第25話 ぐっちょんぐっちょん大混戦

 誰よりも早く動いたのは田中さんだった。


「入江っち! 敵!」


 通る声。

 さすがアイドル部の絶対的センター、いい声質。

 なんて一瞬思考が現実逃避してると、ぎゅんっ──! と伸びた入江の腕が俺の襟を掴んで後ろに引っ張られた。

 レッドキャップが慌てて手を伸ばす。

 だが、すでにそこに俺はいない。

 控室の中央まで引っ張られた俺を、是野ぜのが抱きとめる。

 そして俺を引っ張った反動を利用して、入江が扉へと

 すっ飛ぶ入江は、まるで宇宙空間を高速展開するロケットのよう。

 「ガンッ!」っと音がして、入江の頭がレッドキャップの顔面を捉える。


「ギャッ……!」


 レッドキャップがのけぞると同時に、田中さんが端的に状況を伝えた。


「後続来てる! モンスター3体! 渇蠍かつかつも! 計4体!」


 渇蠍かつかつ

 その名前に全身がこわばる。

 天才殺し屋。

 それが来てる。こっちに。

 作戦立てて不意打ちできればまだなんとかと思ってたけど……。

 それが向こうから来ちゃった……。

 いや、でもこっちが先手を取れたんだ。


「基本、さっき言った作戦通りで、あとは臨機応変に!」

「りょ~かいっ! 闇討ちするような卑怯な奴らはギッタンギッタンにのしてやるぜっ!」


 完全に自分たちを棚上げした是野ぜのが、レッドキャップと入江のいる扉へと向かって駆け出す。


 まず、扉まで一瞬でたどり着いた是野ぜのが、入江とレッドキャップの頭上を飛び越えた。

 レッドキャップが、超えさせまいと是野ぜのに手を伸ばす。

 そのレッドキャップの体を、入江が押さえつける。

 そして、そのまま硬化して無力化。

 結果、渇蠍かつかつへの切り札だった「入江で無力化計画」をここで使うはめに。


(外の様子が気になる……!)


 エイリアンズは俺を守ることを最優先事項としてる。

 だから、俺が前線に出しゃばればみんなの邪魔になる。

 なので、俺は控室の中から外の気配を探る。

 カチコミの出鼻をくじかれた『アルティメット・デモン・スターツ』は、完全に混乱に陥ってる様子。


「こいつら……なんでこんなに対応が早いんダッ!?」

「まさか、読まれていた?」

「フハハ、興がノッてきた! 一方的な虐殺は好かんッ!」

「チィ──面倒な」


 ひじりが扉から出たのを見て、俺も扉を抜けた。


 通路の先には、前からホブゴブリン、英雄鬼チャンプ、シャーマンゴブリン、最後尾に最後尾に渇蠍かつかつという配置。


 通路に出た是野ぜのが、昆虫のように壁を走っている。


 ホブゴブリンのすっとろい一撃をやすやすと躱した是野ぜのは、天井を駆けて当初の標的の【英雄鬼チャンプ】の元へとたどり着いた。


「よ~う! 英雄鬼チャンプ! り合おうぜぇ~!?」

「フハッ、未知の強者ツワモノ! 貴様の勇、見せてみよッ!」


 エイリアン感丸出しで天井から英雄鬼チャンプへと是野ぜのが飛びついた。


 これで、

 レッドキャップには、入江。

 英雄鬼チャンプには、是野ぜの

 というマッチングが完成した。

 残る互いの戦力は──。

 前方に目を凝らす。

 すると──。


「ハ……ハガっ……?」


 ズッ──。

 ホブゴブリンの頭が斜めにズレて。

 ボトリ、と床に落ちた。


「ふむ、脂で【KUREN556】が汚れてしまったではないか」


 ひじりの両手にはメス。

 どうやら一撃で勝負がついたらしい。


(え、ひじりって、ここまで……?)


 是野ぜのもゴブリン族最強と謳われている英雄鬼チャンプと互角にやり合ってるし、こいつら……俺が思ってたよりも強そう。

 入江と田中さんだって、特色を活かせばかなり有能だし。

 どうやら、こいつらが「厳しい試験を抜けて俺を監視する役目についたエリートエイリアンたち」ってのは本当のようだ。


(こんな奴らが三日前までクラスメイトとして普通に暮らしてた、だって……?)


「アマツキ!」


 田中さんの声で現実に戻る。

 オッケ。考えるのはあとだ。

 残りのシャーマンゴブリンの相手は俺の役目。

 崩れ落ちたホブゴブリンの背後からシャーマンゴブリンの姿が見える。

 その背の低いゴブリンは、こちらにロッドを向けていた。


 ぐんにゃり。


 視界が歪む。

 シャーマンゴブリンが一回戦で「あばれうしどり」を相手に使った幻術だ。

 試合では所持禁止だった武器ロッドも手に持ってるから、たぶん威力も倍増のはず。

 でも、俺は……。


(マクロ……マクロマクロマクロマクロ!)


 マクロな世界に思いを馳せる。

 幻術、あやかしの類は「目の前の現実を歪ませる」術だ。

 現実とはすなわち目の前のもの──いわば等身大スケールの世界。

 なら、等身大以上の宇宙規模のスケールでものを見てやろうじゃねぇか。

 幻術、魔法、感覚操作?

 そんなもの、かける側の想像力の範囲内でしか作用しないだろ。

 つまり!

 宇宙規模のスケールを想定してる今の俺にとって!

 マクロ次元に思いを馳せてる俺にとって!

 こんな目の前の「歪み」なんて──。


「ないも、同然んんんっ! マクロぉぉぉぉぉ!」


 ガッ──!


 木刀──流星剣シューティングスターでぶん殴り。

「ぐぇっ!」

 よっしゃ、KO!


「うむ、惚れる!」


 ひじりの言葉をスルーして、奥の渇蠍かつかつへと視線を向ける。


「アマツキ!」


 田中さんの声。

 瀕死のシャーマンゴブリン。

 そいつが、毒々しいナイフを取り出して俺に突きかかってきてる。

 え、マジ? やばっ。一瞬固まる。


「あぁ、もうっ! これ数量限定なのにっ!」


 田中さんの声がすると、彼女サイズの小さな【針】がシャーマンゴブリンの首に刺さり、シャーマンゴブリンはその首からどろりと溶けていった。


「持ってたのかよ、武器!」

「数量限定、一回使い切りだって! 奥の手なのに~!」


 でもサンキューだ。

 さっきの試合で使わなかったからこそ、それがいま活きた。


 そして、これで。

 レッドキャップは入江が無力化中。

 英雄鬼チャンプ是野ぜのともみ合っている。

 ホブゴブリン、シャーマンゴブリンはひじりと田中さんが倒した。

 さぁ、あとは──。



 渇蠍かつかつ



 ゆっくりとこちらに向かってくる天才殺し屋に向かって、俺は流星剣シューティングスターを構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る