#25. Don't say goodbye, my love.
いつも どこからか 聴こえてくる さよならの詩
「主砲被弾!
「主砲消火!!! 予備のINSCDUに切り替えオートパイロットと再接続。ダメージコントロール班待機‼」
けたたましいアラートと消火を急ぐ声、赤いランプの明滅が止まらない。
被弾の衝撃でぐらつくイシュタルの中、脳内でシミュレートする。
なぜこのタイミングで《ラルウァ》が来たのか。
恐らく理由はひとつ。
《
百合と獅子の紋章を掲げ、勇者気取りの深紅のクレイドルが戦闘海域に降り立つ。
世間知らずで傲岸不遜なお姫様の声。
《チョンジエン軍は直ちに軍を退け!》
悪魔の呼び声高い《ラルウァ》の存在もあり、皇国・
この不可思議な介入者の意図は? 代表は本物? それとも敵軍の撹乱? ここで条約違反の軍事介入をするその心は――?
混乱で一時的に双方の攻撃が鳴りやんだ。息を詰めるかのような静止。
「退けって言って、止まると思う?」
「まず無理だな。ここで退けば不利になるのはチョンジエンだ」
「そうよね。
アンナとシスネが他人事のように解析する。二人の見立ては正しい。
条約を締結し、
退けば次の獲物はチョンジエンだ。
やすやすと「はい、分かりました」で退けるわけがない。たとえ代表の命だとしても。分かって条約締結したんじゃないのか――エジェの甘さにはいつも辟易とする。
「艦長! 動きがあれば俺も出ます」
「お願い」
これがチョンジエンの国家としての答え。
来るだろう出撃命令に備えて《ルサールカ》をスタンバイ状態にする。
「クレイドル全機発進!」
針路クリア。
状況は劣勢。
戦術レベル以上のクレイドルパイロットは私を含めれば六機。
「アイリス・ヴィクトロヴナ・ミハイロフスキー、《ルサールカ》発進する」
不確定要素を消すためには何としても討たなくては。
《ラルウァ》アーサー・アル・スレイマンを。
戦局をかき乱す行為がどれほどの罪か身をもって彼は知らなければならない。
《チョンジエンよ、
悲痛ともいえる叫びが戦場にこだまする。
けれど、それはもう何の効果も持たない。
チョンジエンからもクレイドルが攻撃を再開し、《ラルウァ》はエジェを守るように応戦する。アンナとシスネはイシュタル防衛。ジェイムズ・セシルとハヤト、飛龍が強奪された《アルコ》《エスパーダ》《ピュロボルス》をこちらもそれぞれに展開し、応戦する。
《ラルウァ》は決して殺さず、戦場を駆けていく。
――私の目の前で、誰ひとりとして殺さず。
「お優しいことね、まったく」
殺さずに戦闘を止めることができるのなら。
どうしてあのときにそうしてくれなかった。
ディディを、テオを、みんなを殺さないでいてくれたら、今頃〈マギエル〉なんてどこかへ消えてのんびりと暮らしていただろう。言っても詮無いことだけれど。
「《ルサールカ》! 照準は《ラルウァ》、オートプレイモード」
AIによる自動演算モードに切り替え《ラルウァ》を追う。
目標を最優先したオートプレイは搭乗員には優しくないので急旋回・急上昇を繰り返す。圧し掛かるGに耐えながら、追い縋ってくる旧式を、わずかに残した防御用の演算リソースで分解する。
「チッ、ちょろちょろ逃げ足は速いな、いつもいつも!」
まるで見えないシールドでもあるかのように、《ラルウァ》は私の攻撃を
皇国軍最強の魔女。
そう謳われる私の攻撃を全て何もなかったかのように受け流していく。
――腕が鈍ったとは思いたくない。そうであれば生きている意味がない。
「アイリスさん!」
「――ッ⁉ どいて、ハヤト!」
前方から援護のつもりかハヤトが飛び出してくる。
「殺される」
と思った。
また目の前で《ラルウァ》に仲間を……どけと叫んでも命令してもハヤトは針路を変えなかった。
しかし《ラルウァ》は《ランサメント》の動力タンクを薙ぎ払っただけで通過した。素粒子展開して、水柱が上がる。
どうやら《アルコ》の動力タンクも破壊したらしい。
私にも素粒子展開され《ルサールカ》が寸手のところで防御システムで回避する。また演算機能を追跡に特化させ、《ラルウァ》を追う。
少し距離が離れ、それを詰めようとしているうちに《ラルウァ》が瞬く間に《エスパーダ》を落とす。《エスパーダ》が動力源を失って着水する派手な水柱が上がる。
「手当たり次第に荒らしてくれちゃって、まぁ」
《ラルウァ》を追う飛龍の声がした。
いけない!
