38~ 冒険者デビュー編

第38話 テイマー資質の目覚め

 リンはメイドとして清掃や夕飯の用意に忙しいということで館に残った。

 なんでも、あの館の保守が「くノ一」としての最重要任務らしい。

 ってことで、俺とエイリアン5人は冒険者ギルドへと向って歩いていた。


「あの~、冒険者ギルドってどんなところなんでしょうか?」


 隣を歩く入江が、くるんとしたおっとり眼で俺を見上げる。

 おぉ~っと……。

 初めて人間姿の入江を至近距離で凝視しちまったぜ……。

 人間なのに、まるでグレイ型のように黒目が大きい。

 というか「目」。それ自体が大きい。

 グレイ型だからか?

 人間の姿になってもエイリアンの特徴が引き継がれてるのだろうか。

 背も低いし。

 深い、儚い、黒い瞳の色。

 そんな彼女の瞳から目を逸らして、俺は答える。


「え、冒険者ギルドは冒険者ギルドでは?」

「だぁ~かぁ~らぁ~、知らないんだってそれ。ウチらはソラみたいなオタクじゃないっつ~の」

「いや、俺は別にオタクではないんだが……」

「うむ、貴様はオタクではない。陰キャというやつだ」

「うっ……学校に行った時は明るく振る舞ってたつもりだったんだけど……」

「アマツキさ~、要するにそれ無理してたってことでしょ? そういう無理って伝わるんだって~。そもそも友達いないじゃん、アマツキ。それで陽キャは無理があるって」


 グサグサグサと突き立てられる言葉の刃。

 ヤバい。闘技場で戦うよりもダメージ負ってるわ……。


「にゃ。安心するにゃ。陰キャだろうと、キモオタだろうと、友達がいなかろうと、こいつらはチミのことが大好きにゃんだから」


 俺の頭の上に乗っかったマオが眠たそうに言う。


「な……ななななな、なに言ってるんですかぁ~~~!」

「ばっ、ばっか、おま、そんなこと……!」

「ふ、ふふふ……すき……? 好きだと……? この私が貴様を……?」

「このクソ猫野暮すぎ~! ば~か! ばか! マジで脳みそ入ってないんじゃないのこいつ~!」


 ほら、やっぱり否定してるじゃん。

 さっき部屋でマオが言ってたような「こいつらが俺のことを好き」なんてありえないんだよ。

 いや、人間姿のみんなはそりゃ魅力的は魅力的だから、もし好かれてたらワンチャン……? なんて考えていた部分もなきにしもあらずにあらず……? とか思ってたのが急に恥ずかしくなってきた。

 そう、だってこいつらはエイリアン、異星人、しかも人間姿の時はリア充で美女。俺の近くにいるのはあくまで監視のため。是野ぜのに至っては俺が危険な存在と認識した瞬間に殺すらしいからな。

 あくまで異物。

 永久に通じ合うことの出来ない異星人なのだ、うん。

 そっと涙をぬぐって前に目をやると、煙突が見えた。

 町中に近づいてきたんだなとぼんやり思って、そのレンガ造りの煙突を見ているとなにやら動く影が。

 掃除をしてる少年のようだ。

 お小遣い稼ぎか、それとも親に言われてやってるのか。

 にしても……。


「あの子、ふらふらしてて危なっかしいくない?」

「にゃ。ワチの軌道予測だとあと30秒後に落下するにゃ」

「は? マジ?」

「にゃ。金剛級ヒゲ、通称【刷毛はけ】を持つワチが読み間違うわけがないにゃ」

「え、あの子落ちたら死ぬよね?」

「にゃ」

「なのになんでそんな平然としてるの?」

「? 人は死ぬにゃ。チミは産卵した鮭の卵が何個他の魚に食べられるか知ってるかにゃ?」

「そういう問題じゃないだろ!」

「にゃ? ワチらにとって【飛心ソーヤン】以外の人類種なんてどうでもいいにゃ」


 是野ぜのひじり、田中さんも「そりゃそうでしょ」みたいな感じ。

 入江の姿は目に入らなかったが、そのことを気にしてる暇もなかった。


 ! こいつら……! やっぱり「」ってことか……!

