#11. Instinctive, murderous strategy.
聴こえますか? 聴いていますか? ああ銃声はもう耳元で――
「核攻撃を⁉ そんな……まさか……」
信じられないとジェイムズ・セシルが
皇都が核に曝されてから、すでに夜が明けている。議長はジェイムズ・セシルに椅子を勧め、自らも深く腰かけて指を組んだ。私はその二歩後ろ、右横に控える。
「私も君と同じ。信じたくはないが、事実は事実だ」
「しかし」
「しかし想定していたとはいえ、衝撃的だよ。こうまでして強引に開戦され――核まで撃たれるとは」
核の二文字に、議長と同じく指を組んだジェイムズ・セシルの手がきつく白く握りしめられる。
苦悩を描き出すその鼻梁からはセブンスヘブンを思い出しているのだろうと察せられた。
「……皇国は……これからどうしていくんです?」
「どうしていくも何も。撃ってきたのは
「アイリス」
議長に咎められて形ばかりの謝罪を述べる。しかしながらセブンスヘブンに続き二度目の核は、完全に我々を隔絶した。皇国民の中で
歴史に、伝承に、禍々しい白い光は永久に恨みがましく登場しつづけることになるだろう。それを感じていて「皇国はどうするのか?」など愚昧すぎないか。
「ではどうしたらいい? 一度進んでしまった時計の針を君ならどうやって戻す?」
議長の問いにジェイムズ・セシルは目を逸らして「でも!」声を荒げた。
「怒りと憎しみだけで撃ち合ってしまったら、世界は何も得るもののない戦うばかりのものになってしまう」
「シシィ君」
「俺は……ジェイムズ・セシル・グレンヴィルです! 先の大戦を起こした――グレンヴィル家の一員です‼」
彼がチョンジエンでの名を棄てる。
きみはその場その場で大事な人を裏切っちゃうんだね。あのお姫様も可哀想に。
ジェイムズ・セシルを見ていたくなくてニュースを映し出すパネルを見る。
昨日の戦場を映した画面の中央を、白い狼のパーソナルマークをつけたクレイドルが翔けていく。色は違えど狼のパーソナルマークはディディのもの。そう簡単に二つ名もない人間には使ってほしくない。ディディだけのものであってほしい。
白い狼はそこそこの成果を挙げて誇らしげに帰投していく。
何が嫌かって自分が嫌だ。
重ねて、比べて、彼じゃないことに落胆している。
そんな自分に吐き気がして再びジェイムズ・セシルを見る。
「
「あれは俺じゃ」
「君が指示したことではないことは充分分かっている。グレンヴィル派はグレンヴィル派、前議長は前議長、君は君だ。――君に先の大戦の責任はない」
はっとジェイムズ・セシルが顔を上げる。
議長が頷きかけ、ジェイムズ・セシルの肩から力が抜けた。
セブンスヘブンの死者を利用して復讐を叫び、自国内でのテロという暴挙に出た者たちの言葉にジェイムズ・セシルがいたく傷ついていたことは知っている。
『偽りの世界でどうして撃った者と撃たれた者が笑いあうのか』
『エイブラハム・ジョージ・グレンヴィルこそが正しき指導者』
『目には目を歯には歯を――核には核だ』
たったそれだけの言葉。別に誰もあなたを責めちゃいないよ。
たったそれだけの言葉で傷ついて、いったい何が守れるの?
