第15話 vs ぬるぬる触手ぁ~ズ

 円形の闘技場は、古代ギリシャのコロッセオのように観客席が試合場をぐるりと取り囲む造りだった。


(さて、周囲を観察するか)


 試合場は円形。

 そこへと通じる通路は8つ。

 今はすべて鉄柵が下ろされている。

 試合場を取り囲む壁に空いた、要塞の窓のようなたくさんの穴。

 そこからも人が見ているが、みんなどこか冷めた様子。


(あっ、あいつ……)


 その中にロゼッタの兄、デュオの姿を発見。

 相変わらずヘラヘラとムカつく笑みを浮かべてやがる。

 あのへんは関係者席ってとこか。

 試合が終わったら俺たちも観戦と洒落込もう。

 この一回戦が終わって無事だったら……の話だが。 


『わぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 試合場を取り囲む観客席からの凄まじい歓声が響いて、思わず耳をふさぐ。

 歓声の理由。

 俺たちの対戦相手──「ぬるぬる触手ぁ~ズ」のうち、1匹が前に進み出たからだ。


「向こうの先鋒は……ローパー?」


 ローパー。

 円柱状の本体に触手がたくさん生えただけの生物。

 なはずなんだけど……。

 目の前のやつは、俺の頭の中にある「ローパー」よりも──。

 一段とデカく。

 一段とどす黒く。

 一段と触手の動きが不穏だった。


「ああ、ローパーだ。低級モンスターだからとぬかるなよ。あれに掴まれたが最後、抜け出すことは不可能と思え」

「だ、大丈夫そうか、是野ぜの?」

「んあ? まぁ、大丈夫じゃね?」

「こら、そんな楽天的だと後悔するぞ。いいか? ローパーというのは……」

「はいはい、わかったわかった。注意ね、はいはい」

「まったく、お前というやつは……!」


 バロムのおっさん、是野ぜのと普通に話してるけど怖くないのかな?

 見た目、完全に人とは相いれざる様相をしてるけど。


「ローパー、マンイーター、スキュラ、ワーム。それが向こうの構成のようですね」

「うむ、いずれも強敵だ。勝てぬと思ったら怪我をする前に降参を……」

「てか、あいつなに~? テイマーの奴」


 田中さんの指した、

 あまりに非現実的な光景かつ十八禁色が強すぎるがゆえに、俺がここまで意図的に触れずにいたに目をやる。

 うん……。

 後ろに控えるマンイーター、スキュラ、ワームの触手に男に。


「あれが……ド変態テイマー『ソー・クヴァック・アニマ』よ……」


 え? 束縛マニア?

 一瞬空耳するも、震え声で呟くロゼッタにそんなこと聞けるわけもなく。

 しかも、『ド変態』だなんて言葉を、可憐な乙女ロゼッタに言わせるなんて……。


(許せん! 束縛マニア! じゃない……ソー・クヴァック・アニマめ!)


 ソー・クヴァック・アニマは覆面で表情こそ見えないものの、弛緩しきった肉体からは完全に「イッちゃってる」のが伝わってくる。

 しかも、身につけてるのは青い腰布と革ブーツのみ。

 完全に変態。

 存在自体が十八禁。

 かろうじて腰布の中身が見えないように気を利かせてくれてるのが救いか。


「奴は、一部の好事家の間で重用されている悪名高いテイマーだ」

「変態愛好家か」

「ああ、なかでも特に奴を高くかってたのが、悪名高い貴族……」

「ド・ゾマ・シヴァッテール伯爵」


 え? 『どマゾ縛ってる』伯爵?

 そんな空耳をやはりロゼッタに言えるわけもなく。

 ソー・クヴァック・アニマに、ド・ゾマ・シヴァッテール伯爵……。

 ……色々大丈夫か、この国?


「しかし、おかしいな。ソーは、あまりの猥褻かつ残虐な戦いっぷりゆえ、闘技場から永久追放になっていたはずだが……」


 バロムが髭を触る。

 と、関係者席からデュオが身を乗り出した。


「愛すべきスターツ王国の民よ! 喜べ、 此度『ぬるぬる触手ぁ~ズ』の永久追放処分を解いたのは──なにを隠そう、この僕だぁぁぁぁッ!」


 とたんに観衆が沸き上がる。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「あのエロエロ虐殺がまた見れるっていうのかよ!」

「ありがとうデュオ様~~~!」

「あんたはこのスターツ王国の誇りだぁ~!」

「一生あんたについて行くぜぇ~~~!」

「デュオ様最高! 触手最高!」

「デュオ様最高! 触手最高!」

「凌辱! 緊縛! 凌辱! 緊縛!」

「凌辱! 緊縛! 凌辱! 緊縛!」


 次第に闘技場が「凌辱&緊縛」コールに包まれていく。

 デュオは両手を広げ、恍惚の表情を浮かべている。

 向かいでは、覆面半裸のテイマーが触手に縛り上げられ喘いでいる。

 その様子を見て俺は確信する。


(うん……この国、終わってる……)

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