#23. The excuse that kills.
トリガーを引かない勇気より、トリガーを引いて生き残る勇気を選ぶ
着任の挨拶に訪れた
お疲れ。かけられた言葉は無視した。
「アイリス、それはよくないんじゃないのか」
「ああ、いいのいいの。気にしなくていいんだ」
ジェイムズ・セシルが私の行く手を遮って咎めた。
飛龍が苦笑して後ろからジェイムズ・セシルを宥める。
現実味のない風景が視界をたわませてクラクラする。
ジェイムズ・セシルは宥める側でしょ。咎めるのはディディの役目で宥めるのがセシルでしょ。こんなちぐはぐ、おかしいよ。
視界が揺れて、溶けて、ぐにゃりと渦を巻く。現実と思考が噛み合わない。
「うるさいよ、ジェイムズ・セシル。急いでるから通して」
「アイリス、いい加減にしろよ」
「――お疲れ様。失礼いたしました。グレンヴィル准将、李准将」
ジェイムズ・セシルを乱暴に押しのけてすれ違う。少しの憤りと困惑をもって、呆然と彼は見送った。飛龍とすれ違う時、小さくおざなりに敬礼した。苦笑を深くする飛龍から目を逸らす。
「これで満足?」
名前なんて呼びたくない。
飛龍の名前なんて呼びたくない。
なのに。セシルが悪い。私を咎めるセシルが悪い。それを宥める飛龍が悪い。
気持ち悪い。吐きそう。――その声がディディなら、逆なのに――そうじゃない、私が悪い。
ふらつく足で待機室に向かう。あそこに行けば誰かしらはいる。
ハヤトなり、シスネなり誰かととりとめなく内容のない話をすれば、きっとこの吐き気は治まるはずだから。
❖
「シスネ・アグリ・ボルボーネです」
吐き気は治まるどころかひどくなった。
数分もしない内にジェイムズ・セシルと飛龍も待機室にやってきたのだ。
「急いでるんじゃなかったのか」
と軽く嫌味を言われ、それもまた無視をする。
シスネが几帳面に敬礼付きで挨拶するものだから、ジェイムズ・セシルたちの足は自然、こちらに向かってくる。
「従来艦とは大違いだな。ねぇ?」
「李准将はこれまで従来艦に?」
「飛龍かフェイでいいよ。堅っ苦しいの嫌いなんだよね。俺は今まで軍本部付き。ちなみにガキのころから五億回は訊かれてるけど俺はチョンジエン系の八世。根っからの皇国生まれ皇国育ちだから、名前はこんなだけどチョンジエンに欠片ほどの愛着もないから安心して」
ディディと同じ声なのに違う口調。恐らくこれが本来の飛龍の喋り方。
気を抜けば今すぐにでも昏倒してしまいそうで冷えて汗ばむ手をぎゅっと握った。寒くもないのに、悪寒が背中を這いずり回る。
「……グレンヴィル准将、俺たちは」
「李准将が先任だ。実戦での命令系統は〈マギエル〉、李准将、俺の順だな」
「フェイでいいって。クレイドルパイロットは先任後任関係ない。勝つことがすべてだ。今日からこのメンバーで頑張っていこうじゃない」
「俺もあんな風にやれればいいんだけどな」
「グレンヴィル准将」
「ジェイムズ・セシルでいい、ハヤト」
「何くっちゃべってんの。セシル、お前が案内係だろ」
「すみません、今!」
アンナに手首を掴まれて立たされた。
「一緒に行きましょ」
なんてそのまま飛龍の案内に付き合わされて、ふわふわと混濁する意識で最後尾をついて歩く。
意識がはっきりしたときには艦橋にいた。
❖
「――聞いてるの? 〈マギエル〉」
「え? ああはい、もちろん」
「とにかく
ハサブ駐留の
アントワーヌ艦長、副艦長、ジェイムズ・セシルと飛龍と私。
軍本部からの伝達で西ユーラシア一帯に出された防衛戦の作戦会議の真っ只中である、コンソールモニタに表示された地図を見ながら、聞いていなかった分を脳内で補足する。
「つまりどの程度の規模なんです? 奴らの部隊は」
「ハサブは大したことないんだけど、インド洋艦隊がね――」
「アスタルテ基地で強奪された三機があるという?」
「ええ、そうです。この戦闘は避けられないわ」
「こうなっちゃうと避けようもないですしねぇ」
「本艦はチェンナイ港へ向け0600《マルロクフタマル》出航します」
アントワーヌの指揮に副長とジェイムズ・セシルの声が呼応する。
飛龍も出撃を問われて快諾する。
私にはもう聞かなかった。どうせ今回も議長命令でもなければ出撃しないと思っているだろうことが少し癪に障った。
「ジェイムズ・セシル、飛龍。
「……チョンジエンが!?」
「大丈夫? 戦えるわよね」
「――はい、もちろんです」
ふ、と微かな溜息をついてジェイムズ・セシルと飛龍が艦橋を後にする。
私だけ艦橋に残った。
「あなたは?」
アントワーヌが不可解そうに眉を寄せた。毛嫌いされたものだ。
昨晩、軍本部からあらかじめ報告を聞いた際に決めていた言葉を短く伝える。
「アントワーヌ、私も出ます。いいですね?」
「〈マギエル〉が?」
「アルファに追われるのも飽きましたし、
「つまり――?」おそるおそる副艦長が訊く。
「壊滅させます。強奪された三機は廃棄処理とします」
「廃棄って、最新鋭機よ! いくらすると思ってるの! 誰の権限で……」
「仕方ありません。〈マギエル〉とはそういうものなので」
アントワーヌが目を見開く。
艦橋にいた他のクルーも一瞬、手を止めて振り返った。
時間が止まるというのはこういう感覚なのかと妙に感心する。シィンと静寂。
「…………分かったわ」
アントワーヌが渋々頷き、静寂が途切れる。
用は済んだとばかりに退出しようとした私の背中に、アントワーヌの意地悪そうな笑いが降ってくる。
「たいがい、あなたもジェイムズ・セシルには甘いのね? 〈マギエル〉」
「何か勘違いされてますよ、アントワーヌ」
言い訳は自分で思っているよりも下手だった。
思わず閉まったドアの向こうに舌打ちする。
ジェイムズ・セシルに甘いんじゃない。チョンジエンが憎いだけ。
飛龍を死なせたくないんじゃない。
――言い訳はさらに理由をはっきりさせるだけだった。
ジェイムズ・セシルが撃てないなら、私が撃つ。飛龍が戦うなら、私が守る。
自分との約束。
ディディを守れなかった分、きみたちを。
償いには遠くとも。
艦橋から自分の士官室へと戻る途中。
夕焼けの甲板にジェイムズ・セシルと飛龍が見えた。
会話は聞こえない。
寂しくて「少しだけ」を言い訳して覗き見る。
いまだに違和感は否めない。吐き気は襲い来る。脳と視界は一致しない。
それでもいい。それでもいいから、この光景を今度こそ喪いたくない。
――だから、さあ、トリガーを引く準備を。
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