「だが嬉しいよ、ジェイムズ・セシル。君は戦火を消そうとここまで来てくれた」
「議長……」
「君のような一人一人の気持ちが必ずや世界を救うだろう」
時計が定刻を指した。議長に目配せする。
エミリアことアウローラ皇女の演説が始まる時間だ。彼女の声は皇国議会管轄のスタジオから全皇国民のデバイスへ同時放送される手筈になっている。
画面が一斉に切り替わり『開戦後初のアウローラ皇女による演説』に皆が釘付けになった。人工の海を背景に歌う《アウローラ・ディ・スフォルツァ》をジェイムズ・セシルが驚きを隠せない様子で見つめる。
「アウローラ? いや、ここにいるはずが……」
聞こえるか聞こえないか程度に発せられた彼の疑念に議長が素早く反応する。
「笑ってくれて構わんよ、ジェイムズ・セシル」
「え?」
「君になら分かるだろう?」
言外に偽者だと示されてジェイムズ・セシルがますます混乱した様子を見せた。
あまりに無防備な表情に溜息が出た。こんなことだから付け入られて傷つくはめになるのだと余計なお世話まで滲み出そうになる。
「彼女の力は大きい。私などよりも遥かに」
「プレヴァン議長」
「彼女の力が必要なのだよ。そして、君の力もまた」
「俺……私の」
予想外であったろう議長の言葉にジェイムズ・セシルが尋ね返すように視線を重ねた。それを正面から受け止めて、議長は私に例の
秘匿コードから連絡すると、すでに万事整っていると簡潔に返された。
「議長、整いました」
「では行こうか。付いてきたまえ、ジェイムズ・セシル」
「行くってどこへ……?」
私も議長も答えず、床を軽く蹴って先を進んだ。ジェイムズ・セシルも諦めたように後ろに続く。アウローラの歌声で満たされた部屋のドアは音もなくそっと閉まった。
❖
「クレイドル整備No.605《ロキ》だ。《アルコ》・《エスパーダ》・《ピュロボルス》などと同時期に開発された機体だ」
「ロキ……五機目の新型⁉ 皇国はこんな……こんな……」
「強奪された三機とは少し性質が異なるの。どちらかと言えば《ランサメント》に近いわ」
「アイリス、君も知ってて……?」
睨みながら問われる。肩をすくめて苦笑すると彼の眉間はさらに険しくなった。
これで私の《ルサールカ》の存在を知ったら激昂しそうだなと思う。
「この機体を君に託したいと言ったら、どうする?」
「え?」
「私は想いを同じくする者には同じ場所に立っていて欲しいと願う」
スチールの手すりをひと撫でして、議長がジェイムズ・セシルを見据える。
ジェイムズ・セシルは《ロキ》を見下ろした。
一瞬彼の目が私に言葉を求めたけれど、何も言わず、同じく《ロキ》を見下ろす。
「願い通りに事を運ぶのは容易ではない。だからこそ君には力ある存在であってほしい」
「力ある……存在……」
「誰でも、私たちだって平和がいいに決まってる。でも世界は歪んじゃうから」
「だからといって、武器も取らず一方的に滅ぼされるわけにもいかないだろう?」
「……………………」
ぐっとジェイムズ・セシルの手が握られて、黒いジャケットの裾がぐしゃぐしゃに皴になる。ねじれた布地を見て、ふと自嘲気味な笑みをジェイムズ・セシルは浮かべた。どちらを選んでも裏切り者でしかない自分に焦れているのだろう。
議長が「後は任せる」と耳打ちしてくる。
含みのある笑みを残して謡うように言う。
「君にできること、君が望むもの、君が一番よく知っているはずだ」
議長の軍靴がスチールの床を蹴る。
カン、と甲高い音をひとつ立てて彼は去っていった。
二人きりにされた《ロキ》の格納庫で私はずるずると座り込んだ。制服を通じて硬く冷たい温度が伝わってくる。
手すりに背中を預けて、ジェイムズ・セシルを見上げた。
「どうするの?」
「――まだ、分からない。……でも俺は」
「戦うの? 戦えるの? きみは敵を殺せるの?」
「敵って誰だよ。俺たちは誰を敵とするんだ? アイリス」
芯の強い
三年前、チョンジエン潜入作戦の直前に見た決然とした眼差し。
一瞬怯みそうになって俯き、何か言われる前に吐き捨てるように言った。
「
「
「皇国民だからよ! 私は――軍人で、皇国民で」
「でもだからって」
「愛してる人を殺された!
「繰り返していくのか? 憎しみを? それで撃ち合って何が得られる? 彼らだって俺たちだって人間なんだよ、アイリス‼」
「そうだよ」
私の即答に、ジェイムズ・セシルは驚いたようだった。
静かにもう一度呟く。そうだよ。肯定を何度だって。
ジェイムズ・セシルは分からないと
「人間だから憎しみあうの。人間は人間しか憎めないんだよ、セシル」
「違う、そんなの、そんなの君だって望んでなんかないじゃないか!!」
「でもじゃあどうしたらいいの? どうやったら戦争は止まるの?」
「そ、れは」
「どちらかが死ねば――自動的に終わるでしょう? とりあえずは」
沈黙が訪れて。やがてジェイムズ・セシルは手すりを殴った。
一度ならず、二度三度と。
二人っきりの空間に鈍い音が何度も何度も響いた。泣きながら、殴っていた。
ふわりふわりと涙が球体になって浮かんで、どこかへ流れて消えていった。
ちくしょう、と彼は小さく呟いてずるずると座り込んだ。私は
❖
「今日はホテルに戻って休んで」
「ああ、そうさせてもらうよ」
白々しくよそよそしい会話をいくつか交換し、ジェイムズ・セシルに背を向けた。
「ねぇ、セシル。許せないよ。憎いよ。――それでも私、きみを殺したくない」
わざと振り返らなかった。
きっとみっともない顔をしている。
ジェイムズ・セシルもきっと苦しげな顔をしているはずだ。
そんな顔見たくない。ちょっと困った顔で笑ってて。
撃ちたくない、殺したくない、憎いけど許せないけど、悔しいけど、殺せない。
私は皇国が
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