視界の端に素粒子展開した《ピュロボルス》が映る。
白い狼のパーソナルマークが入ったクレイドルは損傷しているのか、傍から見ても演算速度が落ちている。ダメだ。それではとても《ラルウァ》には敵わない。まずは《ピュロボルス》の回避を。お願い退いて――!
――でも、今の《ラルウァ》なら《ピュロボルス》を一緒に討ってくれるかも?
それはほんの刹那の油断。
私の、決定的な判断ミス。
「飛龍! 退いて‼」
もう遅かった。
《ピュロボルス》の素粒子展開が白い狼を飲み込んでいく。
あの距離なら、《ラルウァ》は飛龍を守れたのに。微動だにしなかった。
チョンジエンは守っても、皇国は守らない。
『どのような戦争に対してもかならず固定的に中立である』
チョンジエンの理念通りに、《ラルウァ》は目の前で飛龍を見捨てた。
私の目の前で、また。
「フェイ、ロン……?」
死なないって言ったのに。
乾いた笑いが喉から漏れる。死なないって、言ったのにね。
《ラルウァ》に肉薄した《ピュロボルス》を一蹴して《ラルウァ》は戦場を去った。
「飛龍」
終わったんだ。
ふっと身体から力が抜ける。
《ルサールカ》のオートプレイモードを解除した。
私はまた《ラルウァ》に負けた。なにが最強? 笑ってしまう。
大切な人をいつも守れないくせに、こんなに弱くてどこが最強。
「アイリス」
声が聴こえた気がした。
ディディの声か、飛龍の声か。柔らかく私を呼ぶ声が聴こえたのに。
見据える現状には素粒子分解時の熱で海が蒸発する白煙しか見えない。
ディディも飛龍も、もうここにはいない。
❖
「セシル、私怖かった」
私の言葉にジェイムズ・セシルは顔を歪めた。そして視線を外した。
「ディディの声にそっくりで――飛龍が」
「アイリス」
「怖かったんだ、セシル。私の迷いが――飛龍を殺した。守れなかった」
弱さなんて全部棄ててきたと思っても、私はこうしてまた弱音を吐いてしまう。
縋ってもジェイムズ・セシルは助けてはくれないのに。
ジェイムズ・セシルはぎこちなく微笑んで
「どうして? アイリスが好きなのは、愛してるのは、ヴィルだろ? ディディでも飛龍でもないだろ?」
だから怖くない。殺したなんて思わなくていい。
そう言うジェイムズ・セシルに現実を思い知らされる。
本当にバカだ。何も見えてないんだ、あたし。
選ぶということはそういうこと。
誰か一人を愛すということは、他の誰にも心のリソースを割かないこと。
「……飛龍がロスト認定されたから遺品整理お願いね」
精一杯の虚勢を張る。
分かってるの。分かってたの。泣く資格もないんだって。
ジェイムズ・セシルはしばらくの沈黙のあと、絞り出すように私を小さく呼んだ。
「仲間が死んだら泣いてもいいと思うよ、リリィ」
「――――っ」
堤防が決壊するように涙があふれた。
泣いちゃいけないと思っても止まらない。
大事だった。言えなかった。言っちゃいけなかった、それでも。
また大切なひとを目の前で喪って、《ラルウァ》がどうしても許せない。間違っている憎しみでも。許せないよ。
「リリィ」
「飛龍のうそつき」
この涙が海になって、きみが融けた海と交わって。
きみをやさしく包んで眠らせることができればどんなにいいか。
目を瞑ればきみは笑う。
「またあした」はもうなくとも。
きみは残酷に「愛してるよ」と笑って繰り返すんだ。私の耳の奥で永遠に。
死なない。その言葉通りに、きみは私の中で生きていく。
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