#24. The sand glass will eventually be full. [Count Down Op.1]

 あなたとあたしの間に 永遠の溝 埋まらない 深遠の蒼


「コンディション・レッド発令。対艦・対クレイドル戦闘用意」

 予定されていた通りの時刻にアラートが鳴る。

 待機室がにわかに慌ただしくなる。戦闘服に着替えて格納庫ハンガーへ。

 クレイドルの最終チェックを行い乗り込む。

 機体の名前を呼びかけると皇国軍のシンボルと自分でカスタマイズしたAIナビのホログラムが浮かび上がる。私はプリセットの中性的な人型のAIのままにしている。

《ルサールカ、万事滞りなく――存分にご武勇を》

「ありがとう。さぁ、行きましょ。――皇国の誇りにかけて」

 今は使われなくなったスローガンを呟く。

 連合ユニオンは今でも「連合ユニオンのための世界浄化」という言葉を使うだろうか。先の大戦以降、自粛が求められた言葉。ディディが連合ユニオンと戦う理由だった言葉。ディディを殺した言葉。


 ❖


「クレイドル二十機、機種特定。チョンジエン所属第四世代」

「《ロキ》、《ランサメント》発進! その他は待機」

 艦橋からおびただしい情報が流れ込む。

 目まぐるしい戦闘の始まり。

 ジェイムズ・セシルから通信が繋がれる。

 戦闘時の厳しいその顔はのジェイムズ・セシル・グレンヴィル。

「出撃して本国は大丈夫なのか? アイリス」

「たぶん許してもらえるはず。チョンジエンの決定的な裏切りを掴んだことだし」

「アイリス」

「セシル?」

「また、あとで」

「えっ」

「みんなで話そう、いろいろと」

 言われたことが一瞬分からなかった。数秒遅れて気づく。

 生きてまた戻る。

 私もジェイムズ・セシルも、みんなここに戻ってくると。

「ジェ……」

「ジェイムズ・セシル・グレンヴィル、《ロキ》発進する」

 通信は断ち切られ、ミサイルの雨の中へ《ランサメント》と《ロキ》が出ていく。

 《ルサールカ》の前面モニタに映るのは、次々と落とされていくチョンジエンのクレイドル。噴煙を上げて海に落下するミサイル、巨大な水柱。

 ――未だに姿が見えないのは、アルファ。

「アントワーヌ、聞こえますか」

「どうしたの〈マギエル〉」

「アルファが来たら私もすぐ出ます」

 アントワーヌが呆れ顔で頷いた。

 どうせ拒否権はないのだろうと苦笑して。

「そうね」と間髪入れずに返す。

 私はあれを討って、早く終わらせなくてはいけないから。

「海峡を塞がない位置まで出たら、敵クレイドルは主砲で薙ぎ払うわ――あとは〈マギエル〉に」

「ええ、アルファは私が討ちます」

 能力では敵わないとみたのか、チョンジエンのクレイドルが続々と投入される。

「無駄なのにねぇ」

 飛龍フェイロンの嘲笑う声が聞こえる。

 言葉通りチョンジエンは劣勢になっていく。

 ジェイムズ・セシルとハヤト。たったの二機。

 数や理屈や戦術ではない、能力の差。覆らない圧倒的な優勢。

「キミも出るの? アイリス」

「私もパイロットだって知ってる?」

「じゃあ出したくないなっていうのは、俺のエゴかな」

 声だけで届く飛龍の通信。

 あのデバイスを思い出すから顔が見たくなった。

 声だけ置いていかないでほしかった。

 万が一のときは虚空に何もかも消える私たちだから。

「飛龍、映像つないで。お願い」

「なに。どうしたって言うのさ、一体」

 事情を知らないちょっと面食らった顔の飛龍が映る。

 声だけは同じ、確かに重ねてた。

 懐かしい声にディディが返ってくるような幻想をまだ見てた。だけど今気づく。

 喪いたくない。大事だよ。

 飛龍も大切なひとには変わりないって気づいたから。

「飛龍――――好き?」

 飛龍は短い問いかけの意味を正しく汲み取って、首を横に振った。こんな汚い質問に柔らかく微笑んで「いや、」と否定する。

「愛してるよ」

 私は飛龍がそう答えるとどこかで知っていて微笑った。

 飛龍は私を置いていかない。

 こうやって欲しい言葉をちゃんとくれるから。

「だったら絶対に生き残って。――何をしてでも」

「キミがそう望むなら」


 ❖


 直後だった。

 ミサイル直撃の激しい衝撃が格納庫ハンガーにも及ぶ。

 火災警報が鳴り響き、「主砲被弾!」の怒鳴り声があちこちから聞こえる。

 脳が理解するより速く鼓動が把握する。

 《ラルウァ》。

 そらに素粒子分解領域を展開する、蒼い悪魔。

 アーサー・アル・スレイマン。

 世界で一番逢いたかった。この三年間、一秒たりとも忘れたことなんてなかった。やっと逢えた‼

 着水の衝撃で揺れる身体に、それよりも激しく震えが疾走はしる。

 武者震いとでもいうのか。噛みしめても噛みしめても漏れる笑いが止まらない。

 もう逢えないかと思っていた。このまま一生ディディの復讐もできないまま、《ラルウァ》はのうのうと生きていくのかと。

「アントワーヌ。姿勢が安定次第、《ルサールカ》出撃します」

「ちょっと〈マギエル〉、あなたまさか……」

「《ラルウァ》もチョンジエン所属機。刺し違えてでもここで討たねば脅威になる」


 忘れるわけじゃない。置いていくわけじゃない。

 今でも世界で一番愛してるよ、ディディ。

 でも、でももし《ラルウァ》を討てたその時は。

 少しだけ前に進んでもいいかな? 

 きみに似た声がそう思わせるから。本国で待っててくれる人もいるから。

 もう一回だけ、世界を綺麗って思ってもいいかな。

 

 ――お願い、もう一度世界を輝かせて。

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