッタちゃんよ……。

 口の周りについてるミルクの白ひげがミスマッチで萌え。


「……あなた方の故郷【ニホン】は『星について詳しく知ることが出来るほどの文明力』を持っているのでしょう? で、そこから転移してきた──と。へぇ……? 本当にあるのでしょうか、その国? もしかしたら、あなた達、──とか?」


 おいおい!

 どんだけ鋭いんだよ、この姫様!


「……なぁ~んてことはないと思いますが♡」


 ないのかよ!

 当たってたよ!

 コナン・ドイルも真っ青だったよ!


「けど、『今のあなたちには後ろ盾が必要』。違いますか?」


 まぁ……違わない。

 姫が俺たちをバックアップしてくれるってんなら、心強い。


「私が、なります。みなさんの後ろ盾に」


 理詰めされてる感。

 王族の交渉術?


「だからお願いしますね、調査?」


 ぐぬぬ……。

 そんな音が是野ぜのたちから漏れる。


「あっ、それからあともう一つ」

「なんだよ!?」


 ロゼッタは俺にいたずらっぽく笑いかける。


「アマツキさんとデートさせてください♡」


 ……ん?


「……はぁ!?」


 デ、デートぉ?


「ダメです! アマツキくんは私たちエイリアンのテイマーなんです! テイマーと私たちは離れちゃダメなんです!」


 入江が謎理論で反論する。


「では……エイリアンのみなさんも一緒にしましょう?」

「へ?」

「私と。エイリアンのみなさんと。アマツキさんで。デート♡」


 完全に場の空気を支配したロゼッタ。

 エイリアンたちの顔色も変わる。


「デート……? アマツキくんと……?」

「こっちの美味いもん、いっぱい食いてぇ~!」

「くくく、この私がまさかデートとはな……」

「デートぉ~! きゃ~、新しい下着買わなきゃ~!」


 こうして俺達は。

 明日、ロゼッタとデートすることとなった。

 今夜はてっきり告白されるもんだと思ってたが、先にデートか。

 悪くない。

 っていうか、それが道筋ってもんだよな。


(ふふふ……まってろ俺の人生初デート……!)


 こうしてデートに対する過剰な期待をはらみながら、この日はロゼッタと別れた。

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