第40話 ヘラクの手

 冒険者ギルド職員たちは手際よく「おもらしカンマ」を連れ去り、一瞬で床もピカピカに。

 すごいな~と思ってると、身長2メートルはあろうかという筋骨隆々、年はいってるがあきらかにという感じの色黒の男が奥から現れた。

 身構えた俺たちの前まで来ると、男はぺこりと頭を下げた。


「お待ちしておりました、アマツキ様。事情は伺っております。そして、まず個人的に感謝を。貴方がたに救っていただいた煙突より落ちた子供。あれは、私の息子なのです」



 人間姿に戻ったエイリアンズと俺はギルド長室へと案内されることとなった。


「ヘラク・レスポス」と名乗ったその筋肉の塊は、不器用そうな手つきで危なっかしくお茶を淹れる。


「味は保証できぬが」


 大きな手で小さなカップを置いていく。

 カップの種類はバラバラ。

 紅茶が数滴、傷だらけの樫の机の上に跳ねた。


「おっさ~ん、カップ欠けてるんだけどぉ~?」

「今これしかなくてな……。申し訳ない、気を悪くしたのなら手を付けずに置いておいてくれ」

「ふむ、ギルドも栄えているというのに、その長がこれとは……」


 たしかに。

 規模の割に、このギルド長室はあまりにも質素。

 質素というか、みすぼらしくすらある。

 掃除は行き届いているが、今座ってるソファーも机もボロボロだ。

 あれだけ職員がいてギルド長みずからお茶を淹れるというのも違和感がある。


「あっ……このお茶とっても美味しいです」


 入江の冬に浸かる湯船のようなほっこりとする声が場の空気を緩める。


「安い茶葉なのだがな。そう言って貰えると嬉しい」


 茶渋のこびりついたカップに口をつけると、ふんわりとしたローズの香りが口内に広がる。


「ほんとにおいしい……」

「息子の命の恩人に、こんなもてなししか出来なくてすまん」

「いえいえ、気にしないでください」

「いや、気にしてほしいんだけど~? 全財産、せめて金一封くらいはねぇ?」

「田中さん? そんなチンピラみたいなこと言うのやめようね?」

「え~? でも~!」


 ヘラクはちんまりと肩をすぼめ、金がないこと、そのため息子に煙突の掃除をさせる羽目になってしまったことを語った。


「なんでそんなにお金がないんです? こんな大きなギルドの長なのに……」

「うむ…………。恥ずかしながら、我がギルドは今2つの派閥に分裂していてな」

「派閥争い」

「そうだ、で……」

「負けてるわけだ、要するに」


 力なく口元を上げて肯定するヘラク。

 なるほど。

 気の毒っちゃ気の毒だが、今の俺たちには関係ない話だな。

 てことで話を変える。


「そういえば、さっきの男って?」

「あ~、噛ませ犬」

「カンマ・セイヌさん、です」


 冒険者ギルドの番犬とか名乗ってたリーゼントの男。

 ギルド長と関わりあるのかな?


「あれはな……あれでも昔は期待された冒険者だったんだ。だが、あの性格だろ? どのパーティーに入っても上手くやっていけなくてな。で、気がついたらあのザマだ。勝手に『番犬』を気取って、新人たちの鼻をへし折って自尊心を保ってる哀れなやつさ」

「なんでそんなの放置してるんだ?」

「うむ……恥ずかしながらさっきの話に戻るのだが……」

「派閥争い」


 バツの悪そうな顔で頷くヘラク。


「奴は私と対立してる【ギルド長補佐役】の派閥に属していてな……」

「向こうが優勢だから手を出せない、と」

「うわっ、面倒くさいなギルド!」

「でもヘラクさん、こんなしっかりされてる方なのに……」

「しっかり、か。そうだな、しっかりはしてる方だとは思う。だが……」

「うむ、組織の中での【強さ】とは人間性とは違う部分にあるからな」

「そのとおりだ。補佐役のチェクトはとにかく人心掌握に長けていてな」

「あ~、人誑ひとたらしってやつか。そんなの相手にするのは面倒だな、たしかに」

「今やギルドの職員も一人を除いて全員が奴の派閥だ」


 そうなんだ、おっさんも大変なんだな……。


「でも!」


 ヘラクが胸を張る。


「今はまだ私がギルド長だ! 息子の恩人への力にならせてほしい!」


 にかっと笑うヘラク。

 その姿からは往年のベテラン冒険者の矜持のようなものが感じられた。

 そしてそれは、俺が初めてこっちの世界で感じたの姿だった。


「うん、助かる。よろしくな、ヘラクさん!」


 この人なら信用できる。

 俺の直感がそう告げる。

 がしっ、とヘラクのでっかい手と握手した。

 分厚くてゴツい。

 これが異世界での冒険を生き抜いてきた強者の手。

 俺の体温が上昇していくのを感じた。

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