第36話 マオちゃんを撫でるだけの回

 さて、自室。

 人間姿(しかも裸)に戻った入江たちは、服を着るので各自自分の部屋に戻っていった。

 マオは俺にくっついてるとなんか機能的なものが回復するらしい。

 なので、今は自室に戻った俺の膝の上でゴロゴロとリラックスしている。

 お前、もしかしてずっと俺の部屋に居座るつもり……?

 マオは返事をする代わりにごろんとひっくり返って「みゃん♪」と鳴いた。

 ま、可愛いし、これから寒くなる季節だろうからいいけど……。

 人差し指で喉を掻いてあげると、マオは「クルクル」鳴いた。

 メイド忍者のリンは朝食の後片付けをしたり、掃除をしたり、田中さんに色々呼びつけられていたりと、せかせかと館中を文字通り飛び回っているようだ。


 一人だけすることのない俺は、ヘソ天状態のマオに話しかける。

 

「マオはみんなを人間の姿に戻すために来たの?」

「にゃにゃ、それはただの副産物的なものにゃ~。ワチが来た目的は……」

「来た目的は?」

「……忘れたにゃ」

「忘れた?」

「うにゃ、次元を超えるとめちゃくちゃ疲れるにゃ~。だから記憶のひとつやふたつも喪失しちゃうにゃ」


 えぇ……? 自分で「記憶喪失」とかって言う……? 怪しい……。


「でも、入江たちは大丈夫そうだけど」

「それはチミが側にいたからと推定するにゃ」

「たしかにくっついてたけど」

「はぁ~……やっぱしにゃ」

「【宇宙遺伝子】ってやつの影響?」


 マジでなんだよ宇宙遺伝子。

 普通に話してるけど一切受け入れられないわ。


「そうにゃ。けど、それよりもっと大事なものがあるにゃ」

「なに?」


 よいせと起き上がったマオは、くるっと一回転しなから出窓のでっぱりに飛び移り尻尾を立てた。


「それは……愛にゃ!」

「あ、愛……?」

「そう、愛にゃ! チミの持ってる遺伝子はたしかにレアなものにゃ。ただ、チミがレアだから、任務だから、という理由で彼女たちは命を張ってチミを守ったわけじゃないにゃ!」

「そんな素振りは一切見えなかったけど……?」

「それは彼女たちがプロだからにゃ!」


 なんのプロなんだろう……。


「にゃれど、きっとあったはずにゃ! きざしが! 彼女たちがチミを愛してるという兆しが!」

「き、兆し……? たしかに不登校児の俺にやけに話しかけてくるな~とは思ってたけど……」

「それにゃ! よくよく考えてみるにゃ! 気のない異性に声をかけるわけがないにゃ!」

「えぇ……? でも、入江は俺を天文部に入れたがってただけだし……」

「好きな男と一緒に部活ライフ送りたいのは当たり前にゃ!」

是野ぜのが遊びに誘ってきてたのもきっと美人局……」

「ひねくれすぎにゃ! それ普通にデートのお誘いにゃ!」

ひじりはやけに体調のこと聞いてきて不気味だったし……」

「好きな人の体調を気遣うのは当然にゃ!」

「田中さんは別になんの接点もなかったけど……」

「チミに振り向いてもらうためにアイドル活動に精を出してたにゃ!」

「マジ……?」

「マジにゃ。地球外生命体間でチミと監視員の情報は共有されてるにゃ」


 共有……。

 前に俺の行動がアーカイブされてるとか言ってたような気もするし、俺の今までの人生って一体……。


「ちなみに共有ってどれくらいのその……異星人にされてるの?」

「58065にゃ」

「……は?」

「58065。その中から厳選なる審査や戦争を経て、チミの周りには12の観測員がついていたにゃ」

「せ、戦争……? えと、じゃあマオもそのうちの一人ってこと?」


 返事の代わりにヒゲがぴろぴろと揺れる。


「入江、是野ぜのひじり、田中さん、マオ……こんなのがあと7種族も身の回りにいたってこと?」

「にゃ」

「知ってる人?」

「知ってたり知ってなかったり……チミはワチのことも知らなかったろにゃ?」

「知らない……どっか近所で飼われてたの?」

「ふっ……いわゆるノラというやつにゃ……」


 遠い目。

 あ、察し。あんまり聞かないであげよう。

 マオってなんか自分は偉い立場だみたいなこと言ってた気がするけどノラなんだ……。

 道端に落ちてるゴミとか木の実とか虫とか食べて寒空の下震えてたんだ……。

 憐憫の気持ち。


「俺の知ってるエイリアンってさ、まさか俺の両親もエイリアンだったりしないよね? だって、そんな謎遺伝子が遺伝するとか……」

「安心するにゃ。正真正銘の地球人にゃ。チミは完全なる突然変異にゃ」

「ほっ。でも、そうなると俺の知ってるエイリアンって誰?」


 マオはツンと目を細めて鼻をすぼめる。

 言えないってことか。

 もういいだろとばかりにマオが短い足でぴょんと飛ぶ。

 俺の膝に戻ってきたマオはひっくり返ると顎を上げて撫でるように要求。

 はいはいと指の腹でさわさわしてあげる。

 きゅるるんきゅるるん。

 どっから出してんだ、この声。

 とにかくもう話す気はないらしい。

 しばし顎や腹のふわふわな感触を楽しんでいると、扉の外からリンの声が。


「皆様、支度が済みましたので食堂へどうぞ」


 支度って急にあんな人間姿になって、こんなすぐ済むものなのかな?

 俺は艷やか、ふくよか、はりのいい、ほわほわな4人の肌の質感を思い出しつつ、血液の流れが下半身に流れきる前にマオを抱いて立ち上がった。

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