第32話 入江とリンと階段と

 俺たちの持ち家となった館には、玄関開けてすぐ「どで~ん」とした階段がある。

 そこをメイド姿のリンの後について上っていく。

 壁には、かすかに肖像画がかけられていた跡が。


「ここ、絵とかあった?」

「はい。アマツキ様が入居されるので片付けました」

「かかってたのって肖像画?」

「はい。前の持ち主の」

「へぇ、どんな人だったの?」

「勇者様です」

「ブーッ!」


 吹き出す。


「ゆ、勇者……?」

「はい。およそ2700年前、スターツ王国を興すきっかけとなった勇者【シキベ】が住んでいました」

「え、じゃあこの建物って2700年前のもの?」

「はい、でも安心してください。王家によってずっと保護、改修され続けていますから」


 えぇ……?

 それってもう、世界遺産レベルじゃん……。

 おぉ……そして、そんな重要文化財を勝手に荒らしてる是野ぜのひじりたち……。

 ま、何かあったら王様のせいにすればいいか。

 それよりも気になるのは──。


「その【シキベ】って人の肖像画? ってどこで見れる?」

「城の宝物庫にしまいました。王から許可をいただければ拝見できるかと」


 なるほど。

 シキベ。

 あきらかに日本人の響き。

 2700年前に日本から転移してきた奴がいるとして、そいつが勇者になった……?

 で、そいつがこの国を興す手伝いをしたのだとすれば、あのスターツ王がやけに日本に詳しいのも筋が通る。

 なんにしろ、また王様に会ってからだな。


「そういや、リンの言ってた『九体くたい』ってなんだ?」

「ひゃ……! あ、あの……その……『九体くたい』ってのは【草】の中から選ばれた9人のスターツ王の私兵でして……私はその一番下、9番目の【きゅう】の位をいただいてます」


 段々と声が小さくなっていくリン。


「私兵? 王国の兵士ではないの?」

「ひゃい……王のごくごく個人的な兵でして……」

「だからあんなにえっちな格好してたのか~。だよな~、国の兵隊であの格好はないよな~」

「そ、そんなに言わなくてもぉ……」


 リンは、きゅっ──とスカートを握りしめ、内股でもじもじと歩く。

 自然とスカートにシワが寄って、その中にあるものの形が露わになる。

 ほぅ、なかなか興味深いと思ってそれを見てると、入江から視線で咎められた。

 気まずいので話題を変えよう。


「リンってなんか印象違うな」

「ふぇ?」

「最初は無口だったじゃん、ちょっと怖いくらい」

「えぇ……!? そ、それは緊張してたからで……!」

「じゃあ、こっちが素?」

「そ、そうでふ……」

「そうでふ、だって」

「あわわ、からかわないでくだしゃ……わぁっ!」


 バランスを崩したリンを入江と二人で支える。

 そそっかしい「くノ一」だなぁ。

 パンパンっとメイド服をはたいたリンが艷やかな黒髪ボブをぺこりと下げる。

 ふと思った疑問を聞いてみる。


「名前呼ぶのって『リン』でいいのか? それともくノ一の時に名乗ってた『オリン』?」

「リンでお願いします……。その……『オリン』は【九体くたい】の中でのコードネームでして……」


 言うほどコードネームになってるか?


「わかった、じゃあ『リン』だな。よろしくな、リン」


 にかっと笑いかけると、リンのきれいな肌が真っ赤になった後。


「こ、こちらこそよろしくお願いしましゅ!」


 と、顔をぱぁと輝かせた。

 そんな会話を交わしつつ、俺たちは屋上へとたどり着いたわけだが──。



「え、あれって……?」


 入江が戸惑いの声を上げる。

 そりゃそうだ。

 だって、屋上。

 そこには──。


 ドーム──どう見ても天文台のてっぺんにあるようなドームがあったんだから。

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