第39話 冒険者ギルド(噛ませ犬付き)

 意外にも子どもは是野ぜのたちを怖がらなかった。

 それどころかキラキラ目を輝かせてみんなに興味津々な様子。

 それを見て思い出した。


 俺も……小さい頃はこういうの好きだったなぁ……。

 エイリアン、ロボ、戦隊ヒーロー、その悪役の怪人。

 なんだろう、造形が好きだったのかな?

 いつから好きじゃなくなったんだろう。

 中学? テレビを見なくなってから?


 少年はしばらく是野ぜのの上にのぼったり、ひじりのアームにぐるぐる振り回されたり、入江の長い腕に高い高いされたりと一通り遊ぶと、手を振って元いた煙突の家の方へと駆けていった。

 にゃ。とマオがみんなの姿を人間に変えると、俺はなんか少し寂しくなった。

 愛着が……出てきてる? このエイリアン姿に? ハッ、まさか。

 どう考えてもこの美少女姿の方がいいに決まってんじゃん。

 うちの制服エロカワイイし。



 それからリンに教わった通り進むとすぐに冒険者ギルドに着いた。

 西部劇の酒場みたいな雰囲気の二階建ての建物。

 ひっきりなしにガラの悪い男たちが出入りしていて喧騒にみちみちている。


(大丈夫なんかな、こんなとこ入って……)


 こちとらバイト経験もないようなただの高校生。

 お世辞にもいかつくも強そうでもない。

 身長、平均ちょい↓。

 体格、平均ちょい↓。

 運動経験、小学生の時に剣道をやってただけ。

 それにプラスして太ももめっちゃ出てる美少女4人+猫1匹。

 そんなメンツが例えば工務店を訪れて「ちわ~っす、今日から働かせてもらいたいんですけど~」なんて言ったら怒鳴られて追い返されないかな。

 なんて思ってるうちに是野ぜのが木の押し扉の中にズカズカ入っていく。

 急いで追いかける。



 がやがやがやがや!



 喧騒。

 俺は文化祭の前日に転移したけど、ここはまるで文化祭当日かのよう。

 人。けれど不快になるほどの混み具合ではない。

 意気揚々と出かけていく者。

 掲示板を見て眉をしかめてる者。

 満身創痍で入ってくる者。

 必死に「あと一人! 回復職いねぇか!?」と仲間を探す者。

 受付嬢を口説いてる者。

 そんな様子をテーブルに肘をついて眺めてる者。

 そんな男たちを、天井の高い広間に入口から射し込む光が舞ってる埃と共に粗雑に照らしている。


 どんっ!


「ってぇな! なに突っ立ってやがんだ!」


 思わず立ち尽くしていた俺に、後から入ってきた男がぶつかる。


「あ? ウチらのソラになにしてくれてんだてめぇ?」

「一生の不覚……。貴様にこのような下劣なゴミムシを触れさせてしまうとは……」

「あんた、溶かされたい感じ~?☆」


 是野ぜのたち三人が男──リーゼントヘアー、革ジャン、革パンというYAZAWAな世界から抜け出してきたかのような背の高い男に詰め寄る。


「おいおい、このねぇちゃん共が体でお詫びしてくれるって? うひひ……そりゃまんざらでもねぇ……なぁ?」


 肩を組もうとリーゼントの回した腕を是野ぜのがするりとすり抜け膝カックン。

 さらにひじりが肩を、田中さんが額を軽く押すと、男はよたよたとギルドの中央へとよろめいていった。


「な……んだ、てめぇらぁ!」


 男の声にギルド中の全員が振り返る。

 その向けられた容赦ない瞳にぞっとする。

 下卑た目。

 獲物を見る目。

 値踏みするかのような目。

 なんか……見てるのは「人間」なんだけど、「人間のふりをしてるなにか」みたいな、そんな感じ。


「ソラ? あいつら全員ぶちのめしていいか?」


 是野ぜのが拳もみもみ言う。


「やめてね? 俺たちはここに登録に来たんだから」

「でもよぉ~」

「でもじゃなく。これ以上揉め事は起こさない。いいね?」


 ちか、と是野ぜのの瞳の奥でコイルが照ったような気がした。

 

「うぅ~……わかったよぅ……」


 珍しくシュンとした是野ぜのを後ろめに、俺はリーゼントの男と対峙する。

 すると、どこからか声が上がった。


「おいおい! こいつ、昨日トーナメントに出てたおぼっちゃんじゃねぇか!」


 おぼっちゃん?

