#10. In the Heaven where is violated.

 楽園は簡単に踏み荒らせるのに 願いは血を流そうとも叶えにくい


 第一戦闘群が戦闘域に突入した後は、両軍優劣なく膠着状態で戦況は展開していった。最終防衛ラインだけは突破されないよう、防衛域をそれぞれが死守する。瞬く間にそらが様々な光と騒音で満ちていった。

 クレイドルで遮断されているはずなのに、機内の空気がいやに硝煙臭い気がする。

 私は最終防衛ラインでもしもの時のため、イナンナ艦の警護についている。

 たまに第六防衛線を突破してくる羽虫を捕食する食虫植物のような役割だ。《ルサールカ》用に強化開発されたビームライフルで撃ち落とし、成果をデモに取る。

「油断するなよ、〈マギエル〉。奴らの狙いがイナンナ艦と皇都とは限らん」

「分かっています。哨戒機からの連絡は?」

「今はまだないが入り次第伝える。帝都だけは撃たせるな」

「……撃たれたら行く場所なんかないものね、我々には」

 イナンナ艦の艦橋からの通信へ、常々議長が掲げている言葉を返すと通信は突然打ち切られた。

 気に障ったのだろうか。誰もが思っていることで不安を煽ってしまっただろうか。

 皇国が対連合ユニオン対策として政治機能をヨーロッパから宙域都市に移して久しい。

 行く場所がないために我々はそらで生きているが、それは人間というカテゴリーでは不可思議な生態だ。

 やはり不自然ないきものは疎まれ滅びゆく運命なのだろうか。我々皇国民は。

 取りとめのないことを考えながらも、すでに羽虫を七機ほど食べた。手ごたえのない、うるさい蝿程度の機体で不謹慎ながらつまらないと思ってしまう。

 八機目の羽虫を消化しようかというところで、哨戒機から強制通信が入った。

 声がひっくり返っていた。

「極軌道哨戒機が敵攻撃隊に核ミサイルケースを確認!!!」

「――何ですって?」

「正確な数は把握できていませんが、かなりの数です!」

「あいつら……ッ!」

 舌打ちしてパネルを素早く叩くと極軌道方面の光学映像が表示される。灰色のミサイルケースに確かに黄色と赤の忌まわしいロゴがペイントされていた。

 《ラルウァ》シリーズを模した白を基調に青のペイントを施した機体が、皇都へと押し寄せてくる。くちびるをひと舐めして覚悟を決めた。撃たせる前に撃てばいい。そのためのクレイドルなのだから。

 しかし、イナンナ艦からロンギヌス隊へ緊急帰投命令が出され、間もなくして最大級の戦闘艦隊が出される。

 そのうち一隻は議会や軍部でもトップシークレットになっていたはずの新装備を付けている。

「ニュークリア・コフィンズ……⁉」

「ミハイロフスキー隊長? あれは」

「ロンギヌス全機撤退! あれに巻き込まれたら死ぬよ‼‼」

「え、は、はい!」

 周囲に他の隊がいないことを確認してすぐさま撤退する。

 何しろニュークリア・コフィンズはクレイドルの巨大版、影響を及ぼせる範囲のものは全て素粒子分解してしまうという兵器で、その強力さから実戦には初投入となる。何が起こっても、どれだけの被害が出ても不思議はない。

「隊長、あれはいったい?」

「私にも詳細は明かされていないけど稼働時間七秒の新兵器」

「七秒? たった七秒で何ができるって……」

「殲滅するのよ、敵を」

 連合ユニオンの核ミサイルが皇都に向けて一斉に放たれた。紅い核弾頭が無数に視界を覆う。

 私の言葉を証明するかのように、コフィンズが演算展開して、圧倒的な巨大な熱量が一瞬のうちに核攻撃隊ごと完全に消滅させた。

 瞬きを数回するかしないかの内に、核も攻撃隊も塵さえ残さず霧散していった。

「核ミサイルはすべて撃破。攻撃隊も消滅。ニュークリア・コフィンズは現在システムを休止しています」

 安堵を交えた誇らしげな報告が入る。

 その声を、帰投しドックへ接続された機内で聞く。薄く、掌が汗ばんでいる。無意識下で恐怖した。核よりも、それを撃破したコフィンズに。

 戦争はしない、平和や対話を望むと言っておきながら、皇国の軍事力は三年前よりも拡大している。上っ面を美しく滑らかに取り繕ってなお、我々とて本当は戦火を望んでいたかもしれない。

 ぞわり、と背筋を触手で撫でられるような悪寒が這う。安全装置を取って、また小さく舌打ちした。

連合ユニオン軍は月面基地まで撤退。よってコンディション・レッドからコンディション・イエローに移行します」

 アナウンスに機体から降りる。《ルサールカ》は戦闘ステータスのままスタンバイさせて、更衣室に直行した。

 ロンギヌスは隊全員がパイロットで構成されていると言って過言でないので、大名行列になってしまう。今回も十数名の部下が副官以下、私の後ろに続いており、周囲の視線が少し気になる。

