#05. Meteor lead to Shooting.
乱さないで 崩さないで 諦めないで 忘れないで 傷つけないで 死なないでよ
百年は安定軌道にあると言われていた
艦橋で軌道を確認し、それぞれから溜息が漏れる。
直撃は免れない。
「次から次へと……よくもまあ問題ばかりが舞い込むものね」
口をついて出た己の声があまりに愚痴っぽくてうんざりする。
議長が私の肩に手を置く。
「だが、こうなった以上できる限りの対処はしなければ」
「分かってますよ。……まずはチョンジエンのお二人へご報告ですかね」
「それは私と艦長からしよう。君は本国と調整を諮ってくれ」
艦長を伴って出ていこうとする議長に胡乱な目を向けると、困ったように彼は言った。
「これでも私は、君のチョンジエン嫌いを尊重しているんだよ」
つまりは私に気を遣ってくれたということか。変にマメな男だと半分感心し、半分呆れる。ジェイムズ・セシルやあのお姫様と顔を合わせたくはないから、助かったといえば確かにそうだ。でも、だからといって。
「本国との調整なんて、もっと面倒じゃないの」
意外に響いてしまった声を、クルーたちは聞こえないふりで流した。
❖
あてがわれた士官室から皇国議会へ入電する。ノイズも少なく、通信は良好だ。
「それでどうしろと言うのだ、〈マギエル〉」
「地球への衝突コースをたどっている現在、回避する術はあるのか?」
「――地球ごと
「いやしかし軌道衛星都市だけでは我らも……」
口々にさんざめく議員方を沈黙で制し、議長からの言伝を静かに伝える。
「どの隊でも構いません。
「
「こうなった以上、セブンスヘブンを止める術はただひとつ。砕くしかないのです」
この艦の中で同時に同じことを言っている人間がいるとは知らず、私は続ける。
四年ほど前、
もう地球も宇宙も戦火に赤く染めるわけにはいかないのだ。
「かの都市にご遺体が残っていることは百も承知。それでも落とすわけにいかないのです」
「世論が荒れるぞ。先の大戦の引き金になった事件だ。悲しみは癒えず、憎しみは増す。我らの責任問題になる」
「それでも落とせばまたクレイドル同士の血で血を洗う悲しみの連鎖が生まれます」
議員方が顔を見合わせる。
戦争になるのは避けたい。
事態は緊急。――ならば、選び取る道はひとつ。
重々しく黒の制服を纏った議員が頷く。最悪の事態だけは避けるために。
「すぐに
「承知いたしました。イシュタルにもこのまま向かわせます」
「〈マギエル〉、議長とチョンジエンの二人を頼んだ」
「この命に代えても。皇国の誇りにかけて」
❖
議会の了承を議長に伝えるため士官室を出て走る。さほど距離のない部屋から罵声が聞こ
えた。面倒なことになっていないことを祈りつつ、走るスピードを上げる。
「そなたら本気で言っておるのか! 分かって言っておるのか!?」
「エジェ、落ち着いて」
「落ち着いてなどおられぬ! 仕方がない?
あのお姫様には本当に困ったものだ。額を覆って溜息を吐く。何か問題を起こさなきゃじっとしていられないらしい。一勢力の代表が他勢力の下士官を怒鳴りつけるなんて、双方にとって面倒にしかならないとなぜ分からないのか。関わりたくないけど見かねて諫めようとしたと同時に、吐き捨てるような制止が入る。
「休憩室での冗談だろ。そんなことも分からないのかよ」
「なんじゃ、その口の利き方は」
「あー。そうでしたー。あんた偉いんでしたね。――だったら下士官の戯言ぐらい聞かなかった振りで流せよ」
「貴様‼」
黒い髪、黒い瞳から、迸るように少年――ハヤトの憤りが感じられる。嫌悪、失望、憤怒、悲哀。それらが少年の双眸をぎらぎらと美しいまでに滾らせていて、刹那、目が離せなくなった。
「俺の家族は……チョンジエンに殺された」
「……………ッ」
「だから俺は中立なんて信じない。チョンジエンを、あんたたちを信じない!」
言い捨てるとハヤトは憤りのままに足音高く部屋を後にする。立ち聞きがバレてはまずいと咄嗟に影に身を潜めたけれど、私には気づかず去っていった。
後ろ姿に何かが鎌首を
ちがう、いけない、そうじゃない、でも彼なら。
ハヤトなら……いけない、ちがう。
ぐるぐる逆巻く感情を深呼吸で宥めて議長の下へ向かう。
優先すべきは現在の任務、だ。
❖
「すでに
「地球は我々にとっても母なる場所。全力で事に当たってくれ」
私が艦橋に戻ると先遣隊から入電があった後で、少々拍子抜けして議長の傍に控える。
「到着後はヴァルトシュタイン隊長の指示に従って」
アントワーヌが破砕に当たるパイロットたちに出した指示に思わず浅い息を吸った。
「ヴァルトシュタイン……」
「どうかした、〈マギエル〉?」
「いえ何も。続けてください」
注がれる視線を慌てて振り切る。議員方もとんだ食わせものだ。議長には〈マギエル〉を。〈マギエル〉にはヴァルトシュタインを。手綱は握っているとでも言いたいのか。
と。突然、決意めいたものを滲ませてジェイムズ・セシルが入ってくると訝しむ目はそちらに向けられた。
「無理は承知で、私にもクレイドルをお貸し願えないでしょうか」
みんなが驚いてジェイムズ・セシルを見る。
私はそこまで驚きはしなかった。言い出しかねないと思っていたから。
決然とした顔は、皇国軍にいた頃の面影があった。
アントワーヌは何を言い出すんだと堅い顔で答えた。
「
「しかし元パイロットとして何もせず黙って見ていることはできません」
ジェイムズ・セシルらしい。
もう殺すための武器は取れないけれど、救うための武器を取る。大した理想主義だ。そんな想いで守れるものが、この世界にいくつあるだろうか。
「私が許可しよう。議長権限の特例として」
「議長!」
「戦闘ではないのだ。破砕に当たる人数は多い方がいい」
詰るようにアントワーヌが叫ぶ。議長は耳あたりのよい言葉で言い含める。予備の紺青色の制服を受け取ってジェイムズ・セシルは足早に艦橋を出て行った。
「彼も取り込む気ですか? プレヴァン議長」
「私たちには今、力が必要なのだよ。アイリス」
議長は泰然と微笑んだ。
❖
「ヴァルトシュタイン隊、未確認小隊と交戦中!」
オペレーターはアントワーヌを振り向いて判断を仰ぐ。「そのまま。我々はヴァルトシュタイン隊の援護に」答えると、再び計器に向き直る。そして発進シークエンスが開始され、汎用型クレイドルが射出準備に入る。議長が深い溜息をついた。恐らくは百年の安定軌道を捻じ曲げた、人為的な何かを思って。
今まで聞いたことのなかった低く冷たい声で議長は言う。
「力は必要だ。加速していく世界で想いを貫くためには」
「想いだけでも力だけでも世界は止まらないがゆえに?」
「そう。――だからこそ私には必要なのだよ。君もジェイムズ・セシルも」
❖
「ジェイムズ・セシル・グレンヴィル、行きます」
本当の名前で戦場へ飛び立っていくかつての戦友と、落ちていく人工衛星。
まるで世界が争いを呼び、血を求める声のようで。
汗をかいて冷えた指を握りしめた。
「議長――――私も、出撃させてください」
凶器と狂気がなければ、愛したものさえ、守れない。
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