#09. The hand is extended to twilight.

 握りしめた指 そっと微笑まれて それが 最期なのだと知った


連合ユニオン連合ユニオンによる連合ユニオンのための正しき世界を導かん!」

 口々にそう叫んで向けられる銃口は私の両親を撃ち抜いた。

 母親の指をしゃにむに握って力なく握り返された。

 辛うじて微笑まれて、泣き叫んだ。

 逃げろ、逃げるんだ、と父親のひび割れた声がした。母親が力尽きて目を閉じた。構うな、逃げろ、早く行け! 父親の声とともに銃声が三発。

 声は途切れた。

「ガキはどうする?」

「皇国民は全員殺す」

連合ユニオンによる正しき世界を導かん!」

 繋いでいた手から力が抜けた。それが、最期なのだと悟って、嗚咽した。

 一斉に銃口が私へと向けられた。すぐに私も殺される――そう思った瞬間、カツリと何かが手に触れる。黒く鈍く光る自動小銃が手に当たった。

 よくも父さんと母さんを! ダメで元々、トリガーを引く。父親にさされた止めと同じ三発。トリガーを引いて私は気絶した。

 気がついたら私は皇国軍に保護されていていくつかのテストを経て、〈マギエル〉と呼ばれていた。

 両親が殺されて一週間。九歳の寒い冬の夜の話だ。


 ❖


「〈マギエル〉、連合ユニオンの新しい声明文はもう確認したかね」

 革張りの椅子に深く背を委ねて、議長がこぼした。囁きに近いかもしれない。薄暗い部屋に、それは響かずゆっくりとカーペットに沈んでいった。

「皇国を極めて悪質な敵性国家とみなし武力を持って排除するそうだ」

「また戦争が始まりますか」

「戦って……それで何を手に入れようというのか」

 苦悩に交じって侮蔑をその声に見る。

 静かに閉じられた眼に、疲れと怒りが滲んでいた。

「チョンジエンも連合ユニオン側につくだろう」

「そうですね、スレイマン代表一人ではどうにもならないでしょう」

「――イシュタルが危ないかもしれない」

「アントワーヌはそう簡単に死ぬ士官ではありませんよ」

「彼は――戻ってくるだろうか。私の力になってくれるだろうか?」

 問いかけに口を噤む。

 ジェイムズ・セシルはどうするだろうか。

 スレイマン代表のもと護衛シシィとしてチョンジエンの未来を支えるのか。故国でジェイムズ・セシルとして皇国の未来を築くのか。

「不安、ですか?」

「笑ってくれて構わんよ。私には君らのようなカリスマ性はない」

「いいえ、笑ったりなど……」

 議長は自嘲気味に笑って数枚の書類を差し出した。

 署名欄には国防委員長の名。演説原稿だった。

 エミリアに渡したのとは違い、開戦を仄めかし士気を高める内容になっている。

「皇国軍は全軍コンディション・イエローで待機。君がこの演説を行う」

「私がですか……? 議長や国防委員長ではなく?」

「皇国軍最高の象徴は今や〈マギエル〉なのだよ、アイリス」


 ❖


 連れ立たれて最高議会へと招聘される、議員方は既にそろっていた。進行役が連合ユニオンからの書状を読み上げると場内はすぐにざわついた。

「全くもって話にならん!」

「今さらテログループの逮捕引き渡しなど……」

「一度は連中も納得したではないか!」

「賠償金請求、武装解除、現政権の解体に、連合ユニオンから皇国議会へ監視員の派遣などと、まるで敗戦国扱いではないか!?」

「――開戦するしかないのか?」

「向こうに対話で解決しようという気はないのだから仕方ない」

「仕掛けてきたのは向こうだ」

「「「「「開戦するしか無かろう」」」」」

 様々に言葉が飛び交って議長は密やかに眉をよせる。

 感情論ばかり先走るのを落ち着けと議長が窘めるとようやく議場は静けさを折り戻したが、気まずい沈黙が場を占めている。

「事態は既にコンディション・レッドだ。迎撃態勢を取るしかなかろう」

「――已むを得ませんね。我々には軌道上衛星都市セブンスヘブン総攻撃の恐怖が残っていますし」