 と思ったが、そこはスルーして流れに乗ることにした。


「そうだ、俺は昨日の『モンスターテイムトーナメント』で準優勝した『イーヴァル・エイリアンズ』のテイマー、天月空だ」

「ああ……? あの……? あ~、言われてみればこんなのいたような……?」


 おぉぅ……我ながら影が薄い……。


「つーかお前、手下のモンスター連れてねぇじゃねぇか。モンスターのいないテイマーなんて例えればデロワッサの乗ってないコウペプンだろ!」


 なにも伝わってこない例え。


「え~っと、こっちが名乗ったんだからそっちも名乗るのが礼儀じゃないかな?」


 喋ってるうちになんやかんや怒りの感情は収まっていく、みたいなのをなにかの本で読んだ気がする。

 ピクッ──リーゼント男の眉がひくついた。


「名前……? 名前だと……? いいだろう……いいだろういいだろう! あ~、いいだろうさ! そんなに知りたきゃ、教えてやろうじゃねぇぇぇぇぇか!」


 え、なにこの過剰反応。


「いいか、耳かっぽじって聞け! 俺の名は……」


 君の名は?


「イーヴァル冒険者ギルド、地獄の番犬──カンマ・セイヌ様だぁぁぁぁぁ!」


 カンマ……セイヌ?


「……噛ませ犬?」


 クスッ。

 ギルドの誰かから漏れる笑い声。

 なんだ、こいつ馬鹿にされてんじゃん。


「か……かか……かまままままま……?」


 あれ、壊れた?


「かま……だ、れ、が……噛ませ犬……じゃごるぁぁぁぁぁぁ! ぶっ殺す! こっぶろす! ぶっころしてやるからなクソガキいいいいい! 俺は、その空耳がこの世で一番キライなんじゃあああああああああ!」


 ブチッとリアルに血管のキレる音が鳴り響くと同時に噛ませ犬──カンマ・セイヌが指ぬきグローブで殴りかかってきた。


「右にゃ」


 抱いてたマオがするりと俺の肩に移ると耳元で囁いた。

 言われた通り右に移動すると、カンマの拳は虚しく空を切った。

 

「……!」


 カンマが驚愕の表情を見せる。

 けど、俺は意外と冷静。

 なぜか躱せて当たり前な感覚がある。


「みんな手を出さないで」


 是野ぜのたちはピクリと体を震わせたあと、静かに頷く。

 俺はベルトに差していた流星剣シューティングスターを抜くと、カンマに向かって構える。


「2秒後、バックステップからの突きでいけるにゃ」


 1。

 2。

 剣道が他の剣術よりも優れてるのは刀身を使った防御術。

 そして──。


 ズッ──ダンッ!


 ドンっ────!


 後ろ足で溜めてからの反動を使った突き。

 流星剣シューティングスターの光る残像がカンマの腹まで一直線に伸びている。


「ぐっ……!」


 ぐらりとドミノ倒しの最後のでかドミノが倒れるかのごとくゆっくりカンマは膝をつく。


「な、なんでこんな弱そうなガキに……って、ひぃぃ!?」


 顔を上げたカンマを、エイリアン姿に戻った是野ぜのたちがぐるりと囲む。


「あっ……あっあっ……(じょぼじょぼ)」


 こうして、リーゼント男カンマ・セイヌ失禁という顛末を伴って俺たちは冒険者ギルドデビューを無事(?)果たしたのだった。

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