第26話 カツ、かつ、勝つ

 カツ、カツ、カツ。


 長髪痩躯の陰気臭い男、渇蠍かつかつが靴を鳴らす。

 渇蠍かつかつはローブを脱いで腰に巻き付ける。

 すると、まるで手品かのようにいつの間にかアイスピックが8本、手に握られていた。

 薄汚れた格好をした痩せぎすの男が、地獄から天上を羨むかのような忌まわしげな視線を向ける。


(……!)


 思わず鳥肌。

 ひじり、田中さんと俺で扇状になり、渇蠍かつかつを取り囲む。

 狭い通路はパンパン。


「まさか、闇討ちが読まれていたとはな」


 一切のゆらぎも抑揚もない声。

 まるでAI音声だ。


「ハッ、何でも屋だか殺し屋だか知らんが、こっちはエイリアンだ。宇宙規模だぞ、舐めんなバカヤロー」


 よくわからない虚勢を張る。

 渇蠍かつかつはイラッとした様子で眉をしかめる。


「ふぅむ……面倒だなぁ。もっと愚鈍でいてくれれば、互いに一瞬で済んだの──にィッ!」


 一瞬。

 目の前に「点」が、迫って、い、た。

 渇蠍かつかつのアイスピック。


(え……はや……)


 対面してみて改めてその速さに驚く。

 死を覚悟。

 スローモーション。

 ちっちゃい「点」が、俺の眉間めがけて迫ってくる。


 ピタッ……。


 しかし、そのアイスピックが俺の目の前で止まる。


「ほう、気づくとは。ナノワイヤー。目には見えぬ100nm以下の最硬の繊維。それを張っておいたのだがな。人類には回避不可な必死のトラップ【置刃プッシング・ブレード】。もし、気づかずに突っ込めば……」


 渇蠍かつかつが、アイスピックをその見えない糸に突き立てる。



 シュパッ──!



 居合い切りの達人がコクヨのコピー用紙を切るかのごとく、アイスピックは気持ちのいいくらい綺麗に断切された。


「こうなるってわけか」

「ご明察♡」

「なるほど、だが……」


 カカカッ! カカカッ!


 渇蠍かつかつが左右の壁にアイスピックを投げて突き立てると、壁がごろりともげ落ちた。


「その張っている壁さえ破壊すれば問題なかろう」

「……ご明察」

「いくらいい道具を持っていても、使いこなせなければ意味はな──いッ!」


 再び向かってくる渇蠍かつかつ

 いつの間にか手には新しいアイスピックが握られている。

 ひじりがメスで対応しようとするが、手数で弾き飛ばされる。

 田中さんの投げた【針】も弾かれる。

 再び渇蠍かつかつのアイスピックが目の前に迫る。

 木刀流星剣シューティングスターを振る。

 最小限のバックステップで躱した渇蠍かつかつは、その反動で一気に向かって……。



 ドゥン──!



 床に穴。

 是野ぜの

 完全エイリアン造形の是野ぜのパンチが床に大穴を穿った。


「てんめぇ……ソラになにしようとしてやがる……!」


 後ろを見ると、すでに英雄鬼チャンプはノビている。

 うちの最高戦力がここに来て参戦とはありがたい。


 カカカカカカッ!


 渇蠍かつかつは、ひるまずアイスピックを投げる。

 も、是野ぜのの甲殻の前に簡単に弾かれてしまう。


「ハッ! 今のウチの装甲の耐圧強度は15EPaグザパスカル耐圧だってば! 加速装置でも使えばいざ知らず、そんな原始的なアイスピックなんかで……って……え? ちょ……ちょ~!?」


 カカカカカカッ!

 カカカカカカカカッ!

 カカカカカカカカカカッ!

 カカカカカカカカカカカカッ!


「ど、どんだけそれアイスピック隠し持ってんだ、てめぇ~!?」


 息つぐ暇もなく投げつけられるアイスピック。

 それは、寸分たがわず一箇所にダメージを与え続け──。



 バキィ──!



