30~37 館編
第30話 豪邸新居、忍者付き
「リンです」
闘技場のVIPルームに入ってきた黒髪ボブのメイドは、ぶっきらぼうにそう名乗った。
「では、みなさまの新居までご案内します」
俺たちが返事をする間も与えずに続けると、リンはスタスタと歩き出した。
「え、ちょ……?」
慌てて振り返り、スターツ王とロゼッタに頭を下げる。
顔を上げると、ロゼッタと目が合った。
ロゼッタはくしゃっとした笑みを見せる。
俺の体にビリっと電気が走った。
うん……やっぱり俺は……。
(俺のことが好きなのかどうか)
それを昨夜からずっと聞きたかった。
そして聞く前に、なんか俺が告白したみたいになっちゃった。
まぁ、どのみち今の俺はロゼッタなんかにふさわしくない。
……戻ってこよう、ここに。
ロゼッタの母親を見つけて。
その時に返事を聞くんだ。
その時にもし、俺が「勇者」って呼ばれてるものになってたりしたら……。
うん。
俺はロゼッタの目をまっすぐに見つめる。
「行ってくる!」
また戻って来る。
そう決意して、俺はVIPルームを後にした。
その決意が、早くもくじけそうになっていた。
「リン……!? 歩くの早すぎなんだけど……!?」
闘技場から徒歩で10分ほどの距離です。
リンは、そう言った。
でも──。
スタタタタタタタ!
リンの歩くスピードがハンパない!
メイド服の裾も揺らさず、埃一つ立てず、スササササっと進んでいく。
大柄の
ぐしゃっとしたクレヨンみたいな輪郭の
空を飛ぶ田中さんなんか余裕でスイスイついていってる。
「ぜぇ……ぜぇ……」
一方、俺と入江は脱水症状直前のマラソンランナーみたいにフラフラ状態で白目。
無理だって。
走るの苦手だって、俺ら。
「アマツキく……」
馬車の時みたいにおんぶしてもらおうと入江が手を伸ばしてくる。
俺はそれを格闘漫画の『
「前はおんぶしてくれたのに……」
「ほら、いま試合後で疲れてるから」
「ぜぇぜぇ……私と試合、どっちが大事なんですか?」
「ぜぇぜぇ……どっちも大事に決まってるだろ」
「うふ……うふふ……大事……アマツキくんが私のこと大事って……はぁはぁ……」
入江がなんかめんどくさい彼女みたいなことを言い出したので、適当に受け流して先に進む。
疲れすぎて色々なことが走馬灯のように頭をよぎる。
スターツ王国の王、レイヴン・ヴァルク・スターツのこと。
その娘、ロゼッタ・ストーン・イーヴァルのこと。
その兄デュオや、殺し屋
宿敵だった
褐色の騎士団長、俺たちを決勝で負かした嫌味な男クルス・
ロゼッタの存在にビビって奇声を発してた宿屋の主人のこと。
日本の学校で声をかけてきてくれてた入江、
アイドル活動してて、SNSで人気だったらしい田中さんのこと。
通学路でたまに見かけてたふわふわで妙に気高い野良猫のこと。
俺だけが見つけた星「
それから……「
あと、「
う~ん……考えてみたら、俺って友達いなかったから思い出もないな……。
共働きの両親とも顔も合わせないような日々だったし。
コスパ重視で生きてた俺だけど、こうして思い出が少ないのは少し寂しい。
「大丈夫ですよ、私がいるから、もう寂しくなんかないです……よっと!」
オレの心を読んだかのような入江の腕伸ばし攻撃を『
「べ、別に寂しくとかないし! ぜぇぜぇ……っていうか入江の腕伸ばしってダルシムっぽいよな。今後から腕伸ばす時に『ヨガっ』って言えよ」
「ひっど~い! ひどいです! 女の子をあんなおじさんに例えないでください!」
「いや、どっちもスキンヘッドだし、腕伸びるし、大体合ってるだろ」
「うっ……」
ヤバい、言い過ぎた。
絶対泣かれる。
そう思った俺はとっさに背中を差し出す。
「ほら、おんぶするから」
「うっ……いいん、ですか……? アマツキくんも疲れてるんじゃ……」
「大丈夫! こう見えて頑丈だから! 剣道やってたし!」
腰から下げた木刀「
「そう、ですか……。じゃあ……んっ……」
「こら、変な声出すなって」
相変わらずの冷たい肌。
よいしょと入江の体を揺すって上にずりあげた時に気づいた。
(あぁ……転移する時に押し付けられてた体、あれ入江のだったんだなぁ)
「んっ……んっ……」
と変な声を上げ続ける入江を背に、疲れすぎて朦朧としたまま一歩一歩と足を前に踏み出していく。
ドンッ!
「あいてっ……!」
つつつ……と前を見ると
「え?
「わ、私は疲れたからおぶってもらってるだけです! 別にいちゃついてなんか……なんか……」
「ふ~む、我々の目的は貴様を守ることだというのに、その貴様におぶわれてるとは本末転倒」
「ていうか入江っち喘いでなかった? 引くんだけど~」
「そ、そんなことありません!」
みんな揉めないで。
今の俺の疲れた頭に、きみたちの揉め事を解決する余力は残ってないから。
俺が全力で「無」になって現実逃避してると。
「みなさまぁ!」
俺たちをここまで連れてきたメイドのリンが甲高い声を上げた。
「ここが、皆様の新居でございまぁす!」
サザエでございます調で叫ぶリン。
その後ろには、引くほどデカいお館が。
え、ボロ屋敷じゃないの?
「しかも!」
俺たちを置いてきぼりなまま、メイドのリンはノリノリで「ハッ!」と叫ぶと、宙に飛び上がりくるりと回転する。
どろんっ!
目の前に急に出現した煙と葉っぱの中から、リンが現れた。
露出度の極めてエグい──「くノ一姿」で。
「この【草】の中でも特に優れた者のみが所属できる【
うん。
えっと、まず情報量。
それと、そのテンションね。
ってことで。
以下、次回。
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