 価値観が違う。

 もし【宇宙遺伝子】とやらがなかったら、俺のこともなんの情け容赦もなく見捨てるんだろうな……。

 俺の背筋に冷たい汗が垂れる。

 視線を煙突に戻す。

 と、目に入った。

 煙突の方に向かって走っている、入江の姿が。


「入江!?」

「助けなきゃ……です! あの子、落ちて死んじゃうなんて……黙って見てられません!」


 そうは言うけど足の遅い入江。

 すでに息が切れてて絶対に間に合わない。

 けど、嬉しかった。

 冷酷非道エイリアンもいてくれて。


是野ぜのひじり、田中さん、入江を手伝って! 子供を助ける!」

「え~? なんで~?」

「あんなのアマツキとなんの関係もなくな~い?」

「うむ、不合理だな。あのような者をいちいち助けてたらそれこそキリがないぞ」


 イラッ。

 と同時に、俺の頭の中でカチッとパズルのピースが嵌まって星が瞬いた。


「あの子が助からなかったら俺は今ここで死ぬ! そうすればお前らの任務も失敗だ! どうだ!? 俺の言う事を聞け、聞いてくれ! 俺は【エイリアンテイマー】としてお前らに命令する! 『あの子を助けろ!』」


 瞬間、是野ぜのたちの目の奥にバチッと電気が走る。


「くそっ、しょうがねぇ!」

「オッケェ~、実は押しが強い男子、嫌いじゃなかったりするんだよね~☆」

「ふむ、これが貴様の同胞に対する『優しさ』。なるほど、ならばその命に甘んじて従おう」

「スイッチオフ、にゃ」


 みんなの姿がエイリアンに戻る。

 グォォォォ! と吠えた是野ぜのが、ミニチュアサイズの田中さんを掴んで上空に放り投げる。

 最速で高度数十メートルに到達した田中さん(パンツ丸見え)(アイドルらしく色は白)が、透き通ったアイドルボイスで指示を出す。


「方向14時3分! 距離572m! 風速ゼロ!」

「なるほどねっと! ズザザ~! お~い、入江っち~、拳だけ『硬く』『重く』して」

「え? え?」

「いいから」

「は、はいっ……キャッ!」


 ひとジャンプで入江の元にたどり着いた是野ぜのが、入江の右の拳を握り、トルネード投法ばりに振りかぶる。

 入江の右腕がぐい~んと伸びる。

 遅れて追いついてきたひじりが入江の胴体に抱きつき、残りのアームを地面に突き立て「支点」を作る。


「いっくぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 バヒュッ──!


 是野ぜのの手から入江の右の拳が放たれる。

 拳がどんどん遠くに飛んでいくに従って、入江の腕「のみ」が伸びていく。


「ちょ、ちょっとぉぉぉぉぉぉ!?」


 おそらく凄まじい『G』のかかってる入江の体。

 入江を地上に繋ぎ止めているひじりのアーム。

 そのアームの突き刺さった地面が、ビキビキとひび割れる。

 一瞬のうちに入江の右手は煙突の少年へ到達すると──。


「わっ……わわっ!」


 マオの予言ちょうどのタイミングで落下した少年の襟を掴み──。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 一気にここまで引き寄せてきた。


「キャッチ!」田中さんの澄んだ声。


 572m分の勢いをつけて戻ってきた入江の拳と少年を。


 ズ、ゥゥゥゥゥゥゥン……。


 是野ぜのひじりがしっかり受け止める。

 少年は、なにが起きたのかわかってない様子できょとんとしている。


「はい、ご命令通り救ったぜ、我らがテイマー様?」


 再び人間の姿に戻った是野ぜのが、お茶目に礼をする。

 日はまだ上りきっていない。

 爽やかな風が鼻先をそよぐ。

 マオが頭の上であくびを立てる。

 秋の、匂いがした。

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