 とうとう、穿

 是野ぜのの超科学っぽい装甲を。


「うおぉっ!! マジかよ!?」


 是野ぜのは頭を振って酸の液を飛ばす。

 渇蠍かつかつはフェザー級のボクシング王者のようにダッキングしてそれを躱す。

 ひじり是野ぜのが追って渇蠍かつかつに襲いかかる。

 性格は正反対な2人ながら、その息はぴったりと合っている。


 も、膠着。


 こっちの最高戦力2人がかりでも渇蠍かつかつの牙城は崩せない。

 しかも狭い通路でデカいひじり是野ぜのが並んでるもんだから、隙間がなくて手出しもできない。

 ひじりがナノワイヤーを飛ばすと、渇蠍かつかつはマトリックスのように腰を反って躱し、是野ぜのの剥げた装甲へと靴先の仕込みナイフを突き立てる。


「ぐっ……!」


 是野ぜのがよろけた一瞬を見逃さず、渇蠍かつかつは拾い上げた。

 田中さんが投げて弾かれていた【針】を。


 ──!

 誰?

 誰に投げる?

 是野ぜの

 ひじり

 田中さん?

 入江?

 俺?

 それとも──。


 俺はロゼッタの射線に入り、流星剣シューティングスターを立てる。



 バキンっ!



 予感的中。

 渇蠍かつかつの投げた【針】が、流星剣シューティングスターに当たって逸れる。


「読まれた……?」

「宇宙スケールで考えれば余裕で読めるんだよ! お前の行動なんてな!」


 虚勢。

 虚言。

 出鱈目。

 嘘偽うそいつわり

 使えるものはなんでも使っていく。

 渇蠍かつかつの眉間がヒクついて、初めて表情のようなものが見えた。

 動揺してる?

 なら──いけるかもっ!

 そう思った時、声がした。



「な、な、な、何してるんだ貴様らァ~~~!」



 ああ、そういや忘れてた。

 こいつがいたんだ。

 チーム『アルティメット・デモン・スターツ』のオーナー。

 ロゼッタの兄。

 デュオ。

 金髪外ハネカールの生理的に無理なヒョロ男。

 そのデュオが、意外なことを言う。


「こ、こんんなこと……! 、お前たちはァ~!?」


 ん?

 この襲撃は、デュオの指示じゃない……?

 となると、この闇討ちの首謀者は……。


「──チッ。利用されただけのバカはバカらしく大人しく後ろにいればいいものを。ターゲットを変更。第2プランへと移行する」


 渇蠍かつかつは、俺たちに背を向けるとデュオに向かって一直線に進む。

 一瞬で距離を詰めた渇蠍かつかつは、デュオに向かってアイスピックを突き立てる。



 キィン──!



 しかし、その刃は阻まれた。


「間に合ったようだな」


 剣。

 バロムのおっさんの剣によって。


「誰だ、貴様」

「元闘士だ」

「知らぬ」 

「お前にとっちゃ私なんぞ路端の石ころ同然だろうが……」


 バロムのおっさんの眼が熱く燃える。


「私は毎時毎秒、この時を夢に見ていたぞおおおおおお!」

「なにを言って……くっ……!」


 意外にも。

 天才渇蠍かつかつを押し込んだのは、

 異星人の桁違いの肉体でも、

 エイリアンの超技術でもなく、

 枯れたおっさんの気迫、だった。


 おっさんは振った剣を放り捨てると、渇蠍かつかつに抱きつき、壁に押し当てる。


「ぐっ……! なんで俺がこんなジジイに……!」


 よし、やった!

 おっさんの執念が天才を上回った!

 これで勝っ……。


 と思った時、声が響いた。



「ついに尻尾を出したな! スターツ王国第一王子暗殺未遂の現行犯だ! 捕らえよ、皆のもの! 絶対に賊を逃すな!」



 解説おじさん。

 ローブと王冠に身を包んだ解説おじさん──王様? の後ろから、兵士たちが一斉になだれ込んできた。

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