 場内が再びざわついた。

 一番栄えていた都市への急襲。

 あの恐怖と悲しみを思い出しては誰もが迎撃を叫んだ。

 結局、皇国軍の全軍出撃は全員一致で可決され、速やかに命令が下る。

 軍が誇る最大の空母イナンナをはじめ皇国軍総員配備で迎撃することが決定した。


 ❖


「それではよろしく頼む、〈マギエル〉」

 国防委員長に言われて軍部の放送周波にあわせて演説を始める。

 セブンスヘブンを想いだせと。先の大戦を思い起こせと。悲しみは誰のせいだと。

 憎しみがあるのなら武器を取れ、繰り返したくなくば、守りたくば敵を討てと。――皇国のために、皇国軍のために命すら惜しんではならないと。

 薄っぺらな偽造された正義をあたかも当然のごとく並べ立てた。

 仕事だと割り切って。

「全軍コンディション・イエロー。全軍戦闘ステータスで待機せよ」

 私の言葉に警報が鳴る。

 コンディション・イエローを知らせるとランプとサイレンが鳴る。

 よくやってくれたと国防委員長――義理の父親に肩を叩かれ放送を切断する。満足だという彼に恐怖すら感じた。

 そのまま私の隊であるロンギヌスもイナンナ艦にて待機となった。

 皇国の全国・全宇宙港が封鎖され、警報が発令される。

 連合ユニオン・皇国ともに静かに進攻し、まもなく開戦する。

 イナンナから哨戒機が出撃。全隊のパイロットが機体に乗り込む。

 私も新たにあてがわれたクレイドル整備No.606《ルサールカ》に乗り込んだ。

 《ロキ》の姉妹機として開発された、モノトーンを基調とした機体は、死の女神の名を冠している。

「《ルサールカ》発進シークエンスを開始。発進後は戦況を見て行動されたし」

「了解。アイリス・ヴィクトロヴナ・ミハイロフスキー、《ルサールカ》起動する」

「システムオールグリーン、針路クリア、《ルサールカ》発進どうぞ!」

 発進しようとパネルに手を置いた瞬間、ふとあの寒い日の記憶が蘇ってくる。


 ❖


 父親を撃った数と同じ三発の銃弾は三人の男を次々と撃ち抜いた。

 飛び散る紅に頬を濡らし、鉄臭くぬめるそれを舌で拭い、止めにもう三発撃った。満足して意識を飛ばした。

 そして気がついたら皇国軍に保護されていて、試しにと射撃訓練をやらされ、クレイドルシミュレーターに乗らされた。

 それぞれありえない高スコアだったらしく、「選ばれし子だ」「それとも魔女か」「殺人遺伝子を組み込まれているのか」「そんなものあるものか」「いや実在するらしい」「確かに。この子を見ていると否定できない」「年はいくつだね?」「こんなに幼いのに」「〈マギエル〉とでも呼ぶか」「魔術師か」「君の名前だよ」

 雨のように言葉が振ってきて、私はそれに怯えもせず答えたのだった。

 今さら思い出す。


 ❖


「〈マギエル〉どうしました? 発進どうぞ‼」

 オペレーターの声に慌てて発進ボタンを押す。冷たい感触は母の指のようだ。

「アイリス・ヴィクトロヴナ・ミハイロフスキー、《ルサールカ》発進する」

「ヴァルトシュタイン隊ヴィルヘルム・フォン・ヴァルトシュタイン出るぞ」

 隣から慣れた声と、見慣れた機体が発進する。それぞれイナンナから吐き出される。

「お前が出るまでもない。皇国もお前も――」

 一瞬、思案するように切って、それでもヴィルヘルムは続けた。

「俺が何もかも守ってやる」

 トップスピードで戦場に翔けていく機体を止めようと《ルサールカ》を動かす。

 が、速度と攻撃力に特化したヴィルヘルムのクレイドルに追いつくことはできず、空を切った。

 彼が往く宇宙はあの寒い日の夜空と同じ漆黒で、どこか不吉な予感が胸をよぎる。


 それからわずか十五分後、再び開戦。

 第四次世界大戦へと突き進む。

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