 皇国最大規模の戦艦ともあり、充実した更衣室内にはシャワーにロッカー、ソファとちょっとしたドリンクなどが常備されている。プラスティックめいた観葉植物をいじりながら戦闘服のままでソファに腰かけた。当然のように隣に副官が座ってインスタントの珈琲を淹れ始める。右隣にも少女が座った。

「リンネ……びっくりした。誰かと思った」

「ご無沙汰しております、〈マギエル〉」

「やめてよ。そんな呼び方。相変わらずいたずらっ子だなぁ」

 苦笑すれば彼女も苦笑で応じてきた。変わらない関係が好ましく思えた。

 彼女はヴァルトシュタイン隊が発足するまでロンギヌスにいて、常に私の傍にいた。ヴァルトシュタイン隊発足の際、まだ不慣れなヴィルのために軍部は〈マギエル〉の一番弟子であるリンネを与えたのだ。

「お元気そうで何よりです。この間はお話もできませんでしたから」

「ああ、破砕作戦ブレイカブルのとき? 一応気づいてはいたよ?」

「どうだか。アイリス様、うちの隊長ばかり見ていらしたでしょう」

 くすりと笑われて、リンネの指が私の顔に張り付いた髪を優しく払う。

 大概よく見ているものだと少し気恥ずかしい。

「アイリス様」

 どこか楽しそうで前向きな声色に珈琲をすする。彼女もまたそれに倣った。カップを置いて彼女は続けた。過去、別れ際に交わしたセリフと同じ言葉を。

「あなたが仰る通り、世界を見極め、強くなります。あなたに追いついてみせる」

「それずっと言ってるけど、ここまで来たっていいことなんて一つもないよ」

「それでも。お傍までまた必ず参ります。あなたが何と止めようとも」

 すでにエースパイロットが何を言うんだかと笑ってやれば、地位や階級の話じゃないんですよと彼女は溜息を吐いた。

 続々と帰投するパイロットでにぎわい始めた更衣室は居辛くなってきて、お互い珈琲を飲み干す。

「私、アイリス様が好きです。今でもずっと」

 脈絡もなく言い捨ててリンネは席を立った。

 なんで今? どういうこと?

 エリートなりの理論があるんだろうけど、理解しづらい話の飛躍をするときがある。まさに今。ジェイムズ・セシルもテオもヴィルもペドロも話がポンと飛ぶ。

 それでみんな通じ合っているときがある。――そういえばディディもそうだった。それでいけばディディも【肩章付き】でもおかしくないのに。

「わっ、私だってアイリスさま大好きですから!」

 しばらく放置していた副官が拗ねたように喚いた。

 子どもか。

 そう思いながらも宥める。

 ――だが、平和なのは今このひとときだけ。和やかな時間はどんなに願っても長くは保てない。核攻撃されたことで皇国民も黙っていないだろう。

 カウントダウンはマイナス状態だ。


 ❖


「〈マギエル〉議会から入電です」

 呼び出され急いで戦闘服から制服に腕を通し、保留音を解除する。

 議長の秘書官からだった。

 早急に帝都議場へ戻り議長の護衛を再開しろと、彼は切迫した口調で告げた。

「ジェイムズ・セシル・グレンヴィルが議長に面会を申し出ました」

「来てるの? 皇国に? いつ……」

「友好国とはいえチョンジエンは要注意国です。接触は危険を伴います」

「そう、そうね。承知しました。すぐに戻りますので面会は引き延ばしてください」

「先に議会からの議長招請を優先させておきます」

 通信が切れた何もない空間をぼうっと見つめる。

 ジェイムズ・セシルは嫌いだ。嫌いなはずだった。

 裏切り者で、許せなくて、戦場で会ったら殺してやろうとすら思った。

 なのに、敵になるのかと思うとひどく嫌な気分だった。

 胃がせりあがってきそうだ。

 できれば戻ってきて欲しい。ジェイムズ・セシルに皇国軍へ。

 みんなのお墓の前で泣いて詫びて、新たな戦火を止めるべくクレイドルに乗るなら、そうすれば許せる気がした。

 膝を抱えて顔をうずめる。

 分かっている。

 どんなに無茶苦茶なことを言っているか。

 それでも一縷の望みをかけて皇都への臨時シャトルを手配する。

 分かっている。

 願い通りに現実も運命も動かない。

 それでも時計の針が戻せたならと願ってやまない。

 みんながいたブランドゥングの前の時間へと。


 出撃後の、こんな